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第一章 魯坊丸は日記をつける
二十二夜 魯坊丸、苦情をうける(シャンプー&リンスの開発の巻)
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〔天文十六年 (一五四七年)春3月下旬〕
やっとランビキが届けられた。
話を持ち帰った金山衆から何の音沙汰もないので、義理兄の忠貞と大喜爺ぃに進捗を見に行かせると、金山衆が総出でランビキの改良点を研究中という名の大宴会中だった。
金山衆が総出で宴会です。
経緯はこんな感じだったらしい。
まず、依頼から五日後には、あり合わせの茶釜を組み合わせて試作第一号が完成して味見に至った。
その味に惚れ込んだ。
大喜屋が銭を出すので大量の酒を買い込んで、試作品のランビキで蒸留し続けた。
すると、強烈なアルコール臭に釣られた他の鍛冶師が乱入し、そこは秘匿すべき技術と言い張って蒸留酒の譲渡を拒んだとか。
蒸留酒が飲めるのは開発者のみと言い張ったので、他の鍛冶師も参戦したのだ。
鍛冶師は酒に目がなかった。
多くの鍛冶師が徒党を組んで、次々と改良点を検討して新作を作り、蒸留酒を作り出す。
こうしてできた蒸留酒の検討という名の宴会がはじまった。
何度も簡単な改良を施すと、追従実験を続けた。
視察にきた忠貞と大喜爺ぃを前にぐでんぐでんに酔いながら研究の検討中と言い張った。
タダ酒が美味かっただろう。
怒った忠貞が試作品の六器を持ち帰ってきた。
帰りに五郎丸の所に寄ったらしく、その話を聞いた五郎丸は激怒した。
酒代を契約の銭から天引きするらしい。
ご愁傷様だ。
但し、秘密保持を厳守する為に完成した蒸留酒を定期的に提供するので早く完成品を急かすそうだと、大喜爺ぃが面白そうに俺に語った。
「五郎丸様がいうには、蒸留酒を売るには酒が足りないので、酒造所ごと取り込んで、酒蔵を増やしてから売り始めると言っております」
「ずぎぶずでばよい」(好きにすれば良い)
「魯坊丸様は、好きにすれば良いとの仰せです」
「では、五郎丸様にそう伝えておきます。もちろん、儲けの一部は矢銭として納めるとのことです」
「あぶ」(そうか)
大喜爺ぃの言葉に俺は頷いた。
人材、資材、原料まで五郎丸に頼っているので無理は言えない。
儲けの一部をくれるというなら貰っておこう。
五郎丸は希少な蒸留酒を琉球から仕入れた酒として、しばらくは超高値で売るらしい。
幻の酒一壺 (1.8ℓ)がいくらで売れるか?
大喜爺ぃが悪い顔をして五郎丸の腹黒さを薄ら笑う。
五郎丸は希少さをアピールして無茶な値段を付けるつもりのようだ。
俺には関係ない。
これでやっと消毒液の作成にかかれる。
「魯坊丸様。奥方が至急起こし下さいとのことです」
「ばがっだ」(わかった)
「では、私はこれで」
大喜爺ぃが呼ばれた俺を憚って帰ろうとしたが、母上の侍女が大喜爺ぃも止めた。
大喜爺ぃも一緒に来るようにという。
俺と大喜爺ぃを呼ぶ意味が判らなかった。
部屋を開けると、母上の焦って泣きそうな声が響く。
「魯坊丸。石鹸で洗えば、玉の肌になるというのは嘘なのか?」
突然、何ですか?
今日、殿が城に留まるので身綺麗にしようと風呂に入ったという。
風呂とは、湯船でなく、サウナのようなものだ。
春になって暖かくなったので体を冷やす心配もなくなり、これまで手短に済ませていた体の洗浄を徹底的に行ったらしい。
石鹸でごしごしと三回も丁寧に洗ったという。
湯で石鹸を流し、肌はツルツルのピカピカになったのだが、髪が乾くとゴワゴワになった。
単なる洗い過ぎだった。
泡立つまで何度もでも洗えと言ったが、泡だってから何度も洗うのは想定外だ。
ゴワゴワになった髪を持ち上げて、母上が俺に尋ねた。
「魯坊丸、父上。何とかなりませんか?」
必死に訴える母上に大喜爺ぃが首を横に振った。
母上はクルミ油で誤魔化そうとしたが、油のノリが悪いらしい。
ゴマ油は胡麻の臭いがするので嫌らしい。
何とかならないかと言いながら、夜の食事までに間に合わせてほしいと懇願された。
無茶苦茶な要求だ。
だが、母上は運が良い。
丁度、ランビキが手に入ったので策があった。
俺は胸を叩きながら言う。
「ばがりばしだ。ばんどがじばじう」(わかりました。何とかしましょう)
「魯坊丸様がなんとかすると申されております」
「お願いします」
ランビキで精油作りだ。
精油は『油』と書かれているが、まったく別物だ。
油脂ではなく、香り成分の塊だ。
原料となる植物から不純物を取り除き、独特な香り成分のみを抽出する。
俺はランビキを持って台所に突撃した。
そして、色々とあさって米ぬかを見つけた。
他に以前使った陳皮(ミカンの皮)を大喜爺ぃと用意してもらう。
材料があれば、あとは難しいことではない。
母上が使う分だけであり、蒸留酒を取り出す応用でランビキを使って精油を取り出す。
作っている途中で、大喜爺ぃが色々と聞いてきた。
俺は材料を無償で提供するのを条件に、植物の花、葉、果皮、果実、心材、根、種子、樹皮、樹脂などから抽出できる精油 (エッセンシャルオイル)の説明をした。
母上の髪を洗う為にシャンプー&リンスを作るのだ。
目を輝かせていたので乗り気になると思ったのに、最後の方から大喜爺ぃの顔が曇った。
「ぜ、じ、な、ら、あ、ぶ、だ、ぼ」(銭ならあるだろう)
「銭はいくらでも借りられるので問題ありません」
「な、じ、が、ば、ず、い。ど、じ、で、ぐ、だ、じ、が、ぼ、お、ず、ぶ」(何が拙い。どうして暗い顔をする)
「はぁ? 何とおっしゃりましたか?」
大喜爺ぃは『銭』の反応できたが、次の言葉は理解できず、福がすぐに俺の言葉を通訳する。
大喜爺ぃは銭に困ったのではなく、一つの小さな精油壺を作る為に必要なランビキの数に愕然としたのだ。
今朝、持ち帰ってきた六器のランビキを使っても、まだ昼前だが母上の使う一回分ができるかギリギリだ。
商品として売る気なら、十器以上のランビキを稼働させる必要がある。
それを聞いて落胆したのだ。
まず、金山衆が最初に造る正規品のランビキは俺に納められる。
次のランビキは、蒸留酒を作る為に五郎丸の大喜屋に大量に納められ、大喜爺ぃの橘屋に納品されるのは三ヵ月以降の秋になるという。
それは最短であって、年内に手に入るかも怪しいらしい。
「こんな儲け話が転がっているのに、待つだけとは悔しくて、悔しくて」
大喜爺ぃは随分と欲惚けていた。
悔しがる大喜爺ぃを放置して、俺は母上の為に精油を作ることに集中した。
材料費もかなり掛かるのに採算が取れるのか?
やっとランビキが届けられた。
話を持ち帰った金山衆から何の音沙汰もないので、義理兄の忠貞と大喜爺ぃに進捗を見に行かせると、金山衆が総出でランビキの改良点を研究中という名の大宴会中だった。
金山衆が総出で宴会です。
経緯はこんな感じだったらしい。
まず、依頼から五日後には、あり合わせの茶釜を組み合わせて試作第一号が完成して味見に至った。
その味に惚れ込んだ。
大喜屋が銭を出すので大量の酒を買い込んで、試作品のランビキで蒸留し続けた。
すると、強烈なアルコール臭に釣られた他の鍛冶師が乱入し、そこは秘匿すべき技術と言い張って蒸留酒の譲渡を拒んだとか。
蒸留酒が飲めるのは開発者のみと言い張ったので、他の鍛冶師も参戦したのだ。
鍛冶師は酒に目がなかった。
多くの鍛冶師が徒党を組んで、次々と改良点を検討して新作を作り、蒸留酒を作り出す。
こうしてできた蒸留酒の検討という名の宴会がはじまった。
何度も簡単な改良を施すと、追従実験を続けた。
視察にきた忠貞と大喜爺ぃを前にぐでんぐでんに酔いながら研究の検討中と言い張った。
タダ酒が美味かっただろう。
怒った忠貞が試作品の六器を持ち帰ってきた。
帰りに五郎丸の所に寄ったらしく、その話を聞いた五郎丸は激怒した。
酒代を契約の銭から天引きするらしい。
ご愁傷様だ。
但し、秘密保持を厳守する為に完成した蒸留酒を定期的に提供するので早く完成品を急かすそうだと、大喜爺ぃが面白そうに俺に語った。
「五郎丸様がいうには、蒸留酒を売るには酒が足りないので、酒造所ごと取り込んで、酒蔵を増やしてから売り始めると言っております」
「ずぎぶずでばよい」(好きにすれば良い)
「魯坊丸様は、好きにすれば良いとの仰せです」
「では、五郎丸様にそう伝えておきます。もちろん、儲けの一部は矢銭として納めるとのことです」
「あぶ」(そうか)
大喜爺ぃの言葉に俺は頷いた。
人材、資材、原料まで五郎丸に頼っているので無理は言えない。
儲けの一部をくれるというなら貰っておこう。
五郎丸は希少な蒸留酒を琉球から仕入れた酒として、しばらくは超高値で売るらしい。
幻の酒一壺 (1.8ℓ)がいくらで売れるか?
大喜爺ぃが悪い顔をして五郎丸の腹黒さを薄ら笑う。
五郎丸は希少さをアピールして無茶な値段を付けるつもりのようだ。
俺には関係ない。
これでやっと消毒液の作成にかかれる。
「魯坊丸様。奥方が至急起こし下さいとのことです」
「ばがっだ」(わかった)
「では、私はこれで」
大喜爺ぃが呼ばれた俺を憚って帰ろうとしたが、母上の侍女が大喜爺ぃも止めた。
大喜爺ぃも一緒に来るようにという。
俺と大喜爺ぃを呼ぶ意味が判らなかった。
部屋を開けると、母上の焦って泣きそうな声が響く。
「魯坊丸。石鹸で洗えば、玉の肌になるというのは嘘なのか?」
突然、何ですか?
今日、殿が城に留まるので身綺麗にしようと風呂に入ったという。
風呂とは、湯船でなく、サウナのようなものだ。
春になって暖かくなったので体を冷やす心配もなくなり、これまで手短に済ませていた体の洗浄を徹底的に行ったらしい。
石鹸でごしごしと三回も丁寧に洗ったという。
湯で石鹸を流し、肌はツルツルのピカピカになったのだが、髪が乾くとゴワゴワになった。
単なる洗い過ぎだった。
泡立つまで何度もでも洗えと言ったが、泡だってから何度も洗うのは想定外だ。
ゴワゴワになった髪を持ち上げて、母上が俺に尋ねた。
「魯坊丸、父上。何とかなりませんか?」
必死に訴える母上に大喜爺ぃが首を横に振った。
母上はクルミ油で誤魔化そうとしたが、油のノリが悪いらしい。
ゴマ油は胡麻の臭いがするので嫌らしい。
何とかならないかと言いながら、夜の食事までに間に合わせてほしいと懇願された。
無茶苦茶な要求だ。
だが、母上は運が良い。
丁度、ランビキが手に入ったので策があった。
俺は胸を叩きながら言う。
「ばがりばしだ。ばんどがじばじう」(わかりました。何とかしましょう)
「魯坊丸様がなんとかすると申されております」
「お願いします」
ランビキで精油作りだ。
精油は『油』と書かれているが、まったく別物だ。
油脂ではなく、香り成分の塊だ。
原料となる植物から不純物を取り除き、独特な香り成分のみを抽出する。
俺はランビキを持って台所に突撃した。
そして、色々とあさって米ぬかを見つけた。
他に以前使った陳皮(ミカンの皮)を大喜爺ぃと用意してもらう。
材料があれば、あとは難しいことではない。
母上が使う分だけであり、蒸留酒を取り出す応用でランビキを使って精油を取り出す。
作っている途中で、大喜爺ぃが色々と聞いてきた。
俺は材料を無償で提供するのを条件に、植物の花、葉、果皮、果実、心材、根、種子、樹皮、樹脂などから抽出できる精油 (エッセンシャルオイル)の説明をした。
母上の髪を洗う為にシャンプー&リンスを作るのだ。
目を輝かせていたので乗り気になると思ったのに、最後の方から大喜爺ぃの顔が曇った。
「ぜ、じ、な、ら、あ、ぶ、だ、ぼ」(銭ならあるだろう)
「銭はいくらでも借りられるので問題ありません」
「な、じ、が、ば、ず、い。ど、じ、で、ぐ、だ、じ、が、ぼ、お、ず、ぶ」(何が拙い。どうして暗い顔をする)
「はぁ? 何とおっしゃりましたか?」
大喜爺ぃは『銭』の反応できたが、次の言葉は理解できず、福がすぐに俺の言葉を通訳する。
大喜爺ぃは銭に困ったのではなく、一つの小さな精油壺を作る為に必要なランビキの数に愕然としたのだ。
今朝、持ち帰ってきた六器のランビキを使っても、まだ昼前だが母上の使う一回分ができるかギリギリだ。
商品として売る気なら、十器以上のランビキを稼働させる必要がある。
それを聞いて落胆したのだ。
まず、金山衆が最初に造る正規品のランビキは俺に納められる。
次のランビキは、蒸留酒を作る為に五郎丸の大喜屋に大量に納められ、大喜爺ぃの橘屋に納品されるのは三ヵ月以降の秋になるという。
それは最短であって、年内に手に入るかも怪しいらしい。
「こんな儲け話が転がっているのに、待つだけとは悔しくて、悔しくて」
大喜爺ぃは随分と欲惚けていた。
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