魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十七夜 襲撃された魯坊丸

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〔天文十七年 (一五四八年)春三月十八日~十九日〕
 中根南城に千秋季忠が訪れて情勢を教えてくれた。
 というか、相も変わらず、困ったときの『○○えもん』と叫んでやってくる。
あぁ、面倒だ。
今川義元は三月十三日に大将を太原たいげん-雪斎せっさい、副将を朝比奈あさひな-泰能やすよしとして出陣を命じ、翌十四日に駿河を出発し、十六日に東三河の今橋城に入る頃には一万人に膨れ上がった。
 東三河衆二千人、上ノ郷城かみのごうじょう鵜殿うどの-長持ながもちら中三河衆二千人が加わると、一万四千人の大軍となる。
 まだ抵抗を続けている渥美半島の戸田家へ兵を分けそうなので、西三河に向かうのは一万人程度だろう。
 一方、親父の方は、安祥城の信広兄上と上和田城の松平まつだいら-忠倫ただみちを中心に四千人、親父が十七日に援軍三千人の兵を率いて三河へ出陣したので七千人となる。
 三河の岡崎衆が一千五百人ほどいるので合わせて八千五百人となる。

一万 対 八千五百
 
 三河山地を戦場とすれば兵力差は生まれず、互角以上の戦いができる筈であった。
 親父はそのことを念頭に置いて、今川義元から娘を妻にもらった鵜殿長持の上ノ郷城を奪う計画を立てていた。
三河山地を抜ける道の周辺にある山中城、上ノ郷城、五井城を奪えば、今川軍は西三河へ進む道を失う。
親父の戦略は、如何に西三河を守るかに移っていた。
だがしかし、十五日に岡崎城で広忠が叛旗を翻し、城代を寝返らせると、信孝の兵を岡崎城より追い出したと報告が入った。

「竹千代の救出が十三日だから成功していれば、竹千代の無事をもって造反するつもりだったのですか?」
「その通りです。竹千代の連れを岡崎に送り、竹千代が無事であると知らせ、今なら今川との決戦で、その武功で不問に付すと言いましたが、コロコロと寝返っていては三河武士の恥ゆえに、城を枕に討ち死にすると断ったそうです」
「親父も大変そうですね」

十五日に広忠が岡崎城を奪還すると、安祥城の信広兄上は翌十六日に上和田城へ兵を連れて入った。
その十六日夕刻に親父から使者と竹千代の供の者が岡崎城に入って交渉したが決裂した。
十七日には、信広兄上が四千人の兵で岡崎城を攻めた。
死ぬ気で戦っている三河岡崎衆は手強い。
一方的に織田方に被害が出て、兵を一度引いたらしい。

「信秀様は岡崎衆が寝返れば、岡崎城が陥落したように装い、岡崎衆に山中城へ逃げてもらい、一夜で山中城を奪う計画を立てておりましたが交渉は決裂し、岡崎城を落とす所か、織田方が一方的に被害を出す有様です」
「それを報告する為に中根南城に来られたのですか?」
「違います。十七日に出陣された信秀様は安祥城を素通りし、矢作川を渡って上和田城に入られたと思われますが、同日、山中城の西にあたる藤川に今川軍が出現したと、先程、報告が入りました」
「それは拙いですね」
「やはり拙いですか。いつだったか、魯坊丸様が『小豆坂』で再び戦になると予言され、織田方が負けるようなことを言われておりました。これは確かめねばと思って来たのでございます」
「小豆坂での戦いは織田方に不利だと申しただけです」

予言なんてしてないぞ。
確かに『小豆坂古戦場』も観光案内でまわったから地理がわかる。
そして、『小豆坂の戦い』が一度か、二度あったのかという議論が尽きないらしいことを聞いた記憶がある。
それらしいことを呟いて誤魔化したことがあった。

何故、織田方にとって不利なのか?
それは単純に高低差だ。
小豆坂をピークに平らに近付き、坂を越えて織田方が布陣できないと、坂を登りながら戦うことになる。
それは一度戦った親父も承知しているだろうが、今川方も承知している。
十七日夕刻の上和田城に到着した親父と、十七日に藤川に出現した今川軍か。
どちらが先に小豆坂の頂上を取るか?
信広兄上も先に小豆坂の頂上に兵を置いて砦を造らせるくらの気が回って入れば、結果は違ったのだろうが…………やはり負けるような気がする。
まぁ、岡崎城を取れば川を遡って挟撃ができる訳であり、上和田城に引き付けて背後から襲う手もあっただろう。
だが、それは岡崎城を手に入れた場合と条件が付くので絵に描いた餅より、小豆坂の頂上の方が確実だろう。
千秋季忠が明日の熱田会合に向けて話を聞きにきたが、対策など俺に聞かれても困るのだ。

翌日、千秋季忠と一緒に熱田神宮に向かった。
中根と八事以外は早々に田植えを終えるように命じられていたので、のんびりとした田園風景が広がっていた。
人の都合で田植えの時期を変えて大丈夫なのだろうか?
結局、那古野や熱田は出陣しなかったので、村人らものんびりとしている。
もちろん、手柄が欲しい者は参加しているが、それは自主であって命令ではない。
平針の東加藤家、島田の牧家は末森配下に組まれているので出陣した。
笠寺衆も参加だ。
寺部城の山口宗家である山口重俊は、先代の夫人が今川方に手を貸した嫌疑が掛かっているので、必死に戦うことになるだろう。
井戸田荘を抜けて田子荘に向かう林を通っていると、俺の乗っている馬に目掛けて矢が飛んできた。
千代女がさっと前に出て小刀で弾いた。

「掛かれ、織田の小倅を生け捕りにするのだ。竹千代様との人質交換となる。絶対に殺すな。間違っても殺すな」

首謀者らしい者が叫ぶと林の両側から五人ずつの曲者が飛び出し、木々を抜けて俺の方へ近付いてきた。
なるほど、竹千代救出に俺を人質にする手もあったのか。
完全に見落としていた。

「魯坊丸様、ご安心ください。このさくらがやってやります」
「馬鹿者、護衛が率先して飛び出してどうする」
「しかし、魯坊丸様には護衛が二人もおりますので…………」
「それは私か、魯坊丸様が決める。さくらが決めることではない」
「千代女様⁉」
「残念だが、もう終わりだ」

さくらの訴えは聞き止められることはない。
何故ならば、酒造所へ配置する伊賀者二十人もこっそりと同行しており、林に入る前から警戒・持ち場を離れるなの合図が出されていた。
さくらはどうやら見落としていたようだ。
あとで千代女のお仕置きだな。
可哀想に。
首謀者が俺に矢を放った直後に背後から刀を突きつけられて捕獲され、迫ってくる曲者らが伊賀者によって捕獲、あるいは、その場で処分された。
俺を襲ったのは三河者ではなく、金で雇われた傭兵らしく、首謀者が俺を殺すなと何度も叫んだのは傭兵が信用できなかったからだ。

「魯坊丸様、この者らをどう処分しましょう」
「季忠様。この者を岡崎に返してもよろしいでしょうか?」
「返してどうされます」
「俺と人質交換したあとに竹千代を殺しにきたという手紙を添えるのです。広忠は家臣団から信用を失いしました。自分を廃して竹千代を新当主にしようと企む輩がでるのを恐れて、先に竹千代を殺しにきたと」
「それは面白い。織田が勝つにしろ、今川が勝つにしろ、岡崎衆の命運は竹千代を握る我らということになりますな」
「大した手ではありませんが、嫌がらせ程度にはなるでしょう」

ホント、只の嫌がらせだ。
こいつを殺しても、命じた者は然程にも気に掛けない。
こいつが竹千代を救いにきたのか、殺しにきたのかなどはどうでもよい。
竹千代が生きている方が広忠にとって邪魔と岡崎衆に気づかせる。
岡崎衆の心が益々広忠から離れる。
生かして利用する方が嫌がらせになるのだ。
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