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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

二十四夜 信長の来襲

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏四月十八日〕
十六、十七日と天白川のコンクリート打を視察した。
水路はあと回しでよいが、本格的な梅雨に入る前に上流部の基礎工事だけでも終わらせておきたいからだ。
型枠を組んだところから次々と生コンを入れていった。
平針城の東に巨大な貯め池を掘り、掘った土を盛って巨大なローマンコンクリートの壁を造り、上流部から氾濫の予防も行った。
天白川を挟み、平針城の反対側に赤池城があり、赤池城の城主は丹羽十郎右衛門という。
岩崎城の丹羽にわ-氏勝うじかつの傘下となる。
当主は氏勝であるが、実権は二代目の氏識うじさとが握っており、織田弾正忠家とは同盟を結んでいるが、油断できる相手ではない。
天白川に氾濫の調整池となる貯め池を造り、さらに東南の荒池近くまで河川を整備する。
荒池付近は山部なので大軍は通り難い。
平針は東から攻めてくる敵から守り易い地形をしていた。
護岸壁は城の城郭と同じ役目を果たす。
もちろん、平針街道が通る場所には橋を架けて交通の便が悪くならないようにするが、護岸に関所を設ければ、備えも万全となる。
収穫を増やす為に、肥料小屋や水田の指導も付くアフターフォローも完璧だ。
銭は熱田商人から年利三割で貸し出してもらい、毎年の収穫から少しずつ十年を掛けて返済の予定だ。
返済がキツい場合は、借入れを二十年、三十年払いへの変更も可能とした。
俺が平針城主の加藤図書助に提案した国境線案だ。
最初は総額の大きさに驚いたようだが、石高が上がれば返済できると納得して合意した。
これで長根、八事、井戸田、田子、平針、島田の開拓で十年は食ってゆけると安堵したのに、信光叔父上が織田領内に肥料小屋を増やすとか言い出し、加えて、津島に酒造所を作る話が上がった。
俺は頭を抱えている。
今日は中根南城で全体の見直し会議だ。
政務の間の隣の大広間を使って、中根南城の文官が頭を抱えて、すべての箇所で人員の削減を検討していた。

「定季、こんなに減らして大丈夫なのか」
「二年前に戻ったと思って、担当者が新しい作業員に仕事を教えれば、能率は落ちますが回るでしょう。魯坊丸様が黒鍬衆十人に九十人を育てさせると言われたのと同じです」
「あれを他の監督にも採用する気か?」
「そうせねば、人数を捻出できません。半分は半年程度ですが働いているのでなんとか回るのではないでしょうか」
「不安しかないな」
「肥料小屋も小屋を建てるだけなら人手は要りません。ですが、場所の選別、製造の秘匿化、農民への指導が必須ですから、こちらから管理者を送らない訳にも参りません」
「警護は別途に用意するとして、管理者はいるからな」
「私も小まめに視察に回ります。魯坊丸様も視察で間違いを修正していただくしかありません」

来年になれば、定季の息子らの良勝らが使えるようになると期待している。
黒鍬衆を教師として、次世代の若者が育てば、楽になってゆく。
一・二年の我慢だ。
やるぞ、人材育成。
その先の丸投げ、ゴロゴロ生活を目指して。

「魯坊丸様、大変でございます」
「どうした。賄い長」
「那古野城主の信長様がお越しになりました。魯坊丸様を呼べと」

はぁ?
俺は後ろの千代女を見ると、咄嗟に千代女が首を横に振った。
だが、千代女は頭を下げて報告する。

「熱田方面に信長様がきたという報告はきておりません。八事、さくら山からも狼煙が上がっておりません」
「信長兄上はどこからきた?」
「おそらく、佐久間領内から田子を経由して平針街道を馬で一気に駆けてきたのかと」

佐久間家に寄ってから中根南城に向かうとか、予想もしていなかっただろう。
況して、信長兄上から来るなんて。
居留守という文字が浮かんだが、養父は出掛けており、義理兄上は俺の名代で天白川の監視をしている。
城代か、母上に相手してもらうのは不安しかない。
俺は諦めて表屋敷に歩きはじめた。
「魯坊丸様、表屋敷ではありません。台所です」

???
えっ、どうして台所に信長兄上が出現しているのだ。
俺の姿を見た信長兄上が駆け寄ってきて頭を撫でた。

「お前が魯坊丸か。小賢しい小僧と聞いている」
「小賢しいですか」
「その年で大人に意見するなぞ、小賢しいに決まっておる」
「はぁ」

信長兄上はポンとあぐらをかいて俺の顔を眺めた。
信長兄上にジッと見られ、にたりと笑みを零されると、俺の背筋がゾワっとした。
獲物でも見るような目だ。

「母親似で綺麗な顔立ちをしておるのぉ」
「そうでございますか」
「そっくりだ。気にいった」

気に入られても嬉しくないぞ。
幼かった信長が母上に贈り物を贈って気を引こうとしたとか聞いている。
ライバルが親父なので敵わなかったが、年上好きらしい。
また、調べたことのある史実の織田信長は両刀使いだったと覚えている。
もり-蘭丸らんまるとか、可愛い小姓を集めていたのは有名な話だ。
その信長に気に入られたと言われて、身の危険を感じるだけだ。
だが、このまま逃げる訳にいかない。

「信長様。どういうご用件でございますか」

ギロぉと俺を睨んだ。
そして、肩に手を回して、ぐっと引き寄せられた。

「信長様だと。俺は其方の兄だぞ。そんな堅い呼び方をするな」
「しかし、家臣筋ですので」
「儂が許す」
「では、信長兄上様」
「まだ、堅い」
「信長兄ぃ…………」

兄上でいいのかと俺は悩んだ。

「おぉ、兄ぃか。それでよい。以後、儂のことは『兄ぃ』と呼べ」
「信長様…………」

ギロリと睨まれ、「信長兄ぃ」と言い直すと、にっこりとした。
その呼び方が気に入ったらしい。

「で、季忠に聞いたところ。熱田の屋台のうどんを考えたのは、其方らしいな。しかも、屋台で売っている奴より、美味いうどんがあるとか」
「うどんを所望ですか?」
「所望する」

天ぷら&きつね&甘炒め肉&餅入りの『豪華、甘やかしうどん』を作ってもらった。
考えられる物を盛れるだけ盛っただけのうどんだ。
賄い長が大きなお椀に完成したうどんを信長兄ぃに出し、差し出してから最後に半熟卵を潰して掛けるという徹底ぶりの豪華うどんだ。
小食の俺は大きなお椀を使っても食べきれないから提案しただけで食べたこともないが、記念日などに用意させると、皆が大喜びする一品だ。
信長兄ぃがガツガツとうどんの添え物を食べ、ツルツルとうどんを啜った。
三人前はありそうなうどんを完食すると満足そうだ。

「どうして、儂はうつけで、其方は神童なのだ?」

何ですか、それ?
信長兄ぃは自分が『うつけ』と呼ばれているのを承知していた。
だが、鍛冶師の作業を見て、水を小まめにとることで熱中症を避けられることを発見し、質のよい麻は絹に負けないと考えて、国内の産業育成に麻着を奨励した。
だが、家臣団はそんな信長兄ぃを「これだから『うつけ』は」と嘲笑を受けた。
一方、俺も地引き網を推奨し、うどんを作りだしたが、『うつけ』と呼ばれず『神童』と称されている。
それが不公平だと思ったらしい。
そりゃ、織田弾正忠家を継ぐ嫡子と、家臣筋の息子では期待が違うよ。
家臣団は自分らを率いるのに相応しいかを基準に見ており、納得させるにはハードルが高くなる。
俺のハードルが低いだけだ。
そんな正論を言っても納得もするまい。

「おそらく、酒を配ったからです。皆、酒好きが多いのです」
「酒か」
「タダでございませんが、出来た酒を那古野にも回しましょうか?」

信長兄ぃはしばらく考え込んで断った。
自分が配った酒を勧められては溜まらないそうだ。
甘党で下戸なのは本当のようだ。
土産に、中根南城にあるうどんを根こそぎ持ち帰られた。
遠慮がない。
俺は、信長兄ぃを見送りながら賄い長に言った。

「賄い長、頼まれてくれるか」
「何でございましょう」
「末森、守山から帰ったばかりで申し訳ないが、那古野にも行ってくれるか」
「那古野でございますか」
「牛丼が食いたいとか、唐揚げを食させろと、飛び込んできてもらっては迷惑だ」
「承知しました。一通りの料理を教えてきます」

最初の食材と道具一式は、末森、守山と同じように贈り物として送った。
家臣筋は辛いね。
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