86 / 165
第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
閑話(十六夜) 広忠の憤慨
しおりを挟む
〔天文十七年 (一五四八年)春三月十五日〕
岡崎城では、松平-広忠が叔父である松平-信孝が置いた城代の説得に成功し、信孝の兵を追い出して城の奪還を成し遂げた。
だが、広忠は苛立っていた。
息子である竹千代の救出、否、殺害に失敗したからだ。
その報告をする岩松-八弥を広忠が睨んでいた。
「どうするつもりだ。すでに竹千代は奪還したと言ってしまったぞ」
「義理堅い岡崎衆を説得する為に竹千代様の奪還は必須でございました。そう言わねば、納得いたしません。致し方ないことでございます」
「何故、会った所で殺さなかった」
「そのような命令をして喜んで死にゆく者がおりますか。竹千代様を奪還し、もしも織田家に再度奪取されそうな場合は竹千代様と供に殉死せよと命じました」
「一度は確保したのであろう」
「三蔵よりの手紙にはそう書かれておりました。戸部家の家臣と斬り合って、七名が殉死、三名が捕獲されたとあります」
「何故、会ったときに即座に殺さぬのか」
「ご無体なことを申しますな。殿の為に命賭けで織田領内に忍んでいったのですぞ」
「奪還されては意味がない。犬死にだ」
三蔵とは山口-重俊の偽名である。
東尾張の山田城改め、梅森北城主である松平-信次と昵懇にしており、その子である忠就は広忠の側近中の側近である阿部-定吉と仲が良かった。
そもそも広忠の父である清康が尾張を攻めたときに山田城を信次に与え、信次はそのまま尾張に残った為に織田家に従うことになった。
幼かった忠就を阿部-定吉が色々と手解きをしていたとか。
敵味方に分かれても、その絆は切れていなかった。
今回は、その縁を頼って竹千代様の救出の策を巡らした。
笠寺の山口家は織田弾正忠家に不満を持っており、救出の為に隠れ家と食料、馬、小舟などを用意してもらった。
また、先代当主の奥方が竹千代様を連れ出す手引きをして下さったとか。
次の戦で織田信秀の首を取らねば、山口家の存続も危ぶまれる。
そんな危険な橋を渡ってもらった。
成功の是非にかかわらず、命を賭けた者への感謝はないのか。
八弥は首を横に何度か振り、広忠の為に死んだ者を憐れに思った。
この方に忠義を尽くして意味があるのだろうかと?
八弥の父は、清和源氏で新田の流れをくむ岩松-次郎-経家の末孫で「幸若与惣太夫」という舞役であった。
安祥殿(松平-清康)に気に入られて近習に召し抱えられ、二代目の岡崎殿(松平-広忠)にも可愛がってもらった。
根無し草の岩松家が岡崎に根を張れた。
八弥はその恩を返そうと、戦場で片目を切られても敵を葬ったことから『片目八弥』と呼ばれる豪の者である。
八弥が選んだ岡崎松平家に忠義の厚い者十人を尾張に送った。
広忠は今川から手紙を受け取ると岡崎松平の重臣に寝返りの工作をはじめた。
重臣らの腰は重い。
今川が勝つという確信はないと動きそうもなかった。
今川方から催促の手紙が届き、焦った広忠は救出が成功したと報告が来ない内に「竹千代を救出した」と言ってしまった。
重臣らは青ざめた。
すでに竹千代を脱出させたとなれば、織田弾正忠家に弓を引いたと同じ。
今更謝っても広忠と竹千代の命はない。
仕方ないと思い腰を上げた。
信孝の兵を追い出したが、「実は救出に失敗した」とか伝えれば、皆は呆れて城を出てゆくに違いない。
本当のことは言えない。
「知多の坂部城主である久松-俊勝様に匿って頂いているというのはどうでしょうか?」
「於大の方の嫁ぎ先か」
「竹千代様の御生母であられ、竹千代様の身を案じるのは自然なことです。竹千代様が岡崎に戻ってこない言い訳となります。一時凌ぎでございますが…………」
「そうだ。竹千代は於大の所にいる。今川が勝てば、細かいことなどどうとでもなる」
広忠は家臣団に於大が竹千代を匿っていると嘘を言った。
その言葉を怪しむ者もいたが、家臣らが真偽を確かめるには時間が足りない。
信孝の兵を追い出したのだ。
明日にも安祥城の織田信広が攻めてきてもおかしくない。
すでに戦ははじまっていた。
岡崎城では、松平-広忠が叔父である松平-信孝が置いた城代の説得に成功し、信孝の兵を追い出して城の奪還を成し遂げた。
だが、広忠は苛立っていた。
息子である竹千代の救出、否、殺害に失敗したからだ。
その報告をする岩松-八弥を広忠が睨んでいた。
「どうするつもりだ。すでに竹千代は奪還したと言ってしまったぞ」
「義理堅い岡崎衆を説得する為に竹千代様の奪還は必須でございました。そう言わねば、納得いたしません。致し方ないことでございます」
「何故、会った所で殺さなかった」
「そのような命令をして喜んで死にゆく者がおりますか。竹千代様を奪還し、もしも織田家に再度奪取されそうな場合は竹千代様と供に殉死せよと命じました」
「一度は確保したのであろう」
「三蔵よりの手紙にはそう書かれておりました。戸部家の家臣と斬り合って、七名が殉死、三名が捕獲されたとあります」
「何故、会ったときに即座に殺さぬのか」
「ご無体なことを申しますな。殿の為に命賭けで織田領内に忍んでいったのですぞ」
「奪還されては意味がない。犬死にだ」
三蔵とは山口-重俊の偽名である。
東尾張の山田城改め、梅森北城主である松平-信次と昵懇にしており、その子である忠就は広忠の側近中の側近である阿部-定吉と仲が良かった。
そもそも広忠の父である清康が尾張を攻めたときに山田城を信次に与え、信次はそのまま尾張に残った為に織田家に従うことになった。
幼かった忠就を阿部-定吉が色々と手解きをしていたとか。
敵味方に分かれても、その絆は切れていなかった。
今回は、その縁を頼って竹千代様の救出の策を巡らした。
笠寺の山口家は織田弾正忠家に不満を持っており、救出の為に隠れ家と食料、馬、小舟などを用意してもらった。
また、先代当主の奥方が竹千代様を連れ出す手引きをして下さったとか。
次の戦で織田信秀の首を取らねば、山口家の存続も危ぶまれる。
そんな危険な橋を渡ってもらった。
成功の是非にかかわらず、命を賭けた者への感謝はないのか。
八弥は首を横に何度か振り、広忠の為に死んだ者を憐れに思った。
この方に忠義を尽くして意味があるのだろうかと?
八弥の父は、清和源氏で新田の流れをくむ岩松-次郎-経家の末孫で「幸若与惣太夫」という舞役であった。
安祥殿(松平-清康)に気に入られて近習に召し抱えられ、二代目の岡崎殿(松平-広忠)にも可愛がってもらった。
根無し草の岩松家が岡崎に根を張れた。
八弥はその恩を返そうと、戦場で片目を切られても敵を葬ったことから『片目八弥』と呼ばれる豪の者である。
八弥が選んだ岡崎松平家に忠義の厚い者十人を尾張に送った。
広忠は今川から手紙を受け取ると岡崎松平の重臣に寝返りの工作をはじめた。
重臣らの腰は重い。
今川が勝つという確信はないと動きそうもなかった。
今川方から催促の手紙が届き、焦った広忠は救出が成功したと報告が来ない内に「竹千代を救出した」と言ってしまった。
重臣らは青ざめた。
すでに竹千代を脱出させたとなれば、織田弾正忠家に弓を引いたと同じ。
今更謝っても広忠と竹千代の命はない。
仕方ないと思い腰を上げた。
信孝の兵を追い出したが、「実は救出に失敗した」とか伝えれば、皆は呆れて城を出てゆくに違いない。
本当のことは言えない。
「知多の坂部城主である久松-俊勝様に匿って頂いているというのはどうでしょうか?」
「於大の方の嫁ぎ先か」
「竹千代様の御生母であられ、竹千代様の身を案じるのは自然なことです。竹千代様が岡崎に戻ってこない言い訳となります。一時凌ぎでございますが…………」
「そうだ。竹千代は於大の所にいる。今川が勝てば、細かいことなどどうとでもなる」
広忠は家臣団に於大が竹千代を匿っていると嘘を言った。
その言葉を怪しむ者もいたが、家臣らが真偽を確かめるには時間が足りない。
信孝の兵を追い出したのだ。
明日にも安祥城の織田信広が攻めてきてもおかしくない。
すでに戦ははじまっていた。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる