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第一章 魯坊丸は日記をつける

三夜 魯坊丸、熱田明神にされる

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〔天文十五年 (1546年)秋七月〕
秋は、夕ぐれ。夕日のさして、山のはいと近うなりたるに……。
さくら山が真っ赤に染まる景色を眺めながら、女中の福との歌当て遊戯ゲームを楽しむ。
俺はちょっと秋に因んで
枕草子の一文を口ずさむと、俺のオムツを畳みながら福が言った。
「秋はの清少納言せいしょうなごんでございますね。若様は風流でございます」
「あぶ」(そうだろう)
次に秋の万葉集を詠ってみた。
「あぶぶ、あぶあぶぅ、あぶあぶあぶぶ、あぶあぶ」(秋の野に 咲たる花を 指折りかき数ふれば七種ななくさの花)
福が少し首を捻った。
「秋の野にですよね。だったら、大伴家持の『秋の野に、咲ける秋萩秋風あきはぎあきかぜに なびける上に 秋の露置つゆおけり』ではないでしょうか?」
「ぶぅ」(間違い)
「違いましたか。 えっと、なんですか?」
福が一人で「秋の野にじゃなかったのかな? 秋の田かな。でも『かりほ』とは言ってなかったような・・・・・・?」とか呟いているが、万葉の歌はよく似た歌が多い。
秋の田のと言えば、“秋の田の、仮庵かりほいほりの、苫をあらみ、わが衣手は、露にぬれつつ。天智天皇(1番)”でも思い浮かべているのだろうか?
他にも、「秋の田の、(ほの上に置ける」や「秋の田の、穂向き見がてり」などがあるから、『秋の田』と聞き間違うと、そこから無限ループに嵌まるのだ。
「う~~~ん。わかりません。もう一度」
「あぶぶ、あぶあぶぅ、あぶあぶあぶぶ、あぶあぶ」
「やっぱり、『秋の野に』ですよね…………大伴家持じゃないとすると、あっ⁉ 山上憶良やまのうえのおくらの七草じゃないですか」
「ばぶぅ!」(正解)
「やった! 当りです」
オムツを畳む手が止まって、その勢いのままに福が立ち上がり、小さい子のように “ぴょんぴょん”と跳ねると、こぶしを握ってガッツポーズをとって喜んだ。
福は見た目通りに裳着を終えたばかりで、数え十五歳の可愛い少女だ。
ふっくらとした丸顔にそばかすと団子鼻が特徴であり、残念ながら美人顔ではない。
一方、教養力は大したものであり、平安の世なら紫式部や清少納言のように持てはやされたかもしれない。
平安時代の事は詳しくは知らないけどね。
福が喜んでいると、廊下の端にずっと隠れしていた影が動いた。
その声は意外に大きく、「なるほど。確かに会話をしておる」などと言って優雅に部屋に入ってきた。
福は慌てて平伏したが、その男は福を無視して俺に頭を下げた。
「魯坊丸様。この季光すえみつ。感動に打ち震えております。私は確信致しました。魯坊丸様こそ、熱田明神様の生まれ代わりに間違いございません」
「ばぶぅ」(誰だ?)
俺が不機嫌そうな声に福に問うと、福が紹介してくれた。
「魯坊丸様。こちらは熱田神宮の大宮司様の千秋せんしゅう-季光すえみつ様でございます。魯坊丸様が産まれて間もなく、初宮参りで魯坊丸様の成長を祈願されたのも季光様と聞いております。織田家の快進撃は神仏の加護であり、織田弾正忠家の若である魯坊丸様は熱田明神の生まれ代わりであると高々に述べられたそうです」
「娘よ。よく知っておるな」
「はい。母から聞きました」
「あのときは織田弾正忠家を持ち上げる為の方便であった。だが、儂はここに確信に至った。魯坊丸様は紛うこと無き熱田明神様の生まれ代わりだ。もう疑う余地もない」
「真でございますか?」
「そなたが証明したではないか。論語をそらんじ、古典をたしなむ。そんな赤子がどこにおる。熱田明神様の生まれ代わりでなければできぬ所業だ」
「確かに」
季光がそう言うと、福が目をキラキラと輝かせて俺の方を見た。
違う。俺はそんな大層なものじゃない。勝手に熱田明神とか言うな。
俺は宗教関係者が大嫌いだ。
大体、政治家に近寄る宗教関係者はどことなく怪しい。
利権や汚職について回る。
そんな奴らと関わりたくない。
もちろん、まともな宗教家もいるが、真面な神職や住職は政治家らにわざわざ近づいてこない。
そんな政治家から紹介される宗教関係者らは、禄でもない奴らばかりだ。
神様の生まれ代わりとか、大教祖に祀り上げようと思う奴など信じられるか。
俺は不機嫌な顔をしてそっぽを向いた。
だが、季光様はまったく動揺することもなかった。それから十日間と開けずに、俺の下に来ては、織田家の様々な報告に上がるようになった。
鬱陶しい奴だ。
ただし、一つだけ喜ばしい事があった。
それは季光の推薦で福が正式に俺専属の侍女に格上げされた事だった。
福と遊べる時間が長くなった。
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