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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
十六夜 竹千代救出の依頼
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〔天文十七年 (一五四八年)春三月十日〕
ひぇ~~~~、千代女は鬼だ。
目の前にならぶ屍を見て俺は悲鳴を上げた。
皆、精気を失ったゾンビなような顔をして倒れており、「いっそ、殺してくれ」と悲鳴を上げる者もいた。
千代女は苛烈と思っていたが、俺の知っている千代女はその一部だったらしい。
先日、山の小屋で火事があった日の午後に数珠屋に連れられて二十人の伊賀者がやってきた。
面会が終わると、勉強小屋の庭に移動して模擬戦を始めた。
四対二十であり、圧倒的に千代女らが不利だった。
さくらは積極的な攻撃で三人の伊賀者を倒したが自分も一撃を食らって早々に離脱し、楓は反射神経で逃げ続けた。
その逃げ方が猫のようだ。
紅葉の攻撃では敵を倒せないと判断したのか、攻撃を捨てて敵を混乱させることに終始した。
伊賀者の頭は音羽-仁平太という白髪の老人であり、千代女と互角にやり合っており、副頭の滝野-五郎十郎は千代女の攻撃を躱すのに精一杯な感じを受けた。
この二人が千代女を抑えている間は互角の戦いが繰り広げられたのだが、他の伊賀者では相手にならない。
千代女は二人と対峙しながらすれ違い様に次々と撃沈し、伊賀者の数を減らしていった。
突然、頭が腰痛で離脱すると勝敗は決した。
結果、さくらが三人、楓が一人、紅葉が〇人。千代女が十六人を撃破した。
「全然駄目です。話になりません。次の酒造所にゆく十日後まで鍛え直します。魯坊丸様、それでよろしいでしょうか」
「任せる」
「ははは、千代女殿は手厳しいな」
「音羽殿は残念です。右肩に怪我をされていると察せられました。これが全盛期ならば太刀打ちできなかったでしょう」
「それはどうか。だが、五郎十郎は小手先に頼り過ぎている。鍛え直してもらえ」
そのまま勉強小屋が仮の宿舎となり、その日から一人を護衛に残して毎日のように特訓を課していた。
今日は三日目、俺は紅葉を護衛にして視察に行くと、屍になっているさくらと楓と伊賀者らが転がっていた。
「寝ている暇はないぞ。さっさと立て」
昨日まで走り込みだったが、今日から実践形式になっていた。
日に日に練度が上がってゆくので、紅葉も顔を引き攣らせている。
明日は紅葉と交替でさくらが護衛になる。
つまり、明日は我が身だ。
紅葉の癖の『あわわわ』が止まらない。
ほほほ、関係者以外は立ち入り禁止なのだが、義理兄上に連れられて千秋家の使者がやってきた。
使者は隠者の陽炎老人だ。
「魯坊丸様が忍びを多く抱えられたと聞いて見にきました。これならば、依頼しても問題ないようですな」
「依頼とは何でしょうか?」
「加藤延隆様の羽城で岡崎の小倅を預かっているのはご承知でしょう」
「竹千代(後の徳川家康)殿のことですか」
「如何にも」
去年、美濃『加納口の戦い』で織田家が大敗したので、岡崎の松平広忠は援軍がないと確信して安祥城を攻めた。
しかし、親父は軍を建て直すと飯田街道を使って三河に入り、本隊を救援に向かわせると、一部を岡崎城へ向かわせた。
岡崎城は広忠の叔父である松平信孝も連動して動いた。
一時は岡崎城の実権を握っていた信孝である。
内応する武将に門を開けさせると守備兵の少ない岡崎城はあっさりと陥落し、逃げ場を失った広忠の軍は崩壊して生け捕りにされた。
広忠は親父に降伏して、息子の竹千代を人質に送ったのである。
まぁ、岡崎は返り咲いた信孝が牛耳るので、親父も広忠を生かすことに反対しなかった。
殺すと色々と反発も大きいからだ。
広忠は飾りの当主だが当主は当主であり、今川家が色々とちょっかいを出していた。
何故、そんな情報が手に入るのかと言えば、
我が中根家も元々三河出身であり、堂根筋六郷を四百年に亘って支配してきた歴史がある。
祖父の代で松平家の圧力に屈して、松平の傘下となった。
敗れた祖父らは尾張に流れ、織田弾正忠家の家臣となり、養父は中根南城を預かっている。
その養父は親父から中根本家の調略を言いつかっていたのだが、中根本家は「余所者の織田家につけるか」と頑なに拒んでいた。
養父曰く、『独立自尊』が強いとか。
良く言えば、自他の尊厳を守り、何事も自分の判断と責任で行動する。
悪く言えば、自分の土地で他人が大きい顔をするのが嫌なのだ。
支援者にはよい顔をするが、侵略者には抵抗する。
故に、本家の中根家は今川家が三河に進出したとき、支援者の織田家を頼って『織田LOVE』の旗を振っていたのに、安祥城に信広兄ぃを入れると織田家を侵略者と認定して今川の支援をもらう為に『今川LOVE』の旗に持ち替えた。
親父からすれば、「今更、今川へ鞍替えをするのだ」となるよね。
三河衆は面倒臭い性格なのだと、養父が頭を抱えていた。
そんな話を聞いていたので、面倒臭い三河者を見限った方がいいと俺は思った。
そんな面倒な三河岡崎から預かった竹千代に何の用だ。
陽炎は竹千代の様子を語った。
竹千代には、美味い飯を与え、欲しい物を買ってやり、お出掛けも熱田内であれば自由にできるようにしているらしい。
勉強らしい勉強もさせていない。
どうやら親父は竹千代を甘やかせて織田家の命令を何でも聞く馬鹿殿に育てる気らしい。
また、竹千代の連れ二十六人にも良い暮らしを保障していた。
そんな竹千代を甘やかす侍女の一人に、笠寺寺部城の前城主である山口-盛重の未亡人がいた。
「その未亡人がどうかしましたか?」
「少し落ち込んだ竹千代殿に近々岡崎に帰れると励ましていたという報告がありました」
「竹千代を岡崎に返却するのですか?」
「そんな話は知りません」
「俺もです」
今川と決戦が近いのに広忠の鎖を軽くする必要などない。
だが、叔父の信孝から岡崎を取り戻す為なら竹千代を見捨てて行動を起こすだろうな。
昔の恩義など忘れ、利己的になれる性格らしい。
まぁ、幼少期に家臣に裏切られて岡崎城から逃げ出して逃亡生活をした為だろう。
極度の人間不信になっており、恩義も自分を利用する為にやっているくらいに思っているに違いない。
そんな人格なので子供を見捨てるのも平気だろう。
但し、広忠を支える家臣はそう考えない。
人質の嫡男を見捨てるような当主は信用できないと思われて、家臣から信用を失う。
出来るならば、竹千代を取り戻したいと考えるか。
「笠寺の山口家が今川に繋がっていると?」
「証拠はございません。ですが、笠寺の住職を罷免し、千秋季忠が別当になったことを寺部城主の山口-重俊が苦情を上げております。織田-信秀様は取り上げませんでした」
「竹千代はいずれ寝返るときの為に土産か」
「できれば、関わった者を生け捕りにして証拠としたいと思っておりますが、我らは荒事が得意な者が少ないのです」
「俺が断わればどうする?」
「盛重の妻を罷免し、手引きする者を排除します」
竹千代の連れは羽城ではなく、ほとんどが別の所に住まわせており、通いで羽城を訪れている。
竹千代の世話に四人、通いも四人までとしていた。
夜になると、各所の門が閉められる。
二十六人が竹千代の下に集うのは不可能だ。
手引きする者がいなくなれば、羽城からの脱出は不可能となる。
だが、手引きした先で待つ者を捕らえることもできない。
「千代女。ちょっと来い」
「魯坊丸様、何か御用ですか?」
「用があるのはこちらだ。羽城で預かっている竹千代を拉致する一団がいるらしい。その者から竹千代を救出する。千秋家からの手伝い依頼だ。訓練の一環として受けるなら受けてもかまわん。断わってもかまわん」
「わかりました。お話を聞きましょう」
陽炎が俺にした話をもう一度千代女にした。
ひぇ~~~~、千代女は鬼だ。
目の前にならぶ屍を見て俺は悲鳴を上げた。
皆、精気を失ったゾンビなような顔をして倒れており、「いっそ、殺してくれ」と悲鳴を上げる者もいた。
千代女は苛烈と思っていたが、俺の知っている千代女はその一部だったらしい。
先日、山の小屋で火事があった日の午後に数珠屋に連れられて二十人の伊賀者がやってきた。
面会が終わると、勉強小屋の庭に移動して模擬戦を始めた。
四対二十であり、圧倒的に千代女らが不利だった。
さくらは積極的な攻撃で三人の伊賀者を倒したが自分も一撃を食らって早々に離脱し、楓は反射神経で逃げ続けた。
その逃げ方が猫のようだ。
紅葉の攻撃では敵を倒せないと判断したのか、攻撃を捨てて敵を混乱させることに終始した。
伊賀者の頭は音羽-仁平太という白髪の老人であり、千代女と互角にやり合っており、副頭の滝野-五郎十郎は千代女の攻撃を躱すのに精一杯な感じを受けた。
この二人が千代女を抑えている間は互角の戦いが繰り広げられたのだが、他の伊賀者では相手にならない。
千代女は二人と対峙しながらすれ違い様に次々と撃沈し、伊賀者の数を減らしていった。
突然、頭が腰痛で離脱すると勝敗は決した。
結果、さくらが三人、楓が一人、紅葉が〇人。千代女が十六人を撃破した。
「全然駄目です。話になりません。次の酒造所にゆく十日後まで鍛え直します。魯坊丸様、それでよろしいでしょうか」
「任せる」
「ははは、千代女殿は手厳しいな」
「音羽殿は残念です。右肩に怪我をされていると察せられました。これが全盛期ならば太刀打ちできなかったでしょう」
「それはどうか。だが、五郎十郎は小手先に頼り過ぎている。鍛え直してもらえ」
そのまま勉強小屋が仮の宿舎となり、その日から一人を護衛に残して毎日のように特訓を課していた。
今日は三日目、俺は紅葉を護衛にして視察に行くと、屍になっているさくらと楓と伊賀者らが転がっていた。
「寝ている暇はないぞ。さっさと立て」
昨日まで走り込みだったが、今日から実践形式になっていた。
日に日に練度が上がってゆくので、紅葉も顔を引き攣らせている。
明日は紅葉と交替でさくらが護衛になる。
つまり、明日は我が身だ。
紅葉の癖の『あわわわ』が止まらない。
ほほほ、関係者以外は立ち入り禁止なのだが、義理兄上に連れられて千秋家の使者がやってきた。
使者は隠者の陽炎老人だ。
「魯坊丸様が忍びを多く抱えられたと聞いて見にきました。これならば、依頼しても問題ないようですな」
「依頼とは何でしょうか?」
「加藤延隆様の羽城で岡崎の小倅を預かっているのはご承知でしょう」
「竹千代(後の徳川家康)殿のことですか」
「如何にも」
去年、美濃『加納口の戦い』で織田家が大敗したので、岡崎の松平広忠は援軍がないと確信して安祥城を攻めた。
しかし、親父は軍を建て直すと飯田街道を使って三河に入り、本隊を救援に向かわせると、一部を岡崎城へ向かわせた。
岡崎城は広忠の叔父である松平信孝も連動して動いた。
一時は岡崎城の実権を握っていた信孝である。
内応する武将に門を開けさせると守備兵の少ない岡崎城はあっさりと陥落し、逃げ場を失った広忠の軍は崩壊して生け捕りにされた。
広忠は親父に降伏して、息子の竹千代を人質に送ったのである。
まぁ、岡崎は返り咲いた信孝が牛耳るので、親父も広忠を生かすことに反対しなかった。
殺すと色々と反発も大きいからだ。
広忠は飾りの当主だが当主は当主であり、今川家が色々とちょっかいを出していた。
何故、そんな情報が手に入るのかと言えば、
我が中根家も元々三河出身であり、堂根筋六郷を四百年に亘って支配してきた歴史がある。
祖父の代で松平家の圧力に屈して、松平の傘下となった。
敗れた祖父らは尾張に流れ、織田弾正忠家の家臣となり、養父は中根南城を預かっている。
その養父は親父から中根本家の調略を言いつかっていたのだが、中根本家は「余所者の織田家につけるか」と頑なに拒んでいた。
養父曰く、『独立自尊』が強いとか。
良く言えば、自他の尊厳を守り、何事も自分の判断と責任で行動する。
悪く言えば、自分の土地で他人が大きい顔をするのが嫌なのだ。
支援者にはよい顔をするが、侵略者には抵抗する。
故に、本家の中根家は今川家が三河に進出したとき、支援者の織田家を頼って『織田LOVE』の旗を振っていたのに、安祥城に信広兄ぃを入れると織田家を侵略者と認定して今川の支援をもらう為に『今川LOVE』の旗に持ち替えた。
親父からすれば、「今更、今川へ鞍替えをするのだ」となるよね。
三河衆は面倒臭い性格なのだと、養父が頭を抱えていた。
そんな話を聞いていたので、面倒臭い三河者を見限った方がいいと俺は思った。
そんな面倒な三河岡崎から預かった竹千代に何の用だ。
陽炎は竹千代の様子を語った。
竹千代には、美味い飯を与え、欲しい物を買ってやり、お出掛けも熱田内であれば自由にできるようにしているらしい。
勉強らしい勉強もさせていない。
どうやら親父は竹千代を甘やかせて織田家の命令を何でも聞く馬鹿殿に育てる気らしい。
また、竹千代の連れ二十六人にも良い暮らしを保障していた。
そんな竹千代を甘やかす侍女の一人に、笠寺寺部城の前城主である山口-盛重の未亡人がいた。
「その未亡人がどうかしましたか?」
「少し落ち込んだ竹千代殿に近々岡崎に帰れると励ましていたという報告がありました」
「竹千代を岡崎に返却するのですか?」
「そんな話は知りません」
「俺もです」
今川と決戦が近いのに広忠の鎖を軽くする必要などない。
だが、叔父の信孝から岡崎を取り戻す為なら竹千代を見捨てて行動を起こすだろうな。
昔の恩義など忘れ、利己的になれる性格らしい。
まぁ、幼少期に家臣に裏切られて岡崎城から逃げ出して逃亡生活をした為だろう。
極度の人間不信になっており、恩義も自分を利用する為にやっているくらいに思っているに違いない。
そんな人格なので子供を見捨てるのも平気だろう。
但し、広忠を支える家臣はそう考えない。
人質の嫡男を見捨てるような当主は信用できないと思われて、家臣から信用を失う。
出来るならば、竹千代を取り戻したいと考えるか。
「笠寺の山口家が今川に繋がっていると?」
「証拠はございません。ですが、笠寺の住職を罷免し、千秋季忠が別当になったことを寺部城主の山口-重俊が苦情を上げております。織田-信秀様は取り上げませんでした」
「竹千代はいずれ寝返るときの為に土産か」
「できれば、関わった者を生け捕りにして証拠としたいと思っておりますが、我らは荒事が得意な者が少ないのです」
「俺が断わればどうする?」
「盛重の妻を罷免し、手引きする者を排除します」
竹千代の連れは羽城ではなく、ほとんどが別の所に住まわせており、通いで羽城を訪れている。
竹千代の世話に四人、通いも四人までとしていた。
夜になると、各所の門が閉められる。
二十六人が竹千代の下に集うのは不可能だ。
手引きする者がいなくなれば、羽城からの脱出は不可能となる。
だが、手引きした先で待つ者を捕らえることもできない。
「千代女。ちょっと来い」
「魯坊丸様、何か御用ですか?」
「用があるのはこちらだ。羽城で預かっている竹千代を拉致する一団がいるらしい。その者から竹千代を救出する。千秋家からの手伝い依頼だ。訓練の一環として受けるなら受けてもかまわん。断わってもかまわん」
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陽炎が俺にした話をもう一度千代女にした。
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