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第一章 魯坊丸は日記をつける
十九夜 魯坊丸、長根村にゆく(汗)
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〔天文十六年 (一五四七年)春3月中旬〕
中根南城から長根村まで直線距離で十町(1km)余りしかない。
お散歩で行ける。
福に抱っこされてゆけばよいと考えたが、次期城主の正式訪問となると拙いらしい。
ウマに乗ってゆくのは母上が反対した。
円座の上でも、俺はバランスを崩してコテンと転ぶ。
ウマから落ちればどうなるか?
母上が首を立てに振らない。
そこで籠となったが、中央の紐を握らないと、やはりコテンと落ちそうだ。
福が俺を抱いて籠に載ることになった。
籠は豪華絢爛なものではなく、熱田参りの旅人が使う籠である。
横には何もないので見晴らしがいい。
中根南城を出発し、四町(400m)ほど北に上ると、平針街道 (鎌倉街道の上道)に出る。
東の平針に進む道と、北西の熱田に延びる道に分かれる。
ちょうど道の曲り角だ。
俺を乗せた籠は東に曲がり、六町(600m)ほど進むと、『魯坊丸様、歓迎』の文字が書かれた祭り旗のようなモノがいくつも道の端に立っていた。
「皆、魯坊丸様に会えると喜んでおります」
「ばぶ↓」(そうか)
自然と語尾が下がって嫌がっていることが、福に伝わって苦笑いをされた。
そこを左、つまり、北の山側に曲がると長根村に到着する。
長根荘は丸根村(市丘町)、中根村(東八幡社の北側)、長根村(弥富村)の三つの村で構成され、特に大根池(弥富公園)に隣接する長根村の石高が大きい。
その三村から俺を出迎える為に集めって、総勢五百人が集まっていた。
どうしてこんなにいるんだ?
長に出迎えられて屋敷に入った。
城ほどの大きさではないが、板塀に囲まれた陣屋という感じだった。
大広間に入りきらないので、隣の部屋から庭までびっしりと村人が詰め込んだ。
宛ら満員列車のようだ。
印象的なのは多くの村人が俺に手を合わせていた。
「この度はわざわざのご足労、村一同に代わって感謝致します」
「うむ」
「福より聞いておりますが、お礼など無用でございます。作付けがなければ、村人総出で手伝いに行きたいと考えておりました。魯坊丸様の手伝いをして、感謝の言葉をもらった者はむしろ幸せな方でございます」
「ぞ、う、が。だ、が、れ、い、を、じ、わ、ぶ、の、ばぁ、ぢ、が、う。た、ず、がっ、だ」(そうか、だが礼を言わぬのは違う。助かった)
「魯坊丸様は、村人が礼を要らないというからと言って、礼を言わぬのは道理ではないとおっしゃっておられます」
「福。その程度は通訳せんでも判る」
「申し訳ありません」
俺はいつもの早口で言わず、一音一音を出して自分の口で礼を言おうとした為に福が叱られた。
長は改めて礼は要らぬというと、代わりに皆に声を掛けてやってほしいと頼んだ。
手伝いにきた者が、俺と話したことを自慢したからだ。
「田子兵衛と申します。これが婿でございます」
「権三郎でございます」
「権三郎の妻の胤でございます。ここにいるのが息子の権一と娘の喜代でございます」
「うむ。ぞ、ぐ、ざ、じ、で、な、じ、よ、び」(うむ。息災でなによりだ)
「魯坊丸様は、皆が元気なことを喜んでおられます」
村の上役の挨拶が終わると、普通の農民が家族ごとに挨拶を始めた。
最初は丁寧に答えたが、十組ほど終わった所で返事がマンネリ化してきた。
後ろにずらりと五百人が並んでいる。
ちょっと待て。
俺は全員と挨拶を交わすのか。
最低でも十人一組に変更だ。
もう流れ作業だ。
笑顔を絶やさないようにしているが、頬の辺りがひきつってきた。
先は長いと思っていると、大きなお腹を抱えて妊婦が旦那らしい者に抱き支えられて前に出てきた。
妊婦はお腹を押さえて苦しそうだ?
「魯坊丸様。どうか嚊が無事に子を産めるように祈ってやってくだせい」
「じょっどばで。いばでぼうばれぞうでばぁなびが。ぶぐ、ぼぶどねどどだ」(ちょっと待て。今にも生まれそうではない。福、お湯と寝床だ)
「はい」
福が立ち上がると、すぐにお湯を沸かし、この女性に寝床を用意しろと俺が命じたと言い放つ。
長は慌てて立ち上がると、皆を下がらせた。
今にも生まれそうな妊婦を連れ出すとは馬鹿か。
出産、出産、出産に何がいる。
綺麗な布、お湯、桶、ハサミ、おむつ…………綿のタオルと石鹸とおむつを取りに行かせよう。
絨毯代わりの着物が敷かれ、その上に妊婦を寝かせる。
苦しむ女に俺は声を掛けた。
「だ、い、じょ、ぶ、じゃ」(大丈夫だ)
「魯坊丸様」
俺の名を呼ぶと陣痛が襲ってきたのか、酷く苦しみはじめた。
そうだ、部屋を温めねば。
火鉢を用意させて、そこでお湯を炊かせる。
慌てている内に産婆がきて、俺はお役御免となった。
俺は福に連れられて城に戻る。
人騒がせなお産騒ぎだった。
でも、考えてみれば、五百人と挨拶を交わさずに済んだな。
ラッキー。
中根南城から長根村まで直線距離で十町(1km)余りしかない。
お散歩で行ける。
福に抱っこされてゆけばよいと考えたが、次期城主の正式訪問となると拙いらしい。
ウマに乗ってゆくのは母上が反対した。
円座の上でも、俺はバランスを崩してコテンと転ぶ。
ウマから落ちればどうなるか?
母上が首を立てに振らない。
そこで籠となったが、中央の紐を握らないと、やはりコテンと落ちそうだ。
福が俺を抱いて籠に載ることになった。
籠は豪華絢爛なものではなく、熱田参りの旅人が使う籠である。
横には何もないので見晴らしがいい。
中根南城を出発し、四町(400m)ほど北に上ると、平針街道 (鎌倉街道の上道)に出る。
東の平針に進む道と、北西の熱田に延びる道に分かれる。
ちょうど道の曲り角だ。
俺を乗せた籠は東に曲がり、六町(600m)ほど進むと、『魯坊丸様、歓迎』の文字が書かれた祭り旗のようなモノがいくつも道の端に立っていた。
「皆、魯坊丸様に会えると喜んでおります」
「ばぶ↓」(そうか)
自然と語尾が下がって嫌がっていることが、福に伝わって苦笑いをされた。
そこを左、つまり、北の山側に曲がると長根村に到着する。
長根荘は丸根村(市丘町)、中根村(東八幡社の北側)、長根村(弥富村)の三つの村で構成され、特に大根池(弥富公園)に隣接する長根村の石高が大きい。
その三村から俺を出迎える為に集めって、総勢五百人が集まっていた。
どうしてこんなにいるんだ?
長に出迎えられて屋敷に入った。
城ほどの大きさではないが、板塀に囲まれた陣屋という感じだった。
大広間に入りきらないので、隣の部屋から庭までびっしりと村人が詰め込んだ。
宛ら満員列車のようだ。
印象的なのは多くの村人が俺に手を合わせていた。
「この度はわざわざのご足労、村一同に代わって感謝致します」
「うむ」
「福より聞いておりますが、お礼など無用でございます。作付けがなければ、村人総出で手伝いに行きたいと考えておりました。魯坊丸様の手伝いをして、感謝の言葉をもらった者はむしろ幸せな方でございます」
「ぞ、う、が。だ、が、れ、い、を、じ、わ、ぶ、の、ばぁ、ぢ、が、う。た、ず、がっ、だ」(そうか、だが礼を言わぬのは違う。助かった)
「魯坊丸様は、村人が礼を要らないというからと言って、礼を言わぬのは道理ではないとおっしゃっておられます」
「福。その程度は通訳せんでも判る」
「申し訳ありません」
俺はいつもの早口で言わず、一音一音を出して自分の口で礼を言おうとした為に福が叱られた。
長は改めて礼は要らぬというと、代わりに皆に声を掛けてやってほしいと頼んだ。
手伝いにきた者が、俺と話したことを自慢したからだ。
「田子兵衛と申します。これが婿でございます」
「権三郎でございます」
「権三郎の妻の胤でございます。ここにいるのが息子の権一と娘の喜代でございます」
「うむ。ぞ、ぐ、ざ、じ、で、な、じ、よ、び」(うむ。息災でなによりだ)
「魯坊丸様は、皆が元気なことを喜んでおられます」
村の上役の挨拶が終わると、普通の農民が家族ごとに挨拶を始めた。
最初は丁寧に答えたが、十組ほど終わった所で返事がマンネリ化してきた。
後ろにずらりと五百人が並んでいる。
ちょっと待て。
俺は全員と挨拶を交わすのか。
最低でも十人一組に変更だ。
もう流れ作業だ。
笑顔を絶やさないようにしているが、頬の辺りがひきつってきた。
先は長いと思っていると、大きなお腹を抱えて妊婦が旦那らしい者に抱き支えられて前に出てきた。
妊婦はお腹を押さえて苦しそうだ?
「魯坊丸様。どうか嚊が無事に子を産めるように祈ってやってくだせい」
「じょっどばで。いばでぼうばれぞうでばぁなびが。ぶぐ、ぼぶどねどどだ」(ちょっと待て。今にも生まれそうではない。福、お湯と寝床だ)
「はい」
福が立ち上がると、すぐにお湯を沸かし、この女性に寝床を用意しろと俺が命じたと言い放つ。
長は慌てて立ち上がると、皆を下がらせた。
今にも生まれそうな妊婦を連れ出すとは馬鹿か。
出産、出産、出産に何がいる。
綺麗な布、お湯、桶、ハサミ、おむつ…………綿のタオルと石鹸とおむつを取りに行かせよう。
絨毯代わりの着物が敷かれ、その上に妊婦を寝かせる。
苦しむ女に俺は声を掛けた。
「だ、い、じょ、ぶ、じゃ」(大丈夫だ)
「魯坊丸様」
俺の名を呼ぶと陣痛が襲ってきたのか、酷く苦しみはじめた。
そうだ、部屋を温めねば。
火鉢を用意させて、そこでお湯を炊かせる。
慌てている内に産婆がきて、俺はお役御免となった。
俺は福に連れられて城に戻る。
人騒がせなお産騒ぎだった。
でも、考えてみれば、五百人と挨拶を交わさずに済んだな。
ラッキー。
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