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第一章 魯坊丸は日記をつける

六夜 魯坊丸、寒さに震える

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〔天文十五年 (一五四六年)冬十月はじめ〕
伊吹おろし。
日本海から伊吹山を通り、冷たい風が伊吹山方面から冬の寒さを尾張まで下ってくる。
俺は冬の寒さを舐めていた。
夏は風通しのよい部屋は、冬になると極寒の地に変わった。
寒い、寒い、寒い、寒すぎる。
「あぶぶ」(毛布を持って来い)
「魯坊丸様。『も・う・ふ』とは何でございますか?」
侍女の於福が毛布を知らなかった。
「あぶぅ、あぶぶぶぶぶ」(寒い。何か温めるものを持て)
「判りました」
そう言って福が持ってきたのは火鉢ひばちだった。
四角い石の箱に炭がポツンと置かれ、それに手を翳して暖まるのだ。
福は俺の火鉢の側に置いてくれた。
箱の縁が低く、火鉢というか持ち運び型の囲炉裏いろりに近い。
俺はその手を広げて暖をとった。
赤い火がわずかに暖めてくれているような・・・・・・・・・・・・気がしないでもない?
猛烈にこたつが欲しい。部屋を暖められるストーブが欲しい。
その為に広々としたガラス窓付きの遮蔽性の高い部屋が必要だ。
何故って?
朝を迎えるとお日様の光を取り入れる為に雨戸を外す。障子の紙を通して零れる光で部屋が明るくなる。
明るくなのはいいが、その隙間風が部屋の中を走って、今朝も俺は上布団代わりに掛けられた着物をぎゅっと握りしめて丸まった。
なんて寒さだ。
雨戸を取らなければ、油を炊いて明るくしなければならない。
そんな贅沢が許される訳もない。
そして、俺は知った。
オムツを替える時が辛い。
肌着を取られた瞬間に寒さに震えた。
「あぶい、あぶ、あぶ」(寒い。早く。早く)
「魯坊丸様、すぐにお着替えを終わらせます。もう少しお待ち下さい」
福らが手早く着替えさせてもらうと火鉢に寄った。
もう火鉢なしで生きられない。

その夜、俺は真夜中に目が覚めた。
夜に目が覚めることは珍しくないが、その日は意味が違った。
寒さで目が覚めたのだ。
俺はごろりと向きを変えて、火鉢に手を翳した。
しかし、その火鉢の火は消えており、すでに白くなっていた。
「あぶ、あぶぶぶぶ。あぶぶぶぶ」(おい、起きろ。火鉢の火が消えているぞ)
俺は大きな声で、横で眠っている女中を呼んだ。
寝ずの番が寝るな。
火を切らすな。
寒い。寒い。寒い。マジで寒い。俺は朝まで生きていられるのか?
俺は寒さに耐えた。
夏場は体調を崩しただけで暑さを感じなかったが、成長した為か、寒さが判る。
ヤバイ、まじでヤバイ。
冬の寒さを舐めていた。
まだ、十月で冬の入り口だぞ。
ぶるぶると震えながら、気持ち良く寝ている女中に何度か声を掛けたが、気が付いて貰えない。
この寒さにイビキを掻いて寝られる女中が羨ましい。
ずっと絶えていると、雨戸の隙間が少し明るくなってきた。
廊下からぎゅぎゅという板の軋む足音が聞こえ、すっと障子がひらき、そこから福が顔を出した。
救いの神だ。
早番の福が俺の様子を見に来てくれた。
「あぶ!」(福!)
「魯坊丸様。もうお目覚めですか?」
「あぶぅ、あぶ。あぶぶぶぶ」(違う。寒い。火を起こしてくれ)
「はい。直ちに」
福が火鉢の火を付けてくれて、何とか生き延びた。
福は寝ず番の女中を叱るが、福に聞くと、寝ずの番が居眠りはよくある事らしい。
福も侍女になる前はよく叱られたという。
寝ずの番は俺が気持ち良く寝ているのに釣られてしまうらしい。
この寒さに絶えろと・・・・・・・・・・・・無理、無理、無理。
絶対に無理だ。俺は春まで生きている自信がない。
自重はヤメだ。
生き残るのが優先だ。

翌日から色々なものを造るために、福に訪ねることからはじめた。
今まで福と古典を楽しんでいたが、歴史を覆す事は不味いと思ったので、様々な生活の知恵を披露するのは避けていた。
この時代でも工夫次第でできる便利な道具はいくつもある。
例えば、福が先程炭に火を付けるのに使った火石を『ファイヤースターター』に変える。
ファイヤースターターは、マグネシウムやフェロセリウム(鉄とセリウムの合金)の棒を使う事で発火力を高める。
マグネシウムやフェロセリウムが手に入らないなら『ファイヤーピストン』でも代用できる。
ファイヤーピストンは、空気を圧縮して、可燃物の発火点まで高温にする方法だ。
鉄砲を作る技術があれば、十分に製造が可能だろう。
その『ファイヤーピストン』は手先の器用な庭師に頼んでみることになった。
巧くいけば、火を付けるまでの時間を大幅に短縮できる。

次に炭を長く持たせるなら『練炭れんたん』だ。
幸い、練炭の作り方を熟知していた。
だが、福が『石炭せきたん』を知らなかった。
「魯坊丸様。石炭とは何でございますか?」
「ばぶぶぶぶだ」(燃える石だ)
「それなら聞いた事があります。燃える石を薪代わりに使っている所があると・・・・・・・・・・・・どこか知りませんが」
石炭を簡単に仕入れるのは難しそうだ。
俺は暖を取る方法を頭の中を巡って探した。
そうだ。炭団たどんだ。
炭団は、炭と乾燥させた布海苔ふのりなど接着剤を混ぜて団子状にした燃料であり、一日中でも燃焼するので長時間の暖を取るのに最適なのだ。
その布海苔は『海藻の王様』と呼ばれ、海の側ならどこでも手に入る。
あっ、布海苔を乾燥させた粉末を作る必要がある。
天日干しなら、一日二日で出来ない。
「魯坊丸様。どうされました」
「ふぶのぶ、あぶぶぶぶ、あぶぶ」(布海苔を乾燥させた粉が欲しい)
「村に帰れば、あると思います」
なんと、熱田の神官の服を染める職人が染織せんしょくすると時に、ふのり液を使うので用意しているという。
福もふのり液を作るのを手伝った事があるというのだ。
なんという偶然。
俺はすぐに布海苔の粉末を取りに行かせ、その間に炭を砕いて粉末にさせた。
夕方まで炭団を完成させた。
これで女中が居眠りをしても火が消える事はない。
「ばぶぅ」(完成だ)
そう叫んだ瞬間、張っていた緊張の糸がぷつりと切れた人形のように、俺はぱたりと眠りについた。
急に動きを止めた俺を見て、福が青ざめたそうだ。
心配かけて済まなかった。
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