刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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80. カロリナ、モンスターパレードを観戦したら終わりですか!

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エクスプロウジョン!
巨大な閃光と爆発音が敵の駐屯地で響いた。
一個大隊(480人)が消滅した。
駐屯地の敵は大慌てだ。
しかも山の上からの超遠距離攻撃だ!
これを防ぐには、同等の魔法をレジストできる魔法師が必要であった。
そんな魔術師が所属するのは貴族の騎士団でしかない。
しかもカロリナはどこでも攻撃できる。
一人の魔法師がレジストできる範囲は限定される。
つまり、元を絶たない対抗できない。
その山に登る山道にはレベル50超えの怪物が守っている。
魔王城に向かうより困難な道だ。
考えれば、考えるほど一方的であった。

東海岸の戦闘に勝利したカロリナは追撃を開始した。
敵を追って谷間を抜け、山脈の切れ目の峠を越え、両岸が険しい崖で立っている峡谷きょうこくに出た。
大地が引き裂かれたようなグランド・キャニオンのような赤茶けた大地がむき出しになっている。
その谷底が見渡せる小高い山が峠を抜けた出口であった。
山に続く山道は崖が崩れた場所だ。
山道以外は険しい崖が立っており、まるで砦のようであった。
到着した時は、すでに日が暮れようとしていた。
しかも天空には火事から立ち昇った分厚い黒い雲があり、斜めから差す夕陽がなければ、夜かと思えるほど薄暗かった。

「カロリナ様、お待たせしました」

山の頂上に到着すると、ラファウが膝を付いて胸に手を当ててそう言った。
ここから好きなだけ敵を撃ち込んでいいと言った。
到着したのはカロリナ達のみだ。
レフの冒険者仲間やバルトウォミェイ子爵とマリンドル伯爵が率いる500人は狭い山道に難儀しながら追い駆けている。
到着は明日だろう。
カロリナは反撃の狼煙を上げたのだ!

「領都西砦(城壁砦)でも見えてかしら?」
「あれだけの光と轟音が響いたのです。間違いなく見えたでしょう」
「1日に一発しか撃てないのが残念です」
「十分です。敵は退路を断たれたのと同じです。ルドヴィクとアンブラを使って補給部隊を叩きましょう。それで我が軍の勝ちが確定します」

そういうラファウの目が怪しく輝いていた。
兵糧攻めだ!
最悪、領都西砦(城壁砦)を放棄して撤退し、飢えてから再奪取する事もできる。
それを首脳部が理解しているかは非常に怪しい。
砦が陥落し、食糧を敵に渡す馬鹿な事態になると、この作戦の意味がなくなる。
そんな欠点があった。
だが、敢えてラファウは言わない。

確認する方法がない!

「本格的な反撃は明日から行います。カロリナ様は魔力回復を優先して頂き、簡易テントでお休み下さい」
「えぇ、そうさせて頂くわ!」
「カロリナ様、というか、ラファウ様の方がいいですか? あれ、何でしょうか?」

峡谷きょうこくの西側、つまり、日が沈もうとしている方から大規模な土煙が立ち上がっていた。
何と聞かれて答えられるほど、ラファウも世界のすべてを知り尽くしている訳ではない。
時間と共のそれが近づいて来てはっきりと判った。

スタンピード(集団暴走)だ!

スタンピードとは魔物などが大挙して押し寄せてくる現象であり、ダンジョンなどで起こると生死に関わる。

「スタンピード(集団暴走)にしては多くありません?」
「下は地獄だな」
「あれだけ多いと体力が持ちません」
「逃げる所もないぞ!」

ニナとジクがそう呟いた。
西の果てから目の前まで、魔物の大軍が続いている。
その数、数万? 数十万? 数百万匹を超える。
とにかく、終わりが見えない。

砦の城壁が唯一の安全地帯になっているが、その城壁も魔物がぶつかって所々で崩れ出した。
日が沈むと月が分厚い雲に隠されて闇夜に包まれた。
赤い目の光が西から東へと流れてゆく。

これはスタンピード(集団暴走)などではなく、『魔物モンスターパレード』だ!

どんな高レベルな騎士も、この数ではどうしようもできない。
左右は両岸の崖が壁になっており、逃げ場もない。
さらに視界を遮る大粒の雨が降ってきて、その水が峡谷きょうこくに流れ込み、足場すら奪われた。

『暗黒神キウムよ。艱難辛苦かんなんしんくの試練を与えたまえ!』

アール王国にはそんな言葉が残されている。
暗黒神キウムは試練の神であり、この試練を乗り越えた者に絶対的な祝福が与えられると伝わるが、その試練を乗り越えた者はいない。
絶対に願いが叶わない。
暗黒神キウムは人の心が折れるのを楽しむ最悪の神だ!

カロリナ達は意地悪な神と無縁であった。
流石に崖の上まで魔物はやって来ない。
大雨の中でも簡易テントでカロリナは優雅に眠った。
翌朝、カロリナが起きるといくさは終わっていた。

「なにか、一晩で大変な事になっていますね?」
「天が我々に味方したようです」
「到着したばかりのレフらが驚いています」
「到着すると終わっていたとは、ちょっと可哀想です」
「生き残りがいます。制圧戦が残っています。カロリナ様、下知を!」
「では、終わらせに行きましょう」

プー王国、総勢11万人の大侵略は一晩で終わってしまった。

雨で火事も治まり、西海岸の戦局が見えてきた。
そうだ!
西海岸に北上した騎士団の全滅が確認された。
峡谷に視察に出た西司令の赤(薔薇)の騎士団帝ヘルマン・フォン・ザルツァ侯爵、副官ブルーノ・ファン・ベイヤー子爵が捕縛され、副団長の双翼十四騎士団アンノ・フォン・ザンガー伯爵、現場司令の聖十字騎士団ブルヒャド・フォン・シュヴァン子爵が戦死した。
参加した鉄紺騎士団、銀朱騎士団、灰色騎士団は戦死か、捕虜になった。

結果を総合すると西軍13騎士団62,400人はカロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢によって滅ぼされた事が判った。

ゴブリン・スレイヤーの異名は伊達ではなかった。
プー王国のカロリナを『炎の悪鬼』、『魔物使いの悪魔』と呼んだ。

マッチ1本火事の元。

カロリナが放った火の魔法は大樹海を焼き、数千万匹の魔物を峡谷きょうこくに導いた。
それが『魔物モンスターパレード』を起こしたのだ。
悪魔の所業としか思えない。
残された騎士団の士気は低下し、抵抗して殺されるか、降伏するしか道がなかった。
たった一人で10万の敵を撃退してしまったのだ。
カロリナは領都に戻ると大喝采に迎えられ、毎日のように祝われた。

この後、一ヶ月近く続く反撃戦にカロリナは参加していない。

否、『参加させられるか!』と味方の騎士団から声が上がた。

命を賭けて戦った防衛線も、最新兵器の大砲も、海域を制圧した帆船の船団も、カロリナ一人の戦果に遠く及ばない。

王国の存亡に駆けつけて来た王国騎士団も形無しだ。
このまま帰れる訳がない。

何としても手柄を!

ハコネ山地の攻防戦が熾烈を極めたと言う。
新兵器の大砲が活躍し、騎士団が突撃を繰り返して、次々と砦を落としていった。
沢山の英雄が誕生した。
それでもカロリナの戦功に遠く及ばない。

サロー・ファン・セーチェー侯爵は自ら北方艦隊に乗船して、北方海戦でプー王国の艦隊を撃破して、敵の首都を攻撃する偉業を成し遂げた。
こうして、アール王国は制海権を奪取した。
停戦の使者が送られ、カロリナが捕えた赤帝ヘルマンをプー王国に返還し、プロイス王国・アール王国とプー王国による五年間の休戦協定が結んだ。
プー王国と敗戦国と認めさせる偉業を成し遂げた。

主国プロイス国王はこの協定を喜んだ。
サロー・ファン・セーチェー侯爵を大いに褒め称えた。
この外交でカロリナと肩を並べる事ができた。
アール王も一安心だ。

ところで、
プロイス国王はこの戦いの勝利者であるアール国王を後ろ盾として、孫に王位を譲渡できた。
国王派の団結に成功し、反国王派の粛清が始まった。
プロイス王国の内戦ははじまったばかりだが5年もあれば落ち着くだろう。
アール国王を後ろ盾となっているのだ。
おそらく、負ける事はなさそうだ。

敵国プー王国は10万人近い兵を失い、おなじく10万人の家畜奴隷が減った。
結果的に食糧難は回避できた。
しかし、国王と総司令官は失脚し、王国の基礎となる騎士団を失った傷は簡単に癒えない。
戻ってきた赤帝ヘルマンはすべての責任を取らされて公開処刑された。
5年で復活するかどうかは判らない。
その間にハコネ山地の要塞化は進むだろう。

ラーコーツィ領は領兵・領民を合わせて1万人の死者を出した。
砦の防衛で亡くなった領兵への慰問金、放火されて焼失した村などの再建費、二万人も抱えた捕虜の食費など、ラーコーツィ侯爵家の財政は破綻寸前だ。

それでも送られてくる援助物資で屋台が開かれ、そこを巡るカロリナが笑顔だった。

「エル、この串肉がとてもおいしいわ!」
「そうでございますか」
「おいしくない?」
「おいしゅうございます」
「そう、私、幸せよ!」
「そうですか。カロリナ様が幸せならば、我々も幸せでございます」
「では、次の村に向かいましょう」

復興の象徴だ。
カロリナは救援物資を運ぶ神輿であった。
それを嫌がらない。
カロリナが笑っている。
この笑顔が絶えないなら大丈夫と領民も思えた。

「次の村は川が近いので、子供らを連れて魚釣りに行きましょう」
「承知しました。準備しておきます」

カロリナは忙しい日々を送っていた。

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