魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
上 下
77 / 165
第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

十夜 隠形の隠者

しおりを挟む
〔天文十七年 (一五四八年)春三月三日〕
捕まえた子供を解放し、連れるように季光は道の角を曲がった。
すると、俺の後ろから老人が現れた。
急に現れた老人に少し慌てていると、千代女がそっと耳打ちしてくれた。

「魯坊丸様、曲がり角の先にあった箱の上に座っていた方です」
「いたか?」
「気配を完全に消して風景に溶け込んでおりましたから、常人の方なら見過ごしてしまうのです」
「千代女もできるのか?」
「草むらに身を隠すときなどに使用しますが、得意とは言い難いです」

千代女の得意じゃないは当てにならないような気がする。
老人は季光に挨拶をすると子供を殴った。

「この愚か者が」
「ですが、千秋様の身を按じて…………」
「馬鹿者。このお方は魯坊丸様の護衛だ。魯坊丸様に襲い掛かるならば、覚悟せよという気合いで静かな闘気を放っておられた。千秋様の暗殺などを企んでいた訳ではない。それくらい察せよ」
「すみません。焦ってしまいました」

千代女が瞬きをして、「あっ」という小さな声を上げた。
そして、老人に頭を下げた。

「申し訳ございません。私の不注意でございました」
「いいえ。魯坊丸様の護衛なら当然の配慮でございます。それに気づかぬこいつが馬鹿なのです」
「こちらにも護衛が付いているのですから、無用な殺気でございました。殺気を放っていれば、千秋様の身の安全を考えるのは当然でございます。私の思慮不足でございます」
「頭を上げてくだされ。すべて、こいつが悪いのです」

そういうと老人が拳骨で子供を殴る。

「子供のことです。それくらいに?」
「魯坊丸様はお優しいですな。ですが、その配慮は入りません。こんななりですが、すでに二十歳はたちを超えております。十年以上もこれで飯を食っていながら成長しない奴なのです」

えっ、二十歳?
見た目はさくらと同じくらいで、小学六年生から中学一年くらいに見える。
人は見かけによらないというが、千代女らより年上だったのか。

「子供の振りをして中に潜り込み、情報を得るのを得意とする奴です。荒事は少々苦手ですが、千秋家への忠誠心は高いのですが、今回はそれが裏目に出たようです」
「話が見えないのですが、詳しく教えていただけますか」
「はい。まず、そちらのお嬢様ですが」
「私の護衛で望月家からきていただきました」
「望月千代女と申します。以後、お見知り置きを」
「わたくしは陽炎かげろうと申します。菊田家に仕える楽士がくしでございます」

季光がそっと捕捉してくれた。
熱田神宮の舞巫女は金田女かねためと呼ばれ、熱田を守護する巫女らしい。
その巫女は輩出するのが菊田家、鏡味家、若山家の三家であり、その巫女を守る者を脇連ワキツレと呼ぶ。
巫女が舞うときに雅楽などを鳴らすので楽士がくしを名乗っている。

「我らは甲賀や伊賀の方と違い、武に尊んでおらず、どちらかと言えば、隠形を得意としております」
「魯坊丸様。陽炎は武が出来ぬと言っておりますが、そんなことはありません」
「季忠様。そうなのですか?」
「陽炎の手に掛かれば、大抵の者は為す術もなく倒されます」
「千秋様。その話は」

話の腰が折れてしまった。
陽炎の話では、千代女はずっと静かな殺気を垂れ流していたそうだ。
俺に近付くなら「覚悟せよ」という威嚇だ。
しかし、その殺気が見事に隠されていた。
俺は気づかなかったし、周りの神官も気づいていなかった。
隠形を得意とする脇連衆は、その殺気が見えた。
特定の力量以上の相手にしか通じない。
…………ということは、子供に見える彼もそれなりの実力があったのか。
それを簡単にのしてしまうさくらもさくらだ。
次元が違うとはじめて実感した。
つまり、俺を襲おうとする暗殺者には威嚇になるが、季光を守る脇連衆にとって、季光の隙を狙って暗殺を企む不審者に見えた。
少なくとも子供にみえる彼にはそう見えた。
千秋家に忠誠心が高く、何とかしなければと焦った結果、体が無意識に飛び出し、さくらに取り押さえられたという結末になった。
相手の力量すら測れぬ愚か者と言われて、また殴られていた。

「本当にご迷惑をかけました」

陽炎は彼を連れて去ってゆく。
千代女が「一度、手合わせしてみたいです」などと呟いている。
隙だらけに見えるのに、話の間も千代女の動きに見事に対応しており、まったく隙がない方という。
隙だらけなのに隙がないとは謎かけの問答か?

「千代女は勝てそうか?」
「わかりません。しかし、さくらではまったく敵わないでしょう」
「そんなことはありません。勝ってみせます」
「無理だ。彼を連れ出すときに、間合いに入られたのも気づいていなかっただろう」
「えっ、そうなのですか?」
「気配が読めぬのは厄介な敵だ」

厄介といいながら、千代女は頬を緩ませている。
さくらと同じで根っこは同じ戦闘狂なのではないだろうか。
きっとそうだ。
季忠が脇道から元の道に戻ると、ぼそりと言った。

「陽炎は一度隠居したのですが、先日の戦いで腕の立つ者を多く失った為に復帰してもらったのです」
「あの戦いですか」
「彼の息子も兄上らを守って亡くなりました。父上を守ろうとして逝った親族も多くおります」
「申し訳ない気がします」
「いいえ。魯坊丸様に責任はございません。ですが、問題は信頼ができて、尚且つ、技量が伴う者はすぐに補充が利かないということです」
「お察しします」
「仕方ありません。その分は警護の数を増やしております。問題ございません」

季忠が少し疲れた声でそういった。
俺は何と声を掛ければよいのかがわからなかった。
だが、次の瞬間。
おどけた声で千代女に声を掛けた。

「ところで護衛の方は望月の方とおっしゃいましたが、千代女殿は望月出雲守様とはどういうご関係でございますか?」
「父でございます」
「おぉ、望月家の姫様でございましたか。それはよい。望月家はどのような公家様とお知り合いが多いのでしょう」
「六角様を通じて、中御門家を中心に勧修寺かじゅうじ流の公家様から仕事をもらうことが多いです」
「勧修寺流と言えば、万里小路までのこうじ家ですな。帝の女御であらされる栄子えいし様も」
「そうですね。栄子様の護衛の役目などが舞い込んでくれば嬉しいですね」
「なるほど、なるほど。そちらの方に縁がおわりと」

季忠が何を考えているのかわからないが楽しそうに話し、千代女もそういう仕事がしたかったのか、目を少しキラキラとさせているような気がした。
何か二人で宮中の話で盛り上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...