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第一章 魯坊丸は日記をつける
二十一夜 魯坊丸、人身御供としる
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〔天文十六年 (一五四七年)春3月下旬はじめ〕
ははうえさま お元気ですか~。
ゆうべ杉のこずえにあかるく…………じゃなくて⁉
ずっと母上がべたべたとくっついて離れない。
「ば、ば、う、げ。ば、な、で、で、く、だ、ざ、い」(ははうえ、離れて下さい)
「魯坊丸。『は、は、う、え』ではありません。『ふぁ、ふぁ、う、え』です。言い直しなさい」
「ばぁ、ばぁ、う、げ」(ばばうえ)
「宜しい」
俺は『ふぁ』と発音すると、どうしても濁って『ばぁ』となってしまう。
だから、『バァバァ』と貶める感じいうと母上は納得してくれるが、「ババァ」(老女)と罵っているようで少し嫌なのだ。
でも、叱られるから言うしかない。
最近、一音一音なら福なしで会話できるようになってきたが、何か言うときは早口でばばばばっと言うので、福なしで会話は成立しない。
だから、俺も頑張って練習を続けている。
福から借りた論語の本での発音練習も飽きたので、大喜爺ぃに新しい本を頼むと、土佐日記を届けてくれた。
大喜爺ぃの荷物を母上が尋ねると、土佐日記と聞いて何を閃いたのか?
その本を母上が預けてくれたのだ。
その日以来、母上が毎日のように教師になって発音練習に付き合ってくれるようになった。
本を本立てに載せ、俺を膝の上に置く。
ありがたいけど、くっつき過ぎだ。
少し遠目に俺を心配してくれていた母上が急変したのは、村上の長の家を訪ねた後だった。
それまでも神事に連れていってくれる孝行息子程度には好かれていたが、その距離感が微妙であり、付かず離れずという感じだった。
長の家から帰ってきた俺は赤子が無事に生まれたことを皆に報告した。
すると、母上も少し頬を赤めて養父に稚児ができたことを報告する。
養父が母上を褒め、その場で抱きあるほど夫婦仲が良い。
いいことだ。
秋には弟か、妹ができると母上が言ってくれた。
チャンスだ!
その瞬間、まだ産まれぬ弟か、妹を出しにして食の安全をアピールするプレゼンを開始した。
マシンガントークで食の安全を途切れず語った。
通訳の福も頑張った。
もちろん、戦国の世なので実利の石高アップも強調しておく。
石高を四倍に増やすと豪語した。
養父の目に色が変わったような気がした。
「ばばぶえ。うばれでぐるおどうぼ、いぼうどぶのだべじぼ、じょぐのばんぜんぼがぐぼじばじょ」(母上、生まれてくる弟、妹の為に食の安全を確保しましょう)
「魯坊丸様は、生まれてくる弟、妹の為に安全な食べ物を用意したいとお望みです」
「ばばうべ。じじうべ。あぶうべ。ぎうぼうくじでぐだざい」(母上、父上、兄上、協力して下さい)
「母上様、父上様、兄上様、協力して下さいとおっしゃっておられます」
そこで一番感動したのが、義理の兄の忠貞であった。
まさか、『兄上』と呼んで貰えるとは思っていなかったのか、感動して俺を擁護してくれた。
因みに、忠貞は前妻の子であり、嫡子だったのに俺が生まれた為に廃嫡された。
俺が亡くなれば、嫡子に戻れる。
忠貞が自然を装って俺を亡き者にしようと考えているかもしれないと、俺の周り者らが近付かせないようにしていたのだ。
敵対視されていると思っていた俺から「兄上」と呼ばれるなど考えていなかった。
「父上。魯坊丸様に協力致しましょう。石高が上がるのであれば、反対する意味はございませんぞ」
「忠貞。お前はそれでよいのか」
「私は魯坊丸様の家臣として仕えるのに否はありません。皆が気を使い過ぎです」
「そうか。では、お前が主導で魯坊丸様の指示に従ってやるがよい」
「畏まりました」
義理兄の忠貞が俺の手足となって働いてくれることになった。
母上が泣きそうな顔で嬉しそうにしていた。
その日を境にして、忠貞が俺の部屋に顔出すと色々と指示を仰ぎにくるようになり、母上も部屋をよく訪ねるようになったのだ。
必要以上にべたべたとする。
福曰く、養父が愛妾の家に行くようになってお寂しいのだとか?
・
・
・
夫婦仲はよかったのでは?
俺が首を傾げていると、福ら侍女らに笑われた。
大人ぶっているが、やはり幼児だという目だ。
「魯坊丸様。殿はしばらく床を一緒にする訳にはまいりません」
「ばぶ」(そうだな)
「殿は魯坊丸様が頼りとなる子を多くもうけないといけないのです」
「ばぁ…………?」
俺は間の抜けた声を上げた。
くすっと笑った一番年季がいった侍女が、福の代わり説明してくれた。
前妻は忠貞を産んで、産後の肥立ちが悪くなくなったらしい。
残念なことだ。
母上は四ヵ月ほど腹の子を思いやって床を一緒にできない。
一方、養父には前妻の頃からの愛妾が何人もいた。
養父は村上一族を従わせる為にも、信用ができる家臣を一人でも多く抱えたい。
だが、信用が置ける家臣は簡単にできない。
そこで家臣の娘に子を産ませて、その子に跡を継がせれば、自分を裏切らない家臣が生まれる。
忠貞にとっても腹違いの兄妹だ。
少しでも多くの子を作りたいと考えていたようだ。
当時は、忠貞の小姓としておけば将来の保険となると考えていたそうだ。
俺を身籠もった母上が嫁いできて前提が崩れた。
養父はこの一年間、母上の手前をあって、愛妾の所に通うことをできなったのだという。
訪ねてこない養父に愛妾らもヤキモキしていただろう。
母上の妊娠が発覚したことで解禁となった。
母上も事情を察しているので黙っているが、寂しい夜を過ごすことになった。
身代わりがいる。
女らも辛いよ。
その寂しさから俺にすり寄る。
俺は養父の代わり、人身御供だったのか。
俺も辛いよ。
ははうえさま お元気ですか~。
ゆうべ杉のこずえにあかるく…………じゃなくて⁉
ずっと母上がべたべたとくっついて離れない。
「ば、ば、う、げ。ば、な、で、で、く、だ、ざ、い」(ははうえ、離れて下さい)
「魯坊丸。『は、は、う、え』ではありません。『ふぁ、ふぁ、う、え』です。言い直しなさい」
「ばぁ、ばぁ、う、げ」(ばばうえ)
「宜しい」
俺は『ふぁ』と発音すると、どうしても濁って『ばぁ』となってしまう。
だから、『バァバァ』と貶める感じいうと母上は納得してくれるが、「ババァ」(老女)と罵っているようで少し嫌なのだ。
でも、叱られるから言うしかない。
最近、一音一音なら福なしで会話できるようになってきたが、何か言うときは早口でばばばばっと言うので、福なしで会話は成立しない。
だから、俺も頑張って練習を続けている。
福から借りた論語の本での発音練習も飽きたので、大喜爺ぃに新しい本を頼むと、土佐日記を届けてくれた。
大喜爺ぃの荷物を母上が尋ねると、土佐日記と聞いて何を閃いたのか?
その本を母上が預けてくれたのだ。
その日以来、母上が毎日のように教師になって発音練習に付き合ってくれるようになった。
本を本立てに載せ、俺を膝の上に置く。
ありがたいけど、くっつき過ぎだ。
少し遠目に俺を心配してくれていた母上が急変したのは、村上の長の家を訪ねた後だった。
それまでも神事に連れていってくれる孝行息子程度には好かれていたが、その距離感が微妙であり、付かず離れずという感じだった。
長の家から帰ってきた俺は赤子が無事に生まれたことを皆に報告した。
すると、母上も少し頬を赤めて養父に稚児ができたことを報告する。
養父が母上を褒め、その場で抱きあるほど夫婦仲が良い。
いいことだ。
秋には弟か、妹ができると母上が言ってくれた。
チャンスだ!
その瞬間、まだ産まれぬ弟か、妹を出しにして食の安全をアピールするプレゼンを開始した。
マシンガントークで食の安全を途切れず語った。
通訳の福も頑張った。
もちろん、戦国の世なので実利の石高アップも強調しておく。
石高を四倍に増やすと豪語した。
養父の目に色が変わったような気がした。
「ばばぶえ。うばれでぐるおどうぼ、いぼうどぶのだべじぼ、じょぐのばんぜんぼがぐぼじばじょ」(母上、生まれてくる弟、妹の為に食の安全を確保しましょう)
「魯坊丸様は、生まれてくる弟、妹の為に安全な食べ物を用意したいとお望みです」
「ばばうべ。じじうべ。あぶうべ。ぎうぼうくじでぐだざい」(母上、父上、兄上、協力して下さい)
「母上様、父上様、兄上様、協力して下さいとおっしゃっておられます」
そこで一番感動したのが、義理の兄の忠貞であった。
まさか、『兄上』と呼んで貰えるとは思っていなかったのか、感動して俺を擁護してくれた。
因みに、忠貞は前妻の子であり、嫡子だったのに俺が生まれた為に廃嫡された。
俺が亡くなれば、嫡子に戻れる。
忠貞が自然を装って俺を亡き者にしようと考えているかもしれないと、俺の周り者らが近付かせないようにしていたのだ。
敵対視されていると思っていた俺から「兄上」と呼ばれるなど考えていなかった。
「父上。魯坊丸様に協力致しましょう。石高が上がるのであれば、反対する意味はございませんぞ」
「忠貞。お前はそれでよいのか」
「私は魯坊丸様の家臣として仕えるのに否はありません。皆が気を使い過ぎです」
「そうか。では、お前が主導で魯坊丸様の指示に従ってやるがよい」
「畏まりました」
義理兄の忠貞が俺の手足となって働いてくれることになった。
母上が泣きそうな顔で嬉しそうにしていた。
その日を境にして、忠貞が俺の部屋に顔出すと色々と指示を仰ぎにくるようになり、母上も部屋をよく訪ねるようになったのだ。
必要以上にべたべたとする。
福曰く、養父が愛妾の家に行くようになってお寂しいのだとか?
・
・
・
夫婦仲はよかったのでは?
俺が首を傾げていると、福ら侍女らに笑われた。
大人ぶっているが、やはり幼児だという目だ。
「魯坊丸様。殿はしばらく床を一緒にする訳にはまいりません」
「ばぶ」(そうだな)
「殿は魯坊丸様が頼りとなる子を多くもうけないといけないのです」
「ばぁ…………?」
俺は間の抜けた声を上げた。
くすっと笑った一番年季がいった侍女が、福の代わり説明してくれた。
前妻は忠貞を産んで、産後の肥立ちが悪くなくなったらしい。
残念なことだ。
母上は四ヵ月ほど腹の子を思いやって床を一緒にできない。
一方、養父には前妻の頃からの愛妾が何人もいた。
養父は村上一族を従わせる為にも、信用ができる家臣を一人でも多く抱えたい。
だが、信用が置ける家臣は簡単にできない。
そこで家臣の娘に子を産ませて、その子に跡を継がせれば、自分を裏切らない家臣が生まれる。
忠貞にとっても腹違いの兄妹だ。
少しでも多くの子を作りたいと考えていたようだ。
当時は、忠貞の小姓としておけば将来の保険となると考えていたそうだ。
俺を身籠もった母上が嫁いできて前提が崩れた。
養父はこの一年間、母上の手前をあって、愛妾の所に通うことをできなったのだという。
訪ねてこない養父に愛妾らもヤキモキしていただろう。
母上の妊娠が発覚したことで解禁となった。
母上も事情を察しているので黙っているが、寂しい夜を過ごすことになった。
身代わりがいる。
女らも辛いよ。
その寂しさから俺にすり寄る。
俺は養父の代わり、人身御供だったのか。
俺も辛いよ。
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