魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

七夜 はらえたまえきよめためえ

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〔天文十七年 (一五四八年)春三月三日早朝から (真夜中?)〕
深々と闇が深まり、俺は深く眠っていた。
その俺の体をがさがさと揺らされているのを感じて、ゆっくりと体が覚醒した。
誰だ?
俺を起こす奴は…………最近、目覚めは爽快であり、侍女らが起こしにくる前に目が覚めるのが多かった。
寝過ごしたのか?
瞼をゆっくりと上げると、そこに綺麗な顔立ちをした少女が目に入る。
少し母上に似た、すっきりとした輪郭の美少女が優しい笑顔を向けて微笑んでいる。
うむ、起きるぞ。
そう気合いを入れて直し、手足を伸ばして目を開けた。

「おはようございます。魯坊丸様」
「…………」
「おはようございます」
「お、は、よ、う」

蝋燭の灯火が揺れ、千代女の顔が揺れているが、あのクールビューティーな千代女だ。
柔らく微笑む美少女ではなく、獲物を見定めるように目をキリキリとさせ、微笑の欠片もない美少女の千代女だった。
俺は夢をみていたのか?
障子をみると冬の風よけに閉めている雨戸が外されておらず、廊下は真っ暗であった。
つまり、まだ早朝にもなっていない。

「今日は楓が起こしにくるのではなかったのか?」
「さくららには、水風呂の水入れを命じております。まだ、終わっていないので、私が起こしにきました」
「水風呂?」
「はい。神事を行う前は、神官は必ず水で体を清めると、先代侍女の覚え書き帳に書かれておりました。昨日、鉄作り小屋でお祓いをされるとお聞きしておりましたから、その準備をさせております」

えっ、この寒い朝から水浴びをするの?
そこまで大袈裟にしなくてもいいんじゃないかな。
所詮、真似事だし…………俺が意外そうな顔をすると…………あははは、どうしようかな?
じ~と見ている千代女の目が鋭くなった気がした。
早朝の稽古がフラッシュバックする。
千代女を怒らせると、手違いで殺される。

「今回はお試しだ。本格的な鉄作りをはじめるのは、今年の冬からとなる。正式な祝詞はまだ覚えておらん。形だけのお祓いだ」
「形だけでございますか」
「だが、折角準備してくれたなら、神官服に着替えて出向くとするか」
「はい、準備は整っています」

ギラン、千代女が目を光らせて、さくらのような拳を握るポーズを小さくとった。
師弟は似るというが、さくらが成功した時にとるガッツポーズは千代女の癖だったのかもしれない。
寝着から普通の服に着替えさせてもらうと、風呂に向かった。
脱衣所には、すでに神官服が用意されており、力尽きたさくららがいる。
水風呂は大きくないが、三人で汲もうとすれば、一人二十往復はすることになる。
風呂場と井戸が遠いので、水路でも結ぼうかと思案している所だ。
実際、新しい水路が完成すれば、台所まで洗い水の水路を確保する予定なので、一年後には要らなくなる水路を掘る必要があるかどうかが悩ましい。

「お、おはようございます。魯坊丸様」
「おはよう、はぁ、ございます」
「おはようございましゅ」

俺らが脱衣所に入ると、さくらがすぐに立ち上がって敬礼をしながら挨拶をする。
それに対して、少し鈍めに楓がよいしょと立ち上がり、居眠りをしていたのか、紅葉が遅れたので慌てながら挨拶で舌を噛んだ。
俺は服を脱がされると、風呂場に入り、水風呂から掬った水を肩から掛けられる。
ちめたい。
二回、三回と浴び、それから入水して祈りを捧げる。
ブルブルブルと寒さに震える。
上がると素早く水気を拭いて、神官服を身に付けた。
普段は通用口から出掛けるが、今日は表屋敷の玄関から出発する。
山に入るので武蔵と護衛の二人が待っていた。

新月に近い三日、月の入りは早く、月がでることもない。
(月の出 午前6時、月の入り 午後8時)
鳥も鳴いていない真っ暗な早朝だ。
千代女は適格に隊列の指示を出し、さくらは気合いを入れっぱなし、楓は欠伸を連発し、紅葉は眠そうだ。
日の出は寅の刻 (午前5時)であり、今はそれより少し早い。
俺が起こされたのが1時間前として、さくららが水汲みを命じられたのは、丑の刻 (午前2時)頃だろうか?
そりゃ、眠たくもなる。

「お前ら、弛んでいるぞ。気合いを入れろ」
「はい、大丈夫です」
「はい、はい、頑張ります」
「わかりました」

あまり気合いを入れないでほしい。
俺もさっきから欠伸がでており、俺も怒られている気になる。
それにしても、千代女は眠気を感じがないのだろうか?

「千代女は眠くないのか?」
「子の刻 (午後11時から午前1時)に睡眠をとっております。問題ございません」
「子の刻のみか?」
「はい、それ以上必要でしょうか」

今、二時間しか寝ていないように聞こえた。
睡眠は重要。
あとで、もう少し寝るように言っておこう。

武蔵に抱かれながら山を登っている間に朝となり、日差しが山の頂上に掛かった。
この神官服は通気が良すぎる。
北風から冷たい風が袖からすっと上がってくるのが難点だ。
おぉ、寒い。

水気がある谷間から少しでも離す為に、山の頂上近くの尾根に鉄作り小屋を作った。
小屋の前に鉄砲鍛冶の作之助一同が総出で出迎えてくれた。

「魯坊丸様。わざわざのご足労、ありがとうございます」
「早速、はじめるか」
「はい」

鉄を造る大窯の前に祭壇があり、その前に立って玉串をもって祈りをはじめた。
もっとも祝詞の勉強はしていなかった。
参加した神事で千秋季忠を真似るように、玉串を右へ左へと払った。
あれ、思い出せない。
ど、ど、ど、どうするの?

『かしこみ、かしこみ、ねがいもうす。はらいたまえ、きよめたまえ、はらったまきよったま、はらったまきよったま、はらったまきよったま、はらたま、きよたま、はらたま、きよたま、はらったま~きよったま~♪』

気合いだ。適当だ。よくわからんが誤魔化そう。
俺は玉串を祭壇に置き、くるりと反転した。
膝をついて一同が拝んでいた。

「お祈りはこれで終わりです。これでよい鉄ができるでしょう」
「魯坊丸様、ありがとうございます」
「頑張ってください」
「お任せください」

作之助も後ろの皆に声を掛けた。

「野郎共。熱田明神様の祈りが届いた。焚いて焚いて焚きまくるぞ」

一同が一斉に『うおぉぉぉぉ』と地響きのような声を発した。
一斉に動き出し、作之助が祭壇を部屋の東の隅に片付けた。
それからしばらく、俺は部屋の傍らで眺めていると、火が入った瞬間から熱気で熱さが届いてくる。
近場の彼らには、どれほどの熱が届いているのか想像もしたくない。

「魯坊丸様。そろそろ戻らねば、あとが閊えております」
「そうか。では、帰るとするか」

俺は小屋を出る前に作之助に声を掛けた。

「あとはお任せください」

きっぷのいい返事を聞いて小屋をあとにした。
小屋から出ると、風の冷たさに震え上がった。
日が出て、温度はかなり上がっている筈なのに、小屋の暑さと比べると寒暖を感じる。
最近、日なたぼっこでゴロゴロするのによくなってきた。
そんな風に思っていたのに…………小屋を出た直後なのか。
さ、寒いな。
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