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第一章 魯坊丸は日記をつける
四十一夜 魯坊丸、星をよむ 〔加納口の戦い(一)尾張編〕
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〔天文十六年 (一五四七年)九月二日〕
尾張から美濃へ攻め上がる。
最初の出陣予定は稲刈りを終えた八月中旬であったが、8月上旬に信濃で武田家と関東管領の戦いが尾張まで影響した。
つまり、敗北した関東管領に対して、北条-氏康が関東に兵を向けるか、駿河の今川家を襲うのか、その動向で状況が変わる。
親父は氏康に手紙を送って、今川家への牽制をお願いした。
関東で小競り合いが続いているので、駿河を攻める余裕はないが、大軍が動かないことで、十分な牽制であると確信したらしい。
一方、今川義元は水野家に調略の手を伸ばしていた。
そんな情報が錯綜し、親父が不安がっているところに、水野-信元から今川義元の申し出を断ったと連絡が入って親父も胸を撫で下ろした。
美濃に出陣している時に水野家に裏切られれば、背中ががら空きになるからだ。
だが、俺の脳裏にそんな疑問が巡った。
今川から調略が伸びている情報を流したのは誰なのか?
親父を警戒させ、水野信元を硬直させては調略が瓦解する。
調略の失敗を願ったのは誰なのか?
昨日、訪ねてきた千秋季光が、そんな話を永延と俺が聞きもしないのに教えてくれた。
「魯坊丸様は、此度の戦をどう考えられますか?」
「し、ら、ん」(知らん)
「聞き方を間違えましたか。此度の戦は勝てますか?」
「そ、れ、も、し、ら、ん」(それも知らん)
「う~~~~~~~~~~~ん。では、何故、(中根)忠良に戦場で注意を怠るなと助言されたのでしょうか? 今まで、そのような助言はなかったと聞きます。しかも新しい武具まで用意させたとか」
あっ、千秋季光が気になったのはそこか。
この『加納口の戦い』は鬼門だ。
俺は信長のことを調べる必要があったので、それなりに調べた。
だが、歴史マニアでも、歴史学者でもない。
あくまで一般的な知識のみだ。
美濃の斉藤家に敗れ、三河で今川家に敗れて、これから織田家は苦境の時代へと移る。
どういう戦があり、どういう戦いだったかなど知らない。
仮に知っていても、その伝承が正しいかも怪しい。
下手な知恵を出す方が危険だ。
俺が知っている世界と、この世界が同じとは限らないと思っている。
しかし、勝ち戦ではない可能性は高い。
俺はできることをした。
七月に美濃に攻めると聞いてから、金山衆に薄い二枚の皮に挟んだ特製の鎖帷子を注文した。
強度を犠牲にしてもいいので薄く軽い鎖帷子だ。
逃げるときに重さは弱点となる。
だから、ジャケットに使うような薄い皮で挟むことで、強度を補い、軽いことを重視させた。
鍛冶師曰く、一度乱戦になると使い物にならなくなるらしい。
使い捨てのコスパの悪い鎖帷子だそうだ。
完成した鎖帷子は養父のサイズに合わせていたが着脱に難があり、一人で脱着できなかった。
次から前が開く、重ね合わせのボタン式に改良しよう。
八月に入ると、俺は養父に戦場での注意を何度も口にした記憶がある。
親父がまだ死ぬような気がしないが、養父の生死はまったく読めない。
斎藤利政がどんな手をつかったのかもわからない。
周囲を警戒し、退路を確認して進む。
定季から学んだ知識をオウム返しで、養父に何度も警告した。
養父が不安がったが仕方ない。
その養父から千秋季光が聞いて確かめにきたというところか。
「ほ、し、の、な、ら、びぃ、が、わ、る、い」(星の並びが悪い)
「星でございますか? 福、どういう意味だ」
「季光様。わたくしにもわかりません」
「某がお答えしてもよろしいか」
「定季か。うむ、説明を頼む」
定季が『三国志』の諸葛亮-孔明の逸話を話した。
星の動きで寿命がわかる。
孔明は寿命を延ばそうとしたが失敗した。
天運は定まっており、それを動かすのは用意ではない。
つまり、俺をもってしても天命を変えることができないのだと定季が説明した。
「まさか、大殿である信秀様の天命が⁉」
千秋季光が慌てて立ち上がって俺をみた。
俺はゆっくり首を横に振った。
千秋季光が大きな息を吐いてから腰を落とし、あぐらをかきなおした。
少し重い空気が流れた。
「なるほど、此度の戦は織田家にとって不吉ということですな」
「そ、う、だ。か、ち、ま、け、ばぁ、し、ら、ん」(そうだ。勝ち負けは知らん)
「魯坊丸様がおっしゃるには、戦が負けるという意味ではなく、勝っても負けても被害が大きいと………」
「福。言わぬでも判る」
「申し訳ございません」
千秋季光が福の説明を遮った。
そのあともいくつか質問があったが、具体的なことは答えられない。
俺も知らないのだ。
帰り際に千秋季光が言った。
「魯坊丸様。某に何かありましたら、季忠を宜しくお願い申します。また、季直、季広が無事に戻ってきたときは、そちらも宜しくお願い申します」
「わ、か、つ、た。だ、が、そ、れ、い、じ、よ、う、ばぁ、い、う、な」(わかった。それ以上はいうな)
それをフラグっていうんだよ。
馬に乗った千秋季光の背中が小さくなって見えなくなった。
翌朝、俺は養父の無事を祈って見送った。
尾張から美濃へ攻め上がる。
最初の出陣予定は稲刈りを終えた八月中旬であったが、8月上旬に信濃で武田家と関東管領の戦いが尾張まで影響した。
つまり、敗北した関東管領に対して、北条-氏康が関東に兵を向けるか、駿河の今川家を襲うのか、その動向で状況が変わる。
親父は氏康に手紙を送って、今川家への牽制をお願いした。
関東で小競り合いが続いているので、駿河を攻める余裕はないが、大軍が動かないことで、十分な牽制であると確信したらしい。
一方、今川義元は水野家に調略の手を伸ばしていた。
そんな情報が錯綜し、親父が不安がっているところに、水野-信元から今川義元の申し出を断ったと連絡が入って親父も胸を撫で下ろした。
美濃に出陣している時に水野家に裏切られれば、背中ががら空きになるからだ。
だが、俺の脳裏にそんな疑問が巡った。
今川から調略が伸びている情報を流したのは誰なのか?
親父を警戒させ、水野信元を硬直させては調略が瓦解する。
調略の失敗を願ったのは誰なのか?
昨日、訪ねてきた千秋季光が、そんな話を永延と俺が聞きもしないのに教えてくれた。
「魯坊丸様は、此度の戦をどう考えられますか?」
「し、ら、ん」(知らん)
「聞き方を間違えましたか。此度の戦は勝てますか?」
「そ、れ、も、し、ら、ん」(それも知らん)
「う~~~~~~~~~~~ん。では、何故、(中根)忠良に戦場で注意を怠るなと助言されたのでしょうか? 今まで、そのような助言はなかったと聞きます。しかも新しい武具まで用意させたとか」
あっ、千秋季光が気になったのはそこか。
この『加納口の戦い』は鬼門だ。
俺は信長のことを調べる必要があったので、それなりに調べた。
だが、歴史マニアでも、歴史学者でもない。
あくまで一般的な知識のみだ。
美濃の斉藤家に敗れ、三河で今川家に敗れて、これから織田家は苦境の時代へと移る。
どういう戦があり、どういう戦いだったかなど知らない。
仮に知っていても、その伝承が正しいかも怪しい。
下手な知恵を出す方が危険だ。
俺が知っている世界と、この世界が同じとは限らないと思っている。
しかし、勝ち戦ではない可能性は高い。
俺はできることをした。
七月に美濃に攻めると聞いてから、金山衆に薄い二枚の皮に挟んだ特製の鎖帷子を注文した。
強度を犠牲にしてもいいので薄く軽い鎖帷子だ。
逃げるときに重さは弱点となる。
だから、ジャケットに使うような薄い皮で挟むことで、強度を補い、軽いことを重視させた。
鍛冶師曰く、一度乱戦になると使い物にならなくなるらしい。
使い捨てのコスパの悪い鎖帷子だそうだ。
完成した鎖帷子は養父のサイズに合わせていたが着脱に難があり、一人で脱着できなかった。
次から前が開く、重ね合わせのボタン式に改良しよう。
八月に入ると、俺は養父に戦場での注意を何度も口にした記憶がある。
親父がまだ死ぬような気がしないが、養父の生死はまったく読めない。
斎藤利政がどんな手をつかったのかもわからない。
周囲を警戒し、退路を確認して進む。
定季から学んだ知識をオウム返しで、養父に何度も警告した。
養父が不安がったが仕方ない。
その養父から千秋季光が聞いて確かめにきたというところか。
「ほ、し、の、な、ら、びぃ、が、わ、る、い」(星の並びが悪い)
「星でございますか? 福、どういう意味だ」
「季光様。わたくしにもわかりません」
「某がお答えしてもよろしいか」
「定季か。うむ、説明を頼む」
定季が『三国志』の諸葛亮-孔明の逸話を話した。
星の動きで寿命がわかる。
孔明は寿命を延ばそうとしたが失敗した。
天運は定まっており、それを動かすのは用意ではない。
つまり、俺をもってしても天命を変えることができないのだと定季が説明した。
「まさか、大殿である信秀様の天命が⁉」
千秋季光が慌てて立ち上がって俺をみた。
俺はゆっくり首を横に振った。
千秋季光が大きな息を吐いてから腰を落とし、あぐらをかきなおした。
少し重い空気が流れた。
「なるほど、此度の戦は織田家にとって不吉ということですな」
「そ、う、だ。か、ち、ま、け、ばぁ、し、ら、ん」(そうだ。勝ち負けは知らん)
「魯坊丸様がおっしゃるには、戦が負けるという意味ではなく、勝っても負けても被害が大きいと………」
「福。言わぬでも判る」
「申し訳ございません」
千秋季光が福の説明を遮った。
そのあともいくつか質問があったが、具体的なことは答えられない。
俺も知らないのだ。
帰り際に千秋季光が言った。
「魯坊丸様。某に何かありましたら、季忠を宜しくお願い申します。また、季直、季広が無事に戻ってきたときは、そちらも宜しくお願い申します」
「わ、か、つ、た。だ、が、そ、れ、い、じ、よ、う、ばぁ、い、う、な」(わかった。それ以上はいうな)
それをフラグっていうんだよ。
馬に乗った千秋季光の背中が小さくなって見えなくなった。
翌朝、俺は養父の無事を祈って見送った。
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