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第一章 魯坊丸は日記をつける
三十五夜 魯坊丸、ミルクを配ろう
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〔天文十六年 (一五四七年)夏五月はじめ〕
日焼けで背中がヒリヒリして眠れぬ夜を過ごした翌日。
昨日、ミルクチーズを食べた時にアレを思い出して、食料を保存している倉庫に行った。
棚の上に真っ黒なチーズが完成していた。
白ではなく、黒だ。
しかも鼻をつくような酸っぱい臭いがする。
ヤバい気がする。
これは廃棄だな。
やはり、温度管理ができる地下室がいるような気がする。
チーズ作り…………というか、千秋季光曰く、『醍醐』の実験中だった。
この山羊の乳を手に入れたのは一月に遡る。
年が明けた一月から離乳食になったのを覚えているだろうか?
今は、白身や山芋などを副食として食べているので不満はないが、最初は離乳食の重湯のみだった。
タンパク質が足りない気がした。
俺は福に乳のでる牛がいないかと訪ねたが、子牛を産んだ雌牛はいなかった。
三村で牛二頭のみ、少ない~過ぎだろう。
牛が少ないことに驚いた。
馬は四、五頭いるらしいが、運搬用だった。
希に農作業で使うこともあるらしい。
大きな岩を退けるとか。
そこで大喜爺ぃに頼んで、乳の出る山羊、出来れば雄雌一頭ずつを頼んだ。
大喜爺ぃから牛より山羊の方が珍しいので無理だと断られたのだが、月が変わると雄雌一頭ずつの山羊を連れてきたのだ。
何でも織田家の若様は珍しいものを欲しがるので、土佐の下田湊に下ろされた山羊を買ってきた商人がいたそうだ。
もちろん、織田の若様というのは俺ではない。
山羊を見掛けた大喜爺ぃは、その商人と交渉して横取りする形で買い取ってくれた。
出来たモノを大喜爺ぃに下ろすのが条件だった。
さっそく、煮沸してから頂こうとしたが、「獣の乳を飲むなどなりません」と母上に止められた。
仕方ないのでミルクチーズを一品にして料理として出した。
ミルクチーズは鍋で火を掛けて底の焦げるまでよく混ぜ、ねっとりとしたところで火を止めると、酢を入れてさらに混ぜ、それを布で覆って水を切り、最後に塩を入れて味付けすると完成だ。
簡単、便利、栄養もある。
でも、余り美味しくなかった。
ハンバーグの添え物としては美味しかったのだがな~~~~?
仕方ないか。
この話を五郎丸経由で聞いた千秋季光が飛んできて、その製法を見ると、「これは『蘇』に違いない」と言って、製法を買ってくれた。
熱田神宮では、牛の乳で作ったミルクチーズを朝廷に献上すると、時々入る注文を待っている。
京では『酪』の製法は残っているようだが、『蘇』や『酥』、さらに最上級の『醍醐』の製法が失われ、ミルクチーズを『蘇』と言い張る千秋季光を批判する者はいなかった。
念の為にいうが、熱田神宮は商人ではないので、『蘇』を売る訳ではない。
欲しい者が神宮に銭などの寄進をすると、お礼に『蘇』を届ける。
寄進された一割が俺の小遣いとなる。
いつ寄進があるか判らないので、当てにできない収入だったりする。
俺が作ったミルクチーズより、昨日食べたミルクチーズが美味しかった。
もっとしっかりと水を切るべきだったのか、あるいは、少し熟成させた方がよかったのかも知れない。
今度、賄い長に挑戦させよう。
さて、俺もチーズが食べたいので、牛を潰したときや、鹿を捕獲したときに、胃を手に入れてもらうように手配しておいた。
千秋季光も『醍醐』(チーズ)ができるならと、協力は惜しまないという。
しかし、わざわざ牛を殺して挑戦するほど、チーズ作りに精通していないので、あくまで手に入ったときのみ、チーズ作りに挑戦した。
月二、三回のペースで賄い長に作ってもらっている。
しかし、何故か黒いカビが生えて、鼻をつく酸っぱい臭いがするチーズになってしまうので廃棄させた。
次の候補も臭いはしないが、黒っぽいものが付いていた。
一度、全部廃棄しよう。
しかし、毎日のようにチーズを作る訳にもいかない。
山羊は年に2回出産し、泌乳期が250日なので、一年中ミルクをとることができる。
量は牛の十分の一と少ないが、餌代が安い。
雑草刈りのスペシャリスト、次に開拓する土地に縄で繋いで放置しておくと、土を掘り返す頃には綺麗に雑草がなくなっている。
雑草をすべて食べてくれるので無駄にならない。
今日も俺の山羊は雑草を食べている。
しかし、ミルクがもったいない。
そんなことを考えながら部屋に戻ると、母上が待っていた。
母上の腹は随分と出てきて、動くのも辛そうに見える。
俺の本読みは他の者に任せればいいのに。
今日も大期爺ぃが持ってきたくれた本を俺が声を上げて読み込み、横から覗き込んで間違いを訂正してくれる。
「魯坊丸。綺麗に一音ずつの発音でできるようになってきましたね」
「は、い」
「続けると濁る癖を無くしてゆきましょう」
「は、い」
「もうすぐ朝寝の時間ですね。これくらいにしましょう」
「あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す」
「良い子ですよ。魯坊丸」
母上が俺をぎゅっと抱きしめると、母上の胸からほんのりと甘い乳の匂いがした。
相変わらず、養父は愛妾巡りに忙しいのかな?
子供にスキンシップが大切と言われるので間違っていないと思うのだが、一度抱きしめると中々離してくれないのだ。
あぁ、良い事を思いついた。
「ばぁ、ばぁ、う、え。か、わ、ばぁ、ら、も、の、の、こ、ど、も、ら、に、や、ぎ、の、ち、ち、を、の、ま、せ、て、よ、い、で、す、か」(母上。河原者の子供らに山羊の乳を飲ませてよいですか)
「山羊の乳を河原者に?」
「は、い」
「魯坊丸は飲んではいけませんよ」
「は、い」
「許可します。好きにしなさい」
「あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す」
これからの河原者は鰯などの小魚が手に入るようになるが、子供らが十分な量を食べられるとは限らない。
栄養のバランスが大切だ。
山羊の乳でタンパク質とミネラルを補充できるようになれば、子供らもより健康になれるだろう。
福に山羊の追加購入の手紙を頼んだ。
秋に稲が実り、米の収穫が上がれば、山羊ではなく乳牛に代えてゆこう。
餌代さえクリアーできれば問題ない。
牛を重機として使えれば、管理できる土地が三・四倍へと増やせる。
一家に一頭。
三カ年計画といったところか。
気の長い話だな。
日焼けで背中がヒリヒリして眠れぬ夜を過ごした翌日。
昨日、ミルクチーズを食べた時にアレを思い出して、食料を保存している倉庫に行った。
棚の上に真っ黒なチーズが完成していた。
白ではなく、黒だ。
しかも鼻をつくような酸っぱい臭いがする。
ヤバい気がする。
これは廃棄だな。
やはり、温度管理ができる地下室がいるような気がする。
チーズ作り…………というか、千秋季光曰く、『醍醐』の実験中だった。
この山羊の乳を手に入れたのは一月に遡る。
年が明けた一月から離乳食になったのを覚えているだろうか?
今は、白身や山芋などを副食として食べているので不満はないが、最初は離乳食の重湯のみだった。
タンパク質が足りない気がした。
俺は福に乳のでる牛がいないかと訪ねたが、子牛を産んだ雌牛はいなかった。
三村で牛二頭のみ、少ない~過ぎだろう。
牛が少ないことに驚いた。
馬は四、五頭いるらしいが、運搬用だった。
希に農作業で使うこともあるらしい。
大きな岩を退けるとか。
そこで大喜爺ぃに頼んで、乳の出る山羊、出来れば雄雌一頭ずつを頼んだ。
大喜爺ぃから牛より山羊の方が珍しいので無理だと断られたのだが、月が変わると雄雌一頭ずつの山羊を連れてきたのだ。
何でも織田家の若様は珍しいものを欲しがるので、土佐の下田湊に下ろされた山羊を買ってきた商人がいたそうだ。
もちろん、織田の若様というのは俺ではない。
山羊を見掛けた大喜爺ぃは、その商人と交渉して横取りする形で買い取ってくれた。
出来たモノを大喜爺ぃに下ろすのが条件だった。
さっそく、煮沸してから頂こうとしたが、「獣の乳を飲むなどなりません」と母上に止められた。
仕方ないのでミルクチーズを一品にして料理として出した。
ミルクチーズは鍋で火を掛けて底の焦げるまでよく混ぜ、ねっとりとしたところで火を止めると、酢を入れてさらに混ぜ、それを布で覆って水を切り、最後に塩を入れて味付けすると完成だ。
簡単、便利、栄養もある。
でも、余り美味しくなかった。
ハンバーグの添え物としては美味しかったのだがな~~~~?
仕方ないか。
この話を五郎丸経由で聞いた千秋季光が飛んできて、その製法を見ると、「これは『蘇』に違いない」と言って、製法を買ってくれた。
熱田神宮では、牛の乳で作ったミルクチーズを朝廷に献上すると、時々入る注文を待っている。
京では『酪』の製法は残っているようだが、『蘇』や『酥』、さらに最上級の『醍醐』の製法が失われ、ミルクチーズを『蘇』と言い張る千秋季光を批判する者はいなかった。
念の為にいうが、熱田神宮は商人ではないので、『蘇』を売る訳ではない。
欲しい者が神宮に銭などの寄進をすると、お礼に『蘇』を届ける。
寄進された一割が俺の小遣いとなる。
いつ寄進があるか判らないので、当てにできない収入だったりする。
俺が作ったミルクチーズより、昨日食べたミルクチーズが美味しかった。
もっとしっかりと水を切るべきだったのか、あるいは、少し熟成させた方がよかったのかも知れない。
今度、賄い長に挑戦させよう。
さて、俺もチーズが食べたいので、牛を潰したときや、鹿を捕獲したときに、胃を手に入れてもらうように手配しておいた。
千秋季光も『醍醐』(チーズ)ができるならと、協力は惜しまないという。
しかし、わざわざ牛を殺して挑戦するほど、チーズ作りに精通していないので、あくまで手に入ったときのみ、チーズ作りに挑戦した。
月二、三回のペースで賄い長に作ってもらっている。
しかし、何故か黒いカビが生えて、鼻をつく酸っぱい臭いがするチーズになってしまうので廃棄させた。
次の候補も臭いはしないが、黒っぽいものが付いていた。
一度、全部廃棄しよう。
しかし、毎日のようにチーズを作る訳にもいかない。
山羊は年に2回出産し、泌乳期が250日なので、一年中ミルクをとることができる。
量は牛の十分の一と少ないが、餌代が安い。
雑草刈りのスペシャリスト、次に開拓する土地に縄で繋いで放置しておくと、土を掘り返す頃には綺麗に雑草がなくなっている。
雑草をすべて食べてくれるので無駄にならない。
今日も俺の山羊は雑草を食べている。
しかし、ミルクがもったいない。
そんなことを考えながら部屋に戻ると、母上が待っていた。
母上の腹は随分と出てきて、動くのも辛そうに見える。
俺の本読みは他の者に任せればいいのに。
今日も大期爺ぃが持ってきたくれた本を俺が声を上げて読み込み、横から覗き込んで間違いを訂正してくれる。
「魯坊丸。綺麗に一音ずつの発音でできるようになってきましたね」
「は、い」
「続けると濁る癖を無くしてゆきましょう」
「は、い」
「もうすぐ朝寝の時間ですね。これくらいにしましょう」
「あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す」
「良い子ですよ。魯坊丸」
母上が俺をぎゅっと抱きしめると、母上の胸からほんのりと甘い乳の匂いがした。
相変わらず、養父は愛妾巡りに忙しいのかな?
子供にスキンシップが大切と言われるので間違っていないと思うのだが、一度抱きしめると中々離してくれないのだ。
あぁ、良い事を思いついた。
「ばぁ、ばぁ、う、え。か、わ、ばぁ、ら、も、の、の、こ、ど、も、ら、に、や、ぎ、の、ち、ち、を、の、ま、せ、て、よ、い、で、す、か」(母上。河原者の子供らに山羊の乳を飲ませてよいですか)
「山羊の乳を河原者に?」
「は、い」
「魯坊丸は飲んではいけませんよ」
「は、い」
「許可します。好きにしなさい」
「あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す」
これからの河原者は鰯などの小魚が手に入るようになるが、子供らが十分な量を食べられるとは限らない。
栄養のバランスが大切だ。
山羊の乳でタンパク質とミネラルを補充できるようになれば、子供らもより健康になれるだろう。
福に山羊の追加購入の手紙を頼んだ。
秋に稲が実り、米の収穫が上がれば、山羊ではなく乳牛に代えてゆこう。
餌代さえクリアーできれば問題ない。
牛を重機として使えれば、管理できる土地が三・四倍へと増やせる。
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気の長い話だな。
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