魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十二夜 熱田会談

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 〔天文十七年 (一五四八年)春三月三日〕
千秋家から熱田神宮の拝殿横の社務所に場所を移し、最奥の間で会談が開かれた。
正面に千秋季忠が座り、俺はその左だ。
一段下がって、板床の上に敷かれた円座に勘三郎(加藤かとう-延隆のぶたか)と、荒尾あらお-小太郎こたろう佐治さじ-為貞ためさだが相対する形で座っていた。
護衛と側近がそれぞれの後ろに控え、隣の部屋で控えていた。
もちろん、すべての障子を取り外し、周囲に曲者がいないことをアピールしていた。
神宮で暗殺などが起これば、神宮の信用が落ちる。
神社や寺を会談場所に指名されるのは信用があるからであり、その信用を守る為に神社にしろ、寺にしろ、境内で好きにさせる訳にはいかない。
まず、季忠が夕餉のご馳走を出した。
揚げたての天ぷらをメインにした献立であり、プリプリの海老の食感が堪らない。
白身も美味いが、海老もいい。
蓮根のシャキシャキ感もよく、タケノコとセリの葉がアクセントになり、味も塩と天ぷら汁の二つを用意してあるので同じ食材でも味を二度楽しめるのだ。
勘三郎が白い白米と一緒にガツガツと食べながら、「これは美味い。流石、魯坊丸様が考えた料理だ」と言って褒めてくる。
豪快に食べる勘三郎につられたのか、礼儀を忘れたかのように小太郎と為貞もガツガツと食べはじめた。
お吸い物が進み、添え物のおかずも美味しそうに食べていた。
食事を終えると、お茶を楽しんだ。
残念なことに俺は小食というか、まだたくさん食べることができないので、千代女が小皿に小さく分けてくれた。
この場で可哀想なのはお供の者だ。
護衛が和気あいあいとなってしまっては意味がなく、彼らに出される料理は会談のあとであり、その時は酒と一緒に振る舞われる。
まだ、料理に清酒を振る舞っていない。
千秋季忠が尋ねた。

「如何かな、魯坊丸様の考えた料理は?」
「千秋様。こういう調理もあったのかと驚きました」
「美味でございました」
「そうでございましょう。魯坊丸様は帆船の知恵だけではなく、様々な知恵をお持ちのお方です。他にも美味い料理がございますので、いずれは披露させていただきたい」
「是非、そうなることを祈っております」
「佐治家は、ここまま熱田とは良好な関係を続けたいと思っております」
「ほほほ、そうなるとよいな」

千秋季忠の接待が終わると、勘三郎の説得に移る。
まず、狩野かのう-源七げんひちが描いた熱田沖に浮かぶ帆船の絵図を取り出し、帆船を熱田湊に浮かべたいといった。

「お渡しした帆船の模型は如何でしたか?」
「美しいと思いました。是非、乗ってみたいとも」
「我が佐治で建造したいと思いましたが、何故に共に造りたいなどと言われたのでしょうか?」
「他意は無い。帆船を造るのに銭が掛かる。加藤家だけでは荷が重い」
「荒尾家に銭を出せと」
「如何にも」
「佐治家も同じですか?」
「佐治家には、先だってもお願いした通りであり、船大工を用意してもらいたい」
「織田家が秘匿すべき技術ではございませんか。何故にこの佐治家にお漏らしになるのですか」
「魯坊丸様が加藤家だけでは力が足りないとおっしゃられた。しかも熱田は遠浅であり、喫水の深い南蛮船を造船するのに向かない。銭と土地だけを借りるのは、こちらに都合が良すぎるので、三家合同で魯坊丸様の知恵を借りて南蛮船の造船をしないかと声を掛けた次第だ」

知多半島の情勢を見れば、荒尾家は熱田と結びを深くすることで花井家や水野家を牽制したい。
銭を払うだけで味方が増えるならば、味方にしたいというのが顔に出ており、佐治家の為貞は美味すぎる話を疑っているのがわかった。

「為貞殿は美味すぎる話を疑っているのであろう。だが、裏などない。某も加藤家のみで造船をしたい。だが、魯坊丸様は帆船が完成するまで、数十万貫文の銭が消えるとおっしゃられた。加藤家のみでは荷が重いのだ」
「数十万貫文だと?」
「無理だ。佐治家でも出せんぞ」
「承知しているが、三家が協力すれば、不可能ではない。まず、これをご覧いただきたい」

そう言って、勘三郎は二枚の地図を広げた。
一枚は見ただけではわからない世界地図であるが、もう一枚は日本の地図である。
源七に書かせた俺の頭の中にある地図を可能な限り再現させた二枚だ。

「為貞殿ならば、こちらの地図はすぐにわかりますな。ここが伊勢湾です」
「これほど精密な日の本の地図をみたことがない」
「この日の本の地図ですが、こちらの地図のここを見比べていただきたい」

勘三郎が世界地図の日の本を差した。
大きさは違うが、同じ形の島が浮かんでいるのに気づいた為貞が、そこを見たままで固まってしまった。

「為貞殿。日の本はこれほど小さい。そして、南蛮船はこちらからぐるりと回って日の本にきている。この小さな伊勢湾で争っている場合ではないとお気づきか」
「南蛮はそれほど遠いところから来ていたのか」
「帆船の建造は急務であり、身内で争っていれば、いずれは南蛮から兵が送られ、日の本も奪いにくる。対抗する手段を持たねばならん。まず、三家が手を結び、帆船を建造するところからはじめたい。我らが協力すれば、魯坊丸様が必要な銭を捻出する知恵を貸してくれると言って頂いた」
「勘三郎殿のご意見はもっともだと思う。だが、三家が寄り添っても数十万貫文を捻出するのは無理だと思う」
「詳しい話は魯坊丸様からして頂こう。まずはお聞き頂けるか」

俺のプレゼンの時間だ。
まず、清酒が如何に儲かるかを説明した。
だが、それ額を捻出するには尾張一国では稼げない。
それを全国に運ぶ船が必要となる。
帆船の前に竜骨をもつ三百石船を建造し、日の本のどこでも売りにゆけるようにする。
それで年間で数十万貫文を稼ぎだす。
実際の純利益は二割ほどになるが、十年で数十万貫文を稼いでくれ、それで帆船が完成すれば御の字だ。
酒は十分な利益を出してくれる美味しい商材なのだ。

「もちろん、酒だけ頼っていては酒が売れなくなった場合に困りますので、知多半島の南で蜜柑やサトウキビなどの栽培もしたいと考えております」
「サトウキビとは砂糖のことですか?」
「その通りです。砂糖が販売できれば、酒とは別に大きな利益を生むでしょう。そして、何よりも新しい三百石船は寄港地と寄港地を直接に渡ることでできます。中継地に寄らないのです」
「中継地に寄らないとは…………まさか?」
「南蛮船は昼夜を分けずに船を進める技術も提供いたしましょう。船に積める飲み水に限りあるでしょうが、日の本の範囲ならば問題ないでしょう。日数が稼げる上に寄港料も省けます。しかも琉球や唐の国を直接の取引相手にできるようになります。それだけで数十万貫文を稼ぐ見込みがあると見えませんか」
「魯坊丸様。何故、佐治家を指名されたのですか?」
「佐治家を特別に選別した訳ではありません。いずれは津島水軍や伊勢の志摩水軍、熊襲の水軍などにも声を掛けるつもりです
「他にも声を掛けるのですか?」
「船は多いほど利益も多くなります。船大工と船乗りはいくらいても足りません。もしも可能ならば、今川ですら味方にしたい」
「今川というと服部水軍ですか?」
「そうです。しかし、無理でしょう。今川家と斯波家は因縁が深すぎます。熱田や那古野辺りまで取り戻すまで和議も簡単ではないでしょう。服部水軍はそのまま消えてもらうしかありません」
「潰されるのですか?」
「潰す必要もありません。伊勢湾に船を出せば、沈めるだけです。また、水野水軍も巻き込みたいのですが、今川に情報を流しかねない水野家は後回しになります。荒尾家は運が良かったですね。水野家が信用のおける家ならば、知多を開発する依頼を荒尾家ではなく、水野家に頼むことになっていたでしょう」
「水野信元が信用できませんか?」
「逆に聞きますが、荒尾殿は信元を信用しておりますか?」
「信元は信用できません」
「私も同じです。ですから、荒尾家と結ぶと決めました。荒尾家と結ぶならば、同盟国の佐治家と結ぶのも筋です」

荒尾-小太郎はどうやら納得したようだ。
最後に為貞は俺に問うてきた。

「魯坊丸様。この佐治家が織田弾正忠家を裏切ると考えないのでしょうか?」
「考えません。信用しない者を仲間に誘いません。そして、誘った限りは信用し続けます」
「甘い。甘過ぎますな」
「私は甘くてよいのです。ただし、私を怒らせて、それ以降も知多に住めるなどと思わないでいただきたい」

俺はそういうと、源七に書かせたアームストロング砲の絵図を懐から出して広げた。
南蛮船の大砲の飛距離は火縄銃と変わらない。
最大射角で撃ち出せば、500mくらいは飛ぶらしいが、アームストロング砲の3600mには遠く及ばない。
いずれは造らせるつもりだが、まだ手も出していない。

「これは南蛮船の大砲より飛びます。最新の大砲の絵図でございます。一里(4000m)先の的を撃つことがきます。これを造らせております。誰が最初の的になるのか…………できれば、帆船に積んで、そこから撃ち出す様を見てみたいものです」

母上からもらった扇子を腰から引き抜き、それを広げて口元を隠して微笑んだ。
相手に真偽を正すときにやる母上のやり方だ。
信じていますよ。
そう言いながら、目を細めて相手をしっかりと見ながら口元を隠すことで「信じてよいのですか」と相手を問い詰めるのだ。

「季忠様。絆の杯を」
「用意はできております」

巫女姿の侍女が杯を荒尾-小太郎と佐治-為貞に配り、季忠が自ら降りて徳利に入れておいた清酒を注いだ。
二人が飲んだ瞬間に目の色が変わる。

「美味いでしょう。魯坊丸様がつくられた酒でございますよ」
「美味いな」
「これを魯坊丸様が」
「帝もお気に入りとか」

最後に仕上げだ。
俺は勘三郎に二千五百石の米を調達するように命じた。
予定通りに勘三郎が返事をする。

「承知致しました。我が羽城には二千五百石の蓄えがございませんので、商人より買い上げて、すぐに魯坊丸様の酒造所に届けさせます」
「うむ。よろしく頼む」
「お任せください」
「さて、荒尾-小太郎殿と佐治-為貞殿は私の後ろ盾となって帆船を造りますか。その気があるならば、三家の盟約を交わした証として、二千五百石の米を熱田の酒造所に入れていただきます。それとも断りますか?」

盟約を書面で示すと思っていた二人が呆然とする。
三家が揃って米を納めれば、三家が俺の後ろ盾になったことを内外に示せ、熱田衆の会合で俺への見方が変わってくる。
もう千秋家のみが後ろ盾ではなく、三家を同時に動かせる実力者と認識を改めことになるのだ。
二人の返事次第で、俺の熱田衆の立ち位置が変わる。
正念場だ。
会談に来ただけで二千五百石の米を用意しろと言われて戸惑う二人に、俺は畳みかけた。

「仕方ない。勘三郎、帆船をすぐに造るのは諦めなさい。やはり酒が儲かってから改めて考え直しましょう」
「魯坊丸様。お待ちください。儲かってからとは、帆船を造るのはいつになるのですか?」
「熱田湊の沖に人工の島を造って、そこを造船所にしてからです。四、五年は先になります。そういうことで、この話はなかったこと…………」
「お待ち下さい。荒尾家は引き受けます。二千五百石を用意させていただきます」
「小太郎殿。性急過ぎますぞ。家臣を説得してから」
「ここで話が流れれば、荒尾家の先などない。魯坊丸様は我らを信用すると言われたのだ。我らも信用せねばなるまい」
「しかし」
「為貞殿。嫁いだ娘の義理の父として、儂の顔を立てて首を立てに振ってくれ」
「小太郎殿」
「水野家は知多を掌握する為に荒尾家を潰したい。今も荒尾家の求心力を削いできておる。ここで魯坊丸様の話に乗って知多の領主らを引き戻さねば、荒尾家に先がないのだ」
「わかりました。二千五百石は小太郎殿への貸しと致しますぞ」
「承知した」

季忠が「おぉ、目出度い」と声を上げると、手をパンパンと叩いた。
すると、女中が台所へ走ってゆくと、盟友成立を祝う宴の料理と酒が運ばれてくる。
緊張した雰囲気はこれでおしまいだ。
どんちゃん騒ぎだった。
この時代の侍は呑み過ぎだろう。
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