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第一章 魯坊丸は日記をつける
五十八夜 魯坊丸、数珠屋にでむく
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〔天文十七年 (一五四八年)春二月〕
千秋季忠と五郎丸に相談した結果、警備の一部を伊賀者に頼むことした。
五郎丸もよく利用するらしい。
伊賀棟梁の一人である百田-正永は、悪党であった大江氏の一派であり、東大寺領である伊賀国黒田荘を預かっている国人であった。
貧しい土地なので出稼ぎが必須であり、忍び業がその一環だ。
お得意様が多い方が生活も安定する。
だがしかし、伊賀者は銭を出せば、どんな仕事も請け負うので風評は良くない。
棟梁の中でも正永は信用を重んじていた。
五郎丸曰く、「銭を出す限りは信用できます」と言った。
ケチらないことが大切みたいだ。
詳しい話を聞く為に数珠屋に足を運ぶことになった。
酒造所予定地 (鶴舞公園の東側)から遠くないので、予定地を視察した次いで回ることにする。
数珠屋は熱田商人としては新参者であり、高倉宮(高座結御子神社)の北側に店を持っていた。
古渡城に近い感じで清須勢が攻めてきたときは店を焼かれるのではないかと焦ったそうだ。
しかし、高倉の北には金山衆の門前町があり、鍛冶師らが総出で睨んでいたので清須勢も攻めあぐねた。
金山神社の周囲には、門前町ごと囲んだ柵と堀があるので小さな砦のようなのだ。
清洲勢も兵に余裕がなかったのであろう。
順調、順調、次々と建つ酒蔵を見て俺は満足した。
予定日には、四十個の蔵が建つ。
残り十蔵は四十蔵が完成してから取りかかるように変更した。
「魯坊丸様。麹室の視察でございますか?」
「うむ。よ、ろ、し、く、た、の、む」(うむ。よろしく頼む)
「すでに完成した一号室で温度が保てるかの試験を行っております」
「もんだいはないか」(問題はないか)
「満遍なく、部屋に温度が行き届いていないような気がします」
「た、い、さ、く、を、か、ん、が、え、て、お、く」(対策を考えておく)
実際に動かした者の話を聞いて回る。
断熱材なんて存在しないから、土壁とレンガの二重構造にしてみた。
それに風呂のように外側から薪を投じる暖炉との組み合わせだ。
室内でお湯を沸かせて湿度も管理する。
温度と湿度が人間の勘という曖昧な仕様は同じだ。
視察を終えると鶴が舞う池を通り過ぎ、川沿いに下ってゆく。
酒造りにつかう湧き水は合流して精進川(新堀川)となり、6月の名越の祓の折りに、この川が神官らのみそぎにつかわれる。
この森は鎮守の森であり、熱田神宮の直轄地だ。
この鎮守の森と田子荘(愛知県名古屋市瑞穂区田光町)の間に御器所荘があり、御器所荘は佐久間一族が支配している。
佐久間一族は熱田衆ではない。
佐久間家も熱田神宮と対立する気はないが隣接する隣の土地なので、水争いなどの問題を多く抱えていた。
千秋季忠が佐久間家に酒造りの協力を打診したが、協力の見返りに酒造所の所有権の半分を寄こすか、佐久間家がお仕えしている信勝兄上に俺が傘下に入ることを要求した。
季忠が怒りを露わにしたらしい。
「魯坊丸様が信勝様の下に付けですと」
「如何にも。悪い話ではないであろう」
「臍で茶が沸きますな」
「それは如何なる存念か」
「魯坊丸様こそ。織田家を支える御柱となられるお方。信勝様が魯坊丸様に頭を下げて協力を求めるのが筋でございましょう」
「何を戯けたことをいう。気でも狂ったか」
「とにかく、そのような話は論外ですな」
こんな感じで季忠が喧嘩を売って帰ってきたと愚痴っていた。
ゆっくりと開発を進めてゆけば妥協点を見いだせたかもしれないが、チマチマと交渉をする余地がなかったので放置することにした。
ゆえに御器所荘に抜ける道は使用せず、皆には古渡方面の鎌倉街道を通って熱田の町に向かうように命じた。
俺も何度も予定地に視察に行っている。
その帰りは金山でお茶をしてから神宮に戻るのが日課となっていた。
金山衆には作ってもらわねばならない工具や部品があり、あと半月で納品してもらわねば困る。
こちらも直接に指示を出した方が早いのだ。
その後に数珠屋に立ち寄った。
その暖簾をくぐろうとしたときに、店の前で猿のような顔をした子供とすれ違った。
猿はぺこりと頭を下げて去っていった。
店に入ると、店主の五平が出迎えてくれた。
「これは織田の若君ではありませんか」
「い、ま。す、れ、ち、が、つ、た、こ、ど、も、は?」(今、すれ違った子供は?)
「針を売りにきた針売りです。戦場で鎧や折れた刀を拾って、知り合いの鍛冶師に針にしてもらって売っておる奴です」
「そ、ん、な、し、よ、う、ば、い、も、あ、る、の、か」(そんな商売もあるのか)
「で、むさ苦しいところにどんな御用でございますか」
「わ、か、つ、て、い、る、の、で、あ、ろ、う」(わかっているのであろう)
「忍びがご入り用ですか」
俺はうんと頷いた。
信頼のおける二十人ほどの忍びを雇いたいと言った。
五平は問題ないと答えた。
「期間はいつからいつまででしょうか」
「ら、い、げ、つ、か、ら、じ、ゆ、う、ね、ん、だ」(来月から十年だ)
「また、ずいぶんと長い期間でございますね」
「し、か、た、な、い。で、き、ぬ、か」(仕方ない。出来ぬか)
「むしろ、取り合いになりかねません」
十年も雇うという主は滅多にいない。
その仕事の間だけ家族が食ってゆけることが保証される。
金払いのよい織田家なら尚更である。
「う、ら、ぎ、つ、て、も、ら、つ、て、は、こ、ま、る、の、だ」(裏切ってもらっては困るのだ)
「そのような者は選びません」
「ひ、つ、よ、う、な、ら、め、し、か、か、え、て、も、よ、い」(必要なら召し抱えてもよい)
「誠で⁉」
「そ、れ、ほ、ど、し、ん、よ、う、で、き、る、も、の、が、ひ、つ、よ、う、な、の、だ」(それほど信用できる者が必要なのだ)
「お任せ下さい。その条件なら間違いありません。信用できる者をお呼びしましょう」
五平の返事に俺は小さく拳を握った。
そこから五郎丸から聞いていた額の一割増しを提示した。
召し抱えを希望するなら召し抱える。
召し抱えた者は働きによって昇格させ、侍の身分を与えることもあるとした。
破格の提示に五平が満足そうに頷いていた。
よし、これで警護も決まった。
あとは見積もりを終わらせば、酒造りに集中できるぞ。
千秋季忠と五郎丸に相談した結果、警備の一部を伊賀者に頼むことした。
五郎丸もよく利用するらしい。
伊賀棟梁の一人である百田-正永は、悪党であった大江氏の一派であり、東大寺領である伊賀国黒田荘を預かっている国人であった。
貧しい土地なので出稼ぎが必須であり、忍び業がその一環だ。
お得意様が多い方が生活も安定する。
だがしかし、伊賀者は銭を出せば、どんな仕事も請け負うので風評は良くない。
棟梁の中でも正永は信用を重んじていた。
五郎丸曰く、「銭を出す限りは信用できます」と言った。
ケチらないことが大切みたいだ。
詳しい話を聞く為に数珠屋に足を運ぶことになった。
酒造所予定地 (鶴舞公園の東側)から遠くないので、予定地を視察した次いで回ることにする。
数珠屋は熱田商人としては新参者であり、高倉宮(高座結御子神社)の北側に店を持っていた。
古渡城に近い感じで清須勢が攻めてきたときは店を焼かれるのではないかと焦ったそうだ。
しかし、高倉の北には金山衆の門前町があり、鍛冶師らが総出で睨んでいたので清須勢も攻めあぐねた。
金山神社の周囲には、門前町ごと囲んだ柵と堀があるので小さな砦のようなのだ。
清洲勢も兵に余裕がなかったのであろう。
順調、順調、次々と建つ酒蔵を見て俺は満足した。
予定日には、四十個の蔵が建つ。
残り十蔵は四十蔵が完成してから取りかかるように変更した。
「魯坊丸様。麹室の視察でございますか?」
「うむ。よ、ろ、し、く、た、の、む」(うむ。よろしく頼む)
「すでに完成した一号室で温度が保てるかの試験を行っております」
「もんだいはないか」(問題はないか)
「満遍なく、部屋に温度が行き届いていないような気がします」
「た、い、さ、く、を、か、ん、が、え、て、お、く」(対策を考えておく)
実際に動かした者の話を聞いて回る。
断熱材なんて存在しないから、土壁とレンガの二重構造にしてみた。
それに風呂のように外側から薪を投じる暖炉との組み合わせだ。
室内でお湯を沸かせて湿度も管理する。
温度と湿度が人間の勘という曖昧な仕様は同じだ。
視察を終えると鶴が舞う池を通り過ぎ、川沿いに下ってゆく。
酒造りにつかう湧き水は合流して精進川(新堀川)となり、6月の名越の祓の折りに、この川が神官らのみそぎにつかわれる。
この森は鎮守の森であり、熱田神宮の直轄地だ。
この鎮守の森と田子荘(愛知県名古屋市瑞穂区田光町)の間に御器所荘があり、御器所荘は佐久間一族が支配している。
佐久間一族は熱田衆ではない。
佐久間家も熱田神宮と対立する気はないが隣接する隣の土地なので、水争いなどの問題を多く抱えていた。
千秋季忠が佐久間家に酒造りの協力を打診したが、協力の見返りに酒造所の所有権の半分を寄こすか、佐久間家がお仕えしている信勝兄上に俺が傘下に入ることを要求した。
季忠が怒りを露わにしたらしい。
「魯坊丸様が信勝様の下に付けですと」
「如何にも。悪い話ではないであろう」
「臍で茶が沸きますな」
「それは如何なる存念か」
「魯坊丸様こそ。織田家を支える御柱となられるお方。信勝様が魯坊丸様に頭を下げて協力を求めるのが筋でございましょう」
「何を戯けたことをいう。気でも狂ったか」
「とにかく、そのような話は論外ですな」
こんな感じで季忠が喧嘩を売って帰ってきたと愚痴っていた。
ゆっくりと開発を進めてゆけば妥協点を見いだせたかもしれないが、チマチマと交渉をする余地がなかったので放置することにした。
ゆえに御器所荘に抜ける道は使用せず、皆には古渡方面の鎌倉街道を通って熱田の町に向かうように命じた。
俺も何度も予定地に視察に行っている。
その帰りは金山でお茶をしてから神宮に戻るのが日課となっていた。
金山衆には作ってもらわねばならない工具や部品があり、あと半月で納品してもらわねば困る。
こちらも直接に指示を出した方が早いのだ。
その後に数珠屋に立ち寄った。
その暖簾をくぐろうとしたときに、店の前で猿のような顔をした子供とすれ違った。
猿はぺこりと頭を下げて去っていった。
店に入ると、店主の五平が出迎えてくれた。
「これは織田の若君ではありませんか」
「い、ま。す、れ、ち、が、つ、た、こ、ど、も、は?」(今、すれ違った子供は?)
「針を売りにきた針売りです。戦場で鎧や折れた刀を拾って、知り合いの鍛冶師に針にしてもらって売っておる奴です」
「そ、ん、な、し、よ、う、ば、い、も、あ、る、の、か」(そんな商売もあるのか)
「で、むさ苦しいところにどんな御用でございますか」
「わ、か、つ、て、い、る、の、で、あ、ろ、う」(わかっているのであろう)
「忍びがご入り用ですか」
俺はうんと頷いた。
信頼のおける二十人ほどの忍びを雇いたいと言った。
五平は問題ないと答えた。
「期間はいつからいつまででしょうか」
「ら、い、げ、つ、か、ら、じ、ゆ、う、ね、ん、だ」(来月から十年だ)
「また、ずいぶんと長い期間でございますね」
「し、か、た、な、い。で、き、ぬ、か」(仕方ない。出来ぬか)
「むしろ、取り合いになりかねません」
十年も雇うという主は滅多にいない。
その仕事の間だけ家族が食ってゆけることが保証される。
金払いのよい織田家なら尚更である。
「う、ら、ぎ、つ、て、も、ら、つ、て、は、こ、ま、る、の、だ」(裏切ってもらっては困るのだ)
「そのような者は選びません」
「ひ、つ、よ、う、な、ら、め、し、か、か、え、て、も、よ、い」(必要なら召し抱えてもよい)
「誠で⁉」
「そ、れ、ほ、ど、し、ん、よ、う、で、き、る、も、の、が、ひ、つ、よ、う、な、の、だ」(それほど信用できる者が必要なのだ)
「お任せ下さい。その条件なら間違いありません。信用できる者をお呼びしましょう」
五平の返事に俺は小さく拳を握った。
そこから五郎丸から聞いていた額の一割増しを提示した。
召し抱えを希望するなら召し抱える。
召し抱えた者は働きによって昇格させ、侍の身分を与えることもあるとした。
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