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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十四夜 織田信光の来訪

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〔天文十七年 (一五四八年)春三月六日宵のうち〕
 織田信光叔父上がやってきた。
夕食の報告会の最中に織田信光の先触れがきて、今宵のうちに来訪するとか、何じゃそれ?
織田弾正忠家の一門衆の次席であり、実力もNo.2だ
副社長が係長の家にやってくる感じだ。
そりゃ、家族総出でお出迎え。
できる限りのご馳走を用意するのが礼儀というものだ。
しかし、我が城の夕食は遅く夕刻(午後6時)に食べており、先触れの使者が『今宵のうち』というと養父の忠良ただよしの顔を青ざめた。
『今宵のうち』とは、今晩の18時から21時頃に行きますよという意味だ。
すぐにやってくる。
中根・八事の家臣を正装で呼び出し、おもてなしの料理をする余裕などない。

義理父上ちちうえ、腹をくくりましょう。普通は三日前以前に人を寄こします。すぐに来るという方が無茶なのです。できる限りでよいではないですか」
「しかし、信光様に粗相はできまい」
「中根北城と中根中城の城主だけは呼んでおきましょう。食事時間も過ぎておりますので、酒のアテに白身のフライとポテトとソーセージを用意させます」
「頼めるか」
「お任せください」

 信光叔父上は半刻(一時間)後にやってきた。
 城の総出でお出迎えすると、応接間に通して養父が挨拶をした。
 信光叔父上も無理を承知できたという。

「今日尋ねたのは、加藤延隆と千秋季忠が魯坊丸の支援者となり、他国との交易をやりたいと願い出て、兄者(信秀)が許可することになった」
「信光様。意見を申してもよろしいですか?」
「魯鈍人か。構わん。何だ?」
「熱田神宮が他国と交易するのに許可が必要なのですか?」
「其方が造っている酒は兄者が貸した銭で建てた酒造所で造っているであろう。織田家の酒を勝手に売って、後々で苦情が出たらどうするつもりだった?」

そもそも無茶な注文を受けてきたのが親父だろう。
その銭も借りただけであり、返せばご破算だと言いたいが、イチャモンをつけるネタになるのか。
それで先手を打って加藤延隆と千秋季忠が許可をもらいにゆく。

「当然。二人はお前が造った酒であることを強調し、お前を中心に売ってゆくと言うことになった」
「しかし、私は元服もしておりません。まさか、元服させる気ですか?」
「それはない。別の意味で拙い」
「元服など急いでしたくありません。しかし、何が拙いのですか?」
「兄者がお前に期待していることになる。そうなると家督争いに入ってくるからだ」
「遠慮します」

 信光叔父上がふっと笑った。
 織田弾正忠家の家督争いは、信長兄上、信広兄上の二人で争っている。
 信広兄上は俺と同じ庶子の出であり、信長兄上より一段下がる。
 しかし、安祥城の城代を任されており、活躍次第で家督が巡ってくる可能性があった。

「まぁ、余程のことがない限り、三河で分家を立てさせて、初代安祥織田家となるだろう」
「信秀様は信広様に三河を譲るおつもりなのですか?」
「兄者はそう考えている。話を戻すが、お前を中心に交易をすることが許される。しかし、元服していないお前では、相手も物足りぬであろうから、儂が後見人となることになった」
「信光様が後見人ですか」
「今より様はいらん。叔父上と呼ぶがよい。お前は元服しておらぬが、織田家一門として認められることになった」

 おぉぉぉぉぉぉ、中根家の家臣一同が歓喜の声を上げる。
 本来、元服して親父が俺を子として認めることで、織田一門に数えられる。
 元服せずに一門と認められるのが異例だ。

「よろしいのですか?」
「何をいうか。近日中に熱田衆を掌握しようとするのであろう。熱田衆に命じるより、お前に命じた方が楽であろう。それにお前も織田弾正忠家の後ろ盾があった方がやりやすかろう。そう思って俺が兄者に進言してやった」
「ありがとうございます」
「もちろん、今まで以上に熱田衆には織田家に貢献してもらうつもりだ」
「承知しました。ですが、無理な矢銭を言われても困ります。儲けた純利益の三割ほどを織田家に上納しますから『矢銭免除』をもらってきてもらえると助かります」

 信光叔父上が連れ添ってきた五郎丸に純利益の額を尋ねた。
 酒や琉球交易が順調に進めば、三割なら年一万貫文を納めることができるだろうと言っている。
 えっ、一万貫文も織田家に納められるかな?
 俺が言ったのは純利益だ。
投資額を増やすと純利益は目減りする。
儲け過ぎた企業は設備投資などをして純利益を抑えたりするんだけど…………敢えて、そのことを指摘しない。

「わかった。兄者に話しておこう」
「ありがとうございます」

正式な会見を終えると、信光叔父上が家臣に指示を出した。
信光叔父上が連れてきた従者を含めて、主だった者以外に外に出るようにいう。
母上も千代女らも外に出された。
応接間に残ったのは、俺、養父、義理兄上、城代、定季の五名であり、信光叔父上の方も家老二人と五郎丸が残っていた。
他の者が出ていったのを確認し、信光叔父上は懐から手紙を出して俺に見せた。
内容は身元が書かれていない手紙であり、その主はまだ悩んでいるが、おそらく今川義元との和睦に応じるようだという内容であった。

「魯坊丸。五郎丸に北条と今川が同盟を結ぶとか言ってそうだが、それをいつ知った」
「同盟するのではないかと言いましたが、するとは言っておりません」
「何故、同盟すると思った」
「去年、『川越夜戦』で北条家は河東を今川家に返還して停戦しました。北条家が関東に進出するには、今川家と武田家が邪魔でございます」
「だが、北条氏康殿は、今川義元と武田晴信を信用できないと言っておる」
「それがどうしました?」
「信用できぬ者と同盟など結べぬのではないか?」
「紙より薄い同盟でも、同盟は同盟でございます。今川は厄介な北条と戦うより三河・尾張に進みたい。武田も厄介な北条と戦うより上野・北信濃へと進みたい。北条も今川・武田連合を相手にするより、関東へ兵を進める方が楽だ。要は、今川家と武田家に隙を見せなければ、背中を襲われる心配はない。三者の思惑が重なっているのです」
「だが、それは恒久ではあるまい」
「三者とも恒久の同盟を求めておりません。北条家は関八州かんはっしゅう上野こうずけ下野しもつけ下総しもうさ上総かずさ常陸ひたち安房あわ相模さがみ)を平らげたのちに、今川と武田の討伐を行う。今川も尾張、伊勢を加えていれば、互角以上に戦えます。武田も信濃、越後、美濃を平らげていれば、やはり互角以上に戦えます。誰が一番早く平らげて兵を返すかを競うつもりなのです」
「織田家は無視か」
「無視というより、今川を出来るだけ長く足止めしてほしいと願っているのではないでしょうか」

信光叔父上が腕を組んで悩みはじめた。
俺は甲相駿三国同盟があったことを知っているから不思議に思わないが、信用できない今川義元と武田晴信を相手に同盟を結ぶ北条氏康の心情を読めないようだ。
しかし、あの手紙は誰が書いたのだろうか?
北条のかなり大物家臣とはわかる。
それ以上はわからないが、信光叔父上が知っているから相談にきたのだろう。

「織田家も北条家と同じではありませんか。今川は北条が関八州を治める前に尾張を奪っておきたいので今川は止まりません。ならば、下剋上をなし、まったく信用できない斎藤利政との同盟を考えないと、今川家との戦いは厳しいものになるのではありませんか?」
「五郎左衛門(平手ひらて-政秀まさひで)と同じことをいうか。知恵者というのは同じことを考えるらしいな」
「道理を言っているだけです」
「今川はいつ動くと思うか?」
「何の根拠もありませんが、すでに動いていると思います」
「そうか。腹が決まった」
「信光叔父上。岡崎の松平広忠は信用できないと思います」
「儂もそう思っておる」

にかっと笑うと信光叔父上は立ち上がった。
このあとに末森城に向かうそうだ。
慌ただしい。
どうやら織田家と今川家の全面対決が近付いてきたようだ。
親父、頑張れ。

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