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第一章 魯坊丸は日記をつける

十四夜 魯坊丸、竹ポンプをつくらせる

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〔天文十六年 (一五四七年)春二月〕
西三河の小競り合いも終わって、戦で亡くなった熱田の武将の葬儀が行われた。
養父も参列した。
今回のことで思い知ったのが、この時代は戦が身近にあるということだ。
そして、ロクな治療設備もなく、薬もない。
看病で減った人手を解消する為に大喜爺ぃに頼んだ。
交換条件として蒸留器じょうりゅうき竹酢液ちくさくえきのレシピを提示した。
蒸留器で酒を蒸留して消毒液を作っておく。
また、竹酢液を作る土窯で竹炭ちくたんも作れるので一石二鳥いっせきにちょうだ。
竹でなく、木材を使えば木炭もくたん木酢液もくさくえきができる。
普通の窯と違うのは、煙突の先にふしをくりぬいた孟宗竹もうそうちくで煙を受けて、竹酢液や木酢液を回収するくらいだ。
だが、『炭団』や『ふにゃ石鹸』(ソフト石鹸)のように大喜爺ぃは喜ばなかった。
解せぬ。

青い顔をする大喜爺ぃが問うてきた。
「魯坊丸様。傷口を洗う水など売れるのでしょうか?」
「ぶでぶばろう。がじぶのぢのぢがだずがぶ」(売れるだろう。家臣の命が助かる)
「魯坊丸様はそれで家臣の命が助かるといっておられます。私も親や親戚がそれで助かるなら銭を惜しまないと思います」
「ですが……」
何と言っても加持祈祷かじきとうが治療法であり、馬糞ばぐそを傷口に擦り付けるような治療法がまかり通るので、消毒液と言っても判らないようだ、
「ばぶぅ。びょどぐできば、のぼがあづぐなるぼうなぶばいざげだ」(実は、消毒液は喉が焼けるほど美味い酒だ)
「魯坊丸様。消毒液は酒なのですか?」
消毒液が酒と知った福は通訳する前に聞き返してきた。
酒を蒸留するので蒸留酒はキツい酒だ。
どぶろくアルコール度数は十四%から十七%であり、単式蒸留たんしきじょうりゅうでは四十五%以下にしかならない。
消毒液として使うには三度以上の蒸留が必要だが、蒸留酒じょうりゅうしゅとして呑むならば、一度で十分に高濃度のアルコール度数となる。
この蒸留酒を使って、梅やかりんなどを漬けると風邪予防や咳止め、疲労回復の薬になる上に美味い。
福がそう通訳すると大喜爺ぃはやっと目を輝かせてくれた。
少しヤル気になった大喜爺ぃだったが、作る量を計算すると青ざめた。
帰る頃には背中を小さくしていた。
色々と物入りで先立つモノがないというのだ。
その案件は保留して人手を求めると、そちらは快く引き受けてくれた。

すぐに人手が送られ、少し暇になった福と井戸の視察に行く。
典型的な井戸だった。
いずれは本格的な手押しポンプを造りたいが、準備不足だ。
取り敢えず、急拵えの竹で手押しポンプを造らせることにした。
早速、手先が器用な庭師を呼んだ。
「魯坊丸様。これで良いのですか?」
庭師が俺に聞いてくる。
マジで器用なのだ。
何でも庭師は農家の小倅だったが、手先が器用だったので宮大工の修行に出されたそうだ。
村長の推薦だ。
熱田神宮に行くと、宮大工の弟子にして貰えたと自慢した。
だが、その笑いは苦笑いのようだった。
十年余りの修行で誰よりも腕を上げたという。
八年で半人前と言われるが、庭師は二十代半ばで一人前の親方まで近付いた。
だが、高所から足を踏み外して転落した。
それ以来、高い場所に上ると手が震えるようになったので引退したそうだ。
「若気の至りです。ちょっと腕が良いと調子に乗っていた罰を受けました。自業自得です」
「今も高い所は駄目なのですか?」
「福殿。心配は要りません。今はもう平気ですが、治るまで時間が掛かり過ぎました」
「そうなのですか」
「そう落ち込まないで下さい。庭の手入れや普通の大工仕事も楽しいものです」
庭師は自分語りをしながら、その手で二つの竹を組み合わせていった。
組子くみこという技法で、釘も使わず別々の竹がカチリと一つの竹になってゆく。
節の内側も綺麗に取り除いているので問題ない。
さらに、大きな竹筒の中に弁付きの小さい竹筒がスッポリと収まり、ピストンも完成した。
一番上の内節に下弁を造り、土台と一体化してゆく。
見事な仕事はちょっとした魔法だった。
宮大工を引退して庭師の見習いとなり、養父の父が中根南城に入るとなると、大工仕事もできる庭師という便利屋として雇われた。
まぁ、地元に返された訳だ。
「こんな感じでどうですか?」
「ばう゛」(素晴らしい)
玩具の手押し竹ポンプと思えない出来映えであった。
十日も要したが、むしろ最短ではないだろうか?
井戸の周りに立てた三つの木製三脚もくせいさんきゃくの上に土台を乗せて、竹ポンプを設置した。
竹ポンプの上に『呼び水』を福が注いでゆき、手押し竹ポンプの持ち手を上下した。
物珍しいモノに城内の者が集まっていた。
福が頑張って上下に動かしても、「シュバッツ!」「シュバッツ!」と空気が抜ける音しかせずに、周りが不安そうな顔になるが、まだ水はでない。
福に『呼び水』を補充させて、上下運動を続けさせた。
しばらくすると、やっと竹ポンプが水をくみ取り、水口から水が流れ出した。
「魯坊丸様。本当に、本当に、水が出てきました。信じられません」
オイ、福。
今の今まで信じていなかったのか?
否と言えない立場だが、福にも信じて貰えていなかったのはちょっとショックだった。
福だけは信じてくれていると思っていたのに。
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