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第一章 魯坊丸は日記をつける
十七夜 魯坊丸、濾過式浄水器をつくらせる
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〔天文十六年 (一五四七年)春3月初旬~中旬〕
台所に近い土蔵に浄水器の設置することにした。
庭師には予め土蔵の床板をすべて剥ぎ取り、砂を撒いて平らに整えてもらっている。
その上に床石を敷き、台座を置く予定だ。
酒を入れる為に造られた三十石入りの大樽は三千本の一升瓶が作れる。
量に換算して5,400リットルもあり、重量5.4トンは馬鹿にできない。
床が沈まない丈夫な床板が必要だった。
御影石を使うのはちょっと贅沢な気がするが、その当たり苦情は五郎丸にしてくれ。
千秋季光が職人と手伝いを送ってくれるのだが、どうでもよい下っ端を送ってくる訳もなく、それなり身分の高い者がくると予想した。
そして、到着した大工の棟梁や石師、桶師などは庭師も世話になった方らしい。
その顔を見た庭師が「頭が上がらない」とぼやいた。
職人や手伝いは濾過式浄水器の造り方を覚え、熱田神宮内に同じものを造らねばならない。
教師役となる庭師は責任重大だ。
細かい段取りは庭師に任せて、俺は先に金山衆との話を優先した。
鍛冶師は俺の客だったからだ。
さて、金山衆との話し合いが終わると、もう昼が近付いていた。
ちょっと話し合いが白熱してしまった。
問題があれば、呼びにくるように言っておいたので問題はなかったのだろうと、庭に出ると手すきの者らが茶と茶菓子でのんびりと日向ぼっこを楽しんでいた。
もう終わったの?
俺は首を横にぶんぶんと振った。
それはあり得ない。
茶菓子を運ぶ女中に話を聞くと、仕事が一段落ついた所で母上が茶を出すように命じたらしい。
俺の代わりに母上が対応してくれたのか。
しかし、茶か。
養父は熱田神宮に呼ばれることがあるので茶の礼儀作法を学んでいるが、使用する茶は京で生産されており、とても高価で安易に使えない。
そんな茶を出すのはどうかと思った。
俺が「贅沢な」と呟くと、福が少し笑って答えてくれた。
「魯坊丸様。熱田の職人もおりますので、白湯では拙いと思われます」
「ばぶ?」(そうなのか?)
「しかもお茶と言っても、我々が呑む茶でございます」
「ぶぐがのぶじゃだど」(福が呑む茶だと)
侍女らも白湯では味けがないので、お茶を好んで飲んでいた。
お茶と言っても、山から適当に採ってきた葉を自然乾燥させて、それを釜に一緒に入れて沸かすだけの簡単なものだった。
銭が一切かかっていない。
一方、養父や母上に出される茶は、茶葉を粉末にして、少量の塩と葱、薑(ショウガ)、棗(果実)、橘皮(蜜柑のような皮)、茱萸(果実)、薄荷(ミントに似たハーブ)などを一緒に入れて、煮詰めて出す煮茶であり、手間も価格もまったく違った。
なるほどね。
茶菓子に出されているのは、山で採ってきた渋柿を、冬の間に干した干し柿であった。
干し柿は甘味もあり、庶民なら最高の茶菓子である。
皮を剥く手間があるが、影干しするだけで甘味が強くなり、春先に一番出される茶菓子だそうだ。
こちらも元手がタダなので贅沢ではない。
それは兎も角、作業が終わるには早過ぎる。
どんな作業をしていたのかと聞くと、大工は土蔵を確認して、庭師から説明を聞いていた。
桶師は持ってきた大桶の荷下ろしだ。
炭師は特にすることはない。
忙しいのは石師であり、荷台から石を下ろすと、次々に土蔵に運んで敷き詰めていった。
そして、はみ出した部分や足りない所を、その場で石を切って整えてゆく。
石にクサビを打って、見事に割るのが職人芸らしい。
まぁ、次々と運ばれてくる荷を下ろす作業が忙しく、皆が暇をしていた訳ではない。
連絡役兼監視役の侍女が俺に報告する。
「でがばいでぶぼのぼ、づがえばいいぼ」(手が空いている者を使えばよい)
「魯坊丸様は手が空いている者にも手伝わせればよいとお申しです」
「それは無理です。床に石を並べるのは石師の仕事でございます。他の者がみだり近付くのを嫌がります」
「だば、だぢぐばだじぼじでじぶ」(では、大工は何をしている)
「魯坊丸様が、大工は何をしているのかとお尋ねです」
「大工の親方らは、庭師と一緒に土蔵に入って、段取りを話し合っております」
なるほど、職人には職人としてのプライドがあり、それぞれ職分を犯さないらしい。
また、大工は足場をどうつけるかを話し合っていた。
庭師が考えた案を、則採用といかないようだ。
敷石が終わると台座の搬入が始まり、台座の上に大桶を置くと場所が決まった。
そこから大工がまた話し合いをする。
台座の設置が終わった所から話し合いとか能率が悪過ぎる。
暇を持て余していた者も荷が届くと腰を上げて荷下ろしをするので、遊んでいる訳ではない。
それぞれの持ち場があるのだ。
やっと荷下ろしが終り、ここから巻き返しだと意気込んでいると、帰り仕度を始めた。
日が傾き出すと、今日の作業は終りらしい。
時間にすると、未の刻 (午後二時)だった。
う~~~ん、納得いかない。
一日二食が普通なので昼食休憩もなく、働いているけどさ。
まだ、砂、砂利、炭などを井戸水で洗うように命じた直後だった。
早過ぎるだろう…………えっ、お昼寝の時間ですか?
対策ねろうよ。駄目ですか。
翌日、大工が丸太を切って材木を作る所から始まった。
先に板とか、柱を作っておけよ。
手伝いには、炭、小石、砂利、砂などを井戸水で洗い、水切りの作業をさせる。
地味に大変な仕事だ。
五日後に足場が完成すると、桶の底で呑口付近に小石を引き詰め、その上に砂利を引き、炭、砂、布と層状に積み上げてゆく。
超特急の作業でも十日も掛かった。
一、二日で終わると思っていたのに想定外だった。
因みに、桶屋の親方が濾過式浄水器に似た桶を見たことがあると言った。
その桶には、炭を入れてなかったそうだ。
何でも井戸を掘った後に、その井戸に大小の石を放り込んでおくと、水が綺麗になるという言い伝えがあり、井戸を掘った後に大小の石を投じる。
大小の石を投じて水が綺麗になるならば、たくさんの石を樽に入れ、底から水を抜けば、飲み水も綺麗になると変わり者が考えたらしい。
確かに、綺麗な水が樽の底の飲み口から出たらしい。
だが、村人らからは湧き水の方が綺麗だと馬鹿にされて、その桶を壊した。
熱田神宮には湧き水のでる清水社があり、その湧き水と俺の作る神水のどちらが凄いのかと効かれると、俺も言葉に詰まった。
湧き水だとは言えない。
そもそも湧き水と比べるなよ。
こっちは、タダの夏ボウフラ対策だ。
台所に近い土蔵に浄水器の設置することにした。
庭師には予め土蔵の床板をすべて剥ぎ取り、砂を撒いて平らに整えてもらっている。
その上に床石を敷き、台座を置く予定だ。
酒を入れる為に造られた三十石入りの大樽は三千本の一升瓶が作れる。
量に換算して5,400リットルもあり、重量5.4トンは馬鹿にできない。
床が沈まない丈夫な床板が必要だった。
御影石を使うのはちょっと贅沢な気がするが、その当たり苦情は五郎丸にしてくれ。
千秋季光が職人と手伝いを送ってくれるのだが、どうでもよい下っ端を送ってくる訳もなく、それなり身分の高い者がくると予想した。
そして、到着した大工の棟梁や石師、桶師などは庭師も世話になった方らしい。
その顔を見た庭師が「頭が上がらない」とぼやいた。
職人や手伝いは濾過式浄水器の造り方を覚え、熱田神宮内に同じものを造らねばならない。
教師役となる庭師は責任重大だ。
細かい段取りは庭師に任せて、俺は先に金山衆との話を優先した。
鍛冶師は俺の客だったからだ。
さて、金山衆との話し合いが終わると、もう昼が近付いていた。
ちょっと話し合いが白熱してしまった。
問題があれば、呼びにくるように言っておいたので問題はなかったのだろうと、庭に出ると手すきの者らが茶と茶菓子でのんびりと日向ぼっこを楽しんでいた。
もう終わったの?
俺は首を横にぶんぶんと振った。
それはあり得ない。
茶菓子を運ぶ女中に話を聞くと、仕事が一段落ついた所で母上が茶を出すように命じたらしい。
俺の代わりに母上が対応してくれたのか。
しかし、茶か。
養父は熱田神宮に呼ばれることがあるので茶の礼儀作法を学んでいるが、使用する茶は京で生産されており、とても高価で安易に使えない。
そんな茶を出すのはどうかと思った。
俺が「贅沢な」と呟くと、福が少し笑って答えてくれた。
「魯坊丸様。熱田の職人もおりますので、白湯では拙いと思われます」
「ばぶ?」(そうなのか?)
「しかもお茶と言っても、我々が呑む茶でございます」
「ぶぐがのぶじゃだど」(福が呑む茶だと)
侍女らも白湯では味けがないので、お茶を好んで飲んでいた。
お茶と言っても、山から適当に採ってきた葉を自然乾燥させて、それを釜に一緒に入れて沸かすだけの簡単なものだった。
銭が一切かかっていない。
一方、養父や母上に出される茶は、茶葉を粉末にして、少量の塩と葱、薑(ショウガ)、棗(果実)、橘皮(蜜柑のような皮)、茱萸(果実)、薄荷(ミントに似たハーブ)などを一緒に入れて、煮詰めて出す煮茶であり、手間も価格もまったく違った。
なるほどね。
茶菓子に出されているのは、山で採ってきた渋柿を、冬の間に干した干し柿であった。
干し柿は甘味もあり、庶民なら最高の茶菓子である。
皮を剥く手間があるが、影干しするだけで甘味が強くなり、春先に一番出される茶菓子だそうだ。
こちらも元手がタダなので贅沢ではない。
それは兎も角、作業が終わるには早過ぎる。
どんな作業をしていたのかと聞くと、大工は土蔵を確認して、庭師から説明を聞いていた。
桶師は持ってきた大桶の荷下ろしだ。
炭師は特にすることはない。
忙しいのは石師であり、荷台から石を下ろすと、次々に土蔵に運んで敷き詰めていった。
そして、はみ出した部分や足りない所を、その場で石を切って整えてゆく。
石にクサビを打って、見事に割るのが職人芸らしい。
まぁ、次々と運ばれてくる荷を下ろす作業が忙しく、皆が暇をしていた訳ではない。
連絡役兼監視役の侍女が俺に報告する。
「でがばいでぶぼのぼ、づがえばいいぼ」(手が空いている者を使えばよい)
「魯坊丸様は手が空いている者にも手伝わせればよいとお申しです」
「それは無理です。床に石を並べるのは石師の仕事でございます。他の者がみだり近付くのを嫌がります」
「だば、だぢぐばだじぼじでじぶ」(では、大工は何をしている)
「魯坊丸様が、大工は何をしているのかとお尋ねです」
「大工の親方らは、庭師と一緒に土蔵に入って、段取りを話し合っております」
なるほど、職人には職人としてのプライドがあり、それぞれ職分を犯さないらしい。
また、大工は足場をどうつけるかを話し合っていた。
庭師が考えた案を、則採用といかないようだ。
敷石が終わると台座の搬入が始まり、台座の上に大桶を置くと場所が決まった。
そこから大工がまた話し合いをする。
台座の設置が終わった所から話し合いとか能率が悪過ぎる。
暇を持て余していた者も荷が届くと腰を上げて荷下ろしをするので、遊んでいる訳ではない。
それぞれの持ち場があるのだ。
やっと荷下ろしが終り、ここから巻き返しだと意気込んでいると、帰り仕度を始めた。
日が傾き出すと、今日の作業は終りらしい。
時間にすると、未の刻 (午後二時)だった。
う~~~ん、納得いかない。
一日二食が普通なので昼食休憩もなく、働いているけどさ。
まだ、砂、砂利、炭などを井戸水で洗うように命じた直後だった。
早過ぎるだろう…………えっ、お昼寝の時間ですか?
対策ねろうよ。駄目ですか。
翌日、大工が丸太を切って材木を作る所から始まった。
先に板とか、柱を作っておけよ。
手伝いには、炭、小石、砂利、砂などを井戸水で洗い、水切りの作業をさせる。
地味に大変な仕事だ。
五日後に足場が完成すると、桶の底で呑口付近に小石を引き詰め、その上に砂利を引き、炭、砂、布と層状に積み上げてゆく。
超特急の作業でも十日も掛かった。
一、二日で終わると思っていたのに想定外だった。
因みに、桶屋の親方が濾過式浄水器に似た桶を見たことがあると言った。
その桶には、炭を入れてなかったそうだ。
何でも井戸を掘った後に、その井戸に大小の石を放り込んでおくと、水が綺麗になるという言い伝えがあり、井戸を掘った後に大小の石を投じる。
大小の石を投じて水が綺麗になるならば、たくさんの石を樽に入れ、底から水を抜けば、飲み水も綺麗になると変わり者が考えたらしい。
確かに、綺麗な水が樽の底の飲み口から出たらしい。
だが、村人らからは湧き水の方が綺麗だと馬鹿にされて、その桶を壊した。
熱田神宮には湧き水のでる清水社があり、その湧き水と俺の作る神水のどちらが凄いのかと効かれると、俺も言葉に詰まった。
湧き水だとは言えない。
そもそも湧き水と比べるなよ。
こっちは、タダの夏ボウフラ対策だ。
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