8 / 181
第一章 魯坊丸は日記をつける
七夜 魯坊丸、こたつをねだる
しおりを挟む
〔天文十五年 (一五四六年)冬十月から十一月〕
火持ちが良い炭団は火鉢や囲炉裏に入れておけば、一日中部屋を暖めてくれる。
特に、寝る前に入れると朝まで持つ。
母上、養父がそれを知ると使い始めた。すると、各部署の部屋でも使い出したのだ。
炭団はまたたく間に中根南城中で利用された。
ただ、これだけ多くの炭団を作ろうと思うと、染織職人が用意していた布海苔では足りず、母上の実家である商家に布海苔の粉末を用意させることにした。
福が母上に呼び出された部屋に戻ってくると、跪いて報告した。
「魯坊丸様。奥方様の父君であられる大喜-嘉平様がお出でになられ、魯坊丸様との面会を求められております。よろしいでしょうか」
「じじだど、ばぶばぶ、う゛んかぶ、ぎょがだどぎらん」(爺ぃだろ。わざわざ面会の許可などいらん)
「畏まりました。お呼び致します」
福をすぐに嘉平爺ぃを連れて戻ってきた。
嘉平爺ぃは俺に平伏して、俺に炭団の事を尋ねてきた。
「魯坊丸様。入室を許可していただいてありがとうございます」
「ばぶっぶぶぶぅ。ぶぶにばぁぶぶう」(堅苦しい挨拶はなしだ。普通にしゃべれ)
「堅苦しい挨拶は必要ないとおっしゃられております。他に誰もおりません。祖父として普通におしゃべり下さい」
「それは助かる」
嘉平爺ぃは母上の父であるが、身分が違うので公式の場では『様』を付けるのを忘れるなど許されない。だから、母上のことを祖父だが奥方様と呼ぶ。
福がここは私的な場であると言うと、嘉平爺ぃは相好を崩した。
「魯坊丸様。この度は炭と布海苔を納品に来ました。しかし、大量の炭と布海苔をどうするのかと娘に聞けば、炭団にすると言うので、炭団の事をよく知る福に詳しく聞いたのです」
「ばぶ」(それで)
「魯坊丸様は素晴らしいものをお考えになられました。この爺は感服しました。この『橘屋』に炭団を売らせていただけませんか?」
「ばぶ。ばばうべにぎがぶもだえ」(別にかまわん。母上に許可を貰え)
「娘は考えた魯坊丸様の許可を貰えと言ったので、こちらに足を運びました。いかがでしょうか。この喜平にお任せ下さい」
俺は「構わん」と言いかけて、口を閉じた。
確かに炭団で多少は暖かくなったが、この部屋はまだ寒い。
もっと火力のある薪ストーブが欲しい。
だが、薪ストーブは簡単に造れるものではない。
火事を起こさない配慮と、煙を逃す排気口の設置が面倒だ。
軽いステンレスなどないだろう。
そうなると煙突は土台から造る必要がある。
だから、俺はずっと考えていた。
この部屋を暖かくするには、何をすれば良いかと。
そして、その答えが『こたつ』と『布団』という結論に至った。
これを福に頼むのは無理だ。
母上を説得せなばと考えていたが、嘉平爺ぃは母上より都合がいいと気付いたのだ。
「じじ。ばなしがばぶ」(爺ぃ、話しがある)
「喜平様。魯坊丸様は許可するのには、条件があるようです」
「条件とは何だ?」
「ばぶぶう」(儲け話だ)
「儲け話だそうです」
儲けと聞いて、喜平爺ぃが身を乗り出した。
俺は福に通訳をしっかりしろと言ってから、『こたつ』と『布団』の内容を語った。
当然、『こたつ』と言っても電動ヒーターなど不可能だ。
四脚台の真ん中に、底の浅い火鉢を置ける穴を開け、台の四方を厚手の布で覆う程度だ。
火鉢の底から熱が伝わる構造でなければならないから、火鉢の壁はなるべく薄い方が良い。
だが、強度が足りないのは困る。
その当たりは職人の腕を信じるしかない。
喜平爺ぃがうんうんと頷いた。
次に『布団』だ。
これは割と単純であり、反物を縫い合わせて二枚の布で人がすっぽりと入れる袋状を作り、その間に羽毛か、綿を入れる。
喜平爺ぃが不思議な顔をして聞いてきた。
「それはなぜですか?」
「ばぶぼぉぶだ」(ダウンボールだ)
「えっ、えっと。だ・ウ・ぼうるで合っておりますか?」
福が訳せなかった。
こりゃ、空気の層が多いほど保温効果の『ダウンボール』が高くなると説明してもわからないだろう。
兎に角、着物を何枚も重ねるより温かくなると説明した。
福と喜平爺ぃの二人が首を捻ったが、炭団を売る許可の条件と言えば、否とは言わない。
数日後、喜平爺ぃが俺専用の寝袋状の布団が届けに来た。
まだ、綿が多く出回っていない為、大人サイズの布団を作る為の綿を買い入れるには時間が掛かるそうだ。しかし、喜平爺ぃは俺の布団を作る手間で、自分用の防寒着である法被を布団状にして作らせた。
思いの外、温かくて便利だという。
「魯坊丸様。布団は売れますぞ。まず熱田神宮に納めました。お試しに近くの城主に送ってやりました。すぐにたくさんの注文が舞い込むでしょう」
「ぞでとぼかだ」(そうなると良いな)
「たくさんの注文がくるとよいですねとおっしゃっておられます」
「どころで。もつどぼぶ。ばなじがばぶ。ぎぐきばぶぶ」(ところで、もっと良い話がある。聞く気はあるか)
「魯坊丸様は、もっと良い話があるそうですが、聞く気はあるかとお尋ねです」
「聞きましょう」
喜平爺ぃが商人の顔で生き生きと答えた。
俺は薪ストーブの話を念入りにした。
職人を育てることから始まるので来年に間に合うかも怪しいと喜平爺ぃに言われた。
だが、必ず造らせる。
必要経費は全部、喜平爺ぃ持ちだ。
ちなみに、こたつも今年の冬中に完成できるかさえも怪しいらしい。
そんなに難しい事を言ったか?
暖かくなったら職人の所に行って、何が問題か問い詰めてやろう。
兎も角、俺は寝袋布団を手に入れたので、この冬は生き残れそうな気がする。
俺は福に布団を火鉢の側に置いて貰った。
布団に入ると、ほんのりと温かい。
気が抜けたのか、寒さから解放されたのか、俺は気が付くと昼寝に入っていた。
寝やすかった。
火持ちが良い炭団は火鉢や囲炉裏に入れておけば、一日中部屋を暖めてくれる。
特に、寝る前に入れると朝まで持つ。
母上、養父がそれを知ると使い始めた。すると、各部署の部屋でも使い出したのだ。
炭団はまたたく間に中根南城中で利用された。
ただ、これだけ多くの炭団を作ろうと思うと、染織職人が用意していた布海苔では足りず、母上の実家である商家に布海苔の粉末を用意させることにした。
福が母上に呼び出された部屋に戻ってくると、跪いて報告した。
「魯坊丸様。奥方様の父君であられる大喜-嘉平様がお出でになられ、魯坊丸様との面会を求められております。よろしいでしょうか」
「じじだど、ばぶばぶ、う゛んかぶ、ぎょがだどぎらん」(爺ぃだろ。わざわざ面会の許可などいらん)
「畏まりました。お呼び致します」
福をすぐに嘉平爺ぃを連れて戻ってきた。
嘉平爺ぃは俺に平伏して、俺に炭団の事を尋ねてきた。
「魯坊丸様。入室を許可していただいてありがとうございます」
「ばぶっぶぶぶぅ。ぶぶにばぁぶぶう」(堅苦しい挨拶はなしだ。普通にしゃべれ)
「堅苦しい挨拶は必要ないとおっしゃられております。他に誰もおりません。祖父として普通におしゃべり下さい」
「それは助かる」
嘉平爺ぃは母上の父であるが、身分が違うので公式の場では『様』を付けるのを忘れるなど許されない。だから、母上のことを祖父だが奥方様と呼ぶ。
福がここは私的な場であると言うと、嘉平爺ぃは相好を崩した。
「魯坊丸様。この度は炭と布海苔を納品に来ました。しかし、大量の炭と布海苔をどうするのかと娘に聞けば、炭団にすると言うので、炭団の事をよく知る福に詳しく聞いたのです」
「ばぶ」(それで)
「魯坊丸様は素晴らしいものをお考えになられました。この爺は感服しました。この『橘屋』に炭団を売らせていただけませんか?」
「ばぶ。ばばうべにぎがぶもだえ」(別にかまわん。母上に許可を貰え)
「娘は考えた魯坊丸様の許可を貰えと言ったので、こちらに足を運びました。いかがでしょうか。この喜平にお任せ下さい」
俺は「構わん」と言いかけて、口を閉じた。
確かに炭団で多少は暖かくなったが、この部屋はまだ寒い。
もっと火力のある薪ストーブが欲しい。
だが、薪ストーブは簡単に造れるものではない。
火事を起こさない配慮と、煙を逃す排気口の設置が面倒だ。
軽いステンレスなどないだろう。
そうなると煙突は土台から造る必要がある。
だから、俺はずっと考えていた。
この部屋を暖かくするには、何をすれば良いかと。
そして、その答えが『こたつ』と『布団』という結論に至った。
これを福に頼むのは無理だ。
母上を説得せなばと考えていたが、嘉平爺ぃは母上より都合がいいと気付いたのだ。
「じじ。ばなしがばぶ」(爺ぃ、話しがある)
「喜平様。魯坊丸様は許可するのには、条件があるようです」
「条件とは何だ?」
「ばぶぶう」(儲け話だ)
「儲け話だそうです」
儲けと聞いて、喜平爺ぃが身を乗り出した。
俺は福に通訳をしっかりしろと言ってから、『こたつ』と『布団』の内容を語った。
当然、『こたつ』と言っても電動ヒーターなど不可能だ。
四脚台の真ん中に、底の浅い火鉢を置ける穴を開け、台の四方を厚手の布で覆う程度だ。
火鉢の底から熱が伝わる構造でなければならないから、火鉢の壁はなるべく薄い方が良い。
だが、強度が足りないのは困る。
その当たりは職人の腕を信じるしかない。
喜平爺ぃがうんうんと頷いた。
次に『布団』だ。
これは割と単純であり、反物を縫い合わせて二枚の布で人がすっぽりと入れる袋状を作り、その間に羽毛か、綿を入れる。
喜平爺ぃが不思議な顔をして聞いてきた。
「それはなぜですか?」
「ばぶぼぉぶだ」(ダウンボールだ)
「えっ、えっと。だ・ウ・ぼうるで合っておりますか?」
福が訳せなかった。
こりゃ、空気の層が多いほど保温効果の『ダウンボール』が高くなると説明してもわからないだろう。
兎に角、着物を何枚も重ねるより温かくなると説明した。
福と喜平爺ぃの二人が首を捻ったが、炭団を売る許可の条件と言えば、否とは言わない。
数日後、喜平爺ぃが俺専用の寝袋状の布団が届けに来た。
まだ、綿が多く出回っていない為、大人サイズの布団を作る為の綿を買い入れるには時間が掛かるそうだ。しかし、喜平爺ぃは俺の布団を作る手間で、自分用の防寒着である法被を布団状にして作らせた。
思いの外、温かくて便利だという。
「魯坊丸様。布団は売れますぞ。まず熱田神宮に納めました。お試しに近くの城主に送ってやりました。すぐにたくさんの注文が舞い込むでしょう」
「ぞでとぼかだ」(そうなると良いな)
「たくさんの注文がくるとよいですねとおっしゃっておられます」
「どころで。もつどぼぶ。ばなじがばぶ。ぎぐきばぶぶ」(ところで、もっと良い話がある。聞く気はあるか)
「魯坊丸様は、もっと良い話があるそうですが、聞く気はあるかとお尋ねです」
「聞きましょう」
喜平爺ぃが商人の顔で生き生きと答えた。
俺は薪ストーブの話を念入りにした。
職人を育てることから始まるので来年に間に合うかも怪しいと喜平爺ぃに言われた。
だが、必ず造らせる。
必要経費は全部、喜平爺ぃ持ちだ。
ちなみに、こたつも今年の冬中に完成できるかさえも怪しいらしい。
そんなに難しい事を言ったか?
暖かくなったら職人の所に行って、何が問題か問い詰めてやろう。
兎も角、俺は寝袋布団を手に入れたので、この冬は生き残れそうな気がする。
俺は福に布団を火鉢の側に置いて貰った。
布団に入ると、ほんのりと温かい。
気が抜けたのか、寒さから解放されたのか、俺は気が付くと昼寝に入っていた。
寝やすかった。
2
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

超文明日本
点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。
そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。
異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる