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68.カロリナ、王子なんて大嫌い!

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はぁ、カロリナは思わず馬車の中で立ち上がった。
馬車が小石を踏んで小さく揺れ、体勢を崩してラファウに寄り掛かった。
咄嗟に差し出して手がカロリナを支えた。
ラファウの銀色の瞳にカロリナの顔が映っていた。

すらりと均整の取れた顔立ちのラファウは女性にモテることだろう。
文官っぽく線も細い。
細長い指が弱々しさを感じさせるが、抱きかかえられると意外と手が大きいことに気づかされた。
服の上から置いて手の感触がごつごつと硬く、筋肉が付いているのがわかった。

「ラファウも男の人なのですね?」
「カロリナ様、お顔が近すぎます」

あっ、カロリナも焦った。
座り直すと、頬を膨らませて顔を背けた。

「私が好きなのはマズル兄ぃです。ラファウは数に入っておりません」
「承知しております」
「でも、ありがとう」

心臓がばくばくと跳ね上がった。
もう少しで口づけをする所だった。
落ち着け!
カロリナは顔を前に向けられない。
可愛らしい仕草にラファウの顔が綻んだ。

いつものラファウに戻っていた。

カロリナにはラファウの知らない秘密がある。
貴族らしい冷徹な一面だ。
カロリナは情報屋を使い黒虎会ニグルム・ティグリスの頭目シャイロックを使う。
ラーコーツィ家にとって不利益を齎す者を簡単に始末させる。
実に侯爵令嬢らしい残忍さだ。
その姿を当主の侯爵や兄、従者の前では絶対に見せない。

ラファウは記憶を辿った。
金山を持つ子爵の領主はサポヤイ伯爵を謀略で亡き者にしようと考えていた。
サポヤイ伯爵を招いて会談が決まったある日、カロリナからの命令書が届いたそうだ。
子爵は特別な毒を求めているらしい。
それも証拠の残らない毒だ。
その毒を受け取る止めに少数で山小屋に出向いた。
自殺行為だ。
だが、その秘密を知る者は少ない方がよかったのだろう。
現場に飛び込みシャイロック達が子爵のその毒を飲ませることに成功した。
行動を監視していたラファウは現場を見る事になった。
シャイロックは言った。

『カロリナ様の命令です』

カロリナ様、その情報をどこで仕入れたか?
本当に、その毒をサポヤイ伯爵に使うものなのか?
証拠もないし、証言もない。
可能性があると言うだけで始末させた。
冷徹で残忍な一面。
ラファウはカロリナに畏怖を感じた。

事件が起こった直後、エリザベートを罠に掛けたのはカロリナかもしれないと考えてしまった。
顔を赤めて横を向くカロリナを見て我に返った。

頭を掻いて状況を整理し直した。

「カロリナ様、『時の亀』というアイテムをご存知でしょうか?」
「何ですか?」
「魔力を込めると時の彼方に逃げる『脱出』宝具です。逃げる先が100年後というのですから追手も絶対に追い駆けられません」
「逃げるには便利そうですが、逃げた先が不便そうですね!」
「まったくです」

この宝物庫の責任者はご生母様だ。
その宝具を使えるのは案内した側近と宝物庫の管理者の三人しかいない。
受勲式の日にこんな事件が起これば、国王の面子が潰れる。

「責任者であるご生母様はその責任を認められ、後宮の奥にある北の離宮に、自ら幽閉されることをお望みになられました」
「御婆様が!」
「国王の許可なく、もう誰もと会うことは敵いません」
「誰がそんな罠を仕掛けたのですか?」

責任を取らされると判っていて犯行をする?
やはり、主犯はご生母様と考え難い。
ご生母様はその三人を始末したので犯人を捜すことができなくなった。
誰かを庇ったのでないかと勘繰った。

「これで得をするのは誰でしょうか? ご生母様を排除したい王妃様ですか、エリザベートを排除したい王子の関係者ですか、あるいは、王妃候補を葬りたいラーコーツィ家の者でしょうか」
「まさか、お父様が?」
「それはありません。三日前にエリザベートの提案を拒絶されたご当主様をカロリナ様がお怒りになりました。相当堪えておられましたので、それ以上の悪徳を被る勇気はございません」

三日前の夕刻、中央領主センテ侯爵の王都屋敷から帰ってきたラファウは、ラーコーツィ侯爵とその子息レヴィンにエリザベートの提案を説明した。
ラーコーツィ侯爵家の息のかかる貴族を食い破り、ヴォワザン伯爵家が勢力を伸ばそうとする提案など受け入れられなかった。

「お父様、民をどうされるのですか?」
「ヴォワザン伯爵家の令嬢を王妃候補と認める訳にはいかん」
「王妃候補と民のどちらが大切なのですか?」
「カロリナ、お前に決まっておろう」
「そうですか、ラーコーツィ侯爵様。王妃候補が大切だとおっしゃるならば、私は一生、お父様とお兄様の事をラーコーツィ侯爵様とお呼びさせて頂きます。また、公務以外では口を聞きません。それでよろしいですね! もう遅いので部屋に戻らせて貰います。おやすみなさい、ラーコーツィ侯爵様」
「待て、何故、私もそう呼ぶのだ!」
「お兄様もお父様に反対されていません。お休みなさい、ラーコーツィ侯爵様」

ラーコーツィ侯爵と兄のレヴィンは落ち込んだ。
鬼の大蔵大臣の異名も大無しであった。
レヴィンのシスコンは重度だった。
ラファウに何か対案はないかと尋ねる位に取り乱した。

「それでヴォワザン伯爵家の手柄を国王の手柄に書き換えたのですね!」
「カロリナ様が望んだ民の救済はされます」
「流石、ラファウです」

実はそこからが大変であった。
翌朝、ご当主様とご生母様の見舞いに向かい。
カロリナの願いを伝えた。
ラーコーツィ家とヴォワザン家が対立した場合、国が二分するか、ラーコーツィ家が地図から消える可能性もあると説得した。
ご生母様が納得すると王妃に報告に上がり、教会に礼状を出すことで王家が民を救済したことに書き換えることを納得して頂いた。
教会はヴォワザン家の表彰を条件に出した。
王妃がそれを許可し、ヴォワザン伯爵を呼び出してラファウはおおむねの予定を伝えた。

「ラーコーツィ家はエリザベートが王妃候補になるのを認めると方針転換致しました」
「私は候補から外れたのかしら?」
「いいえ、候補のままです。ヴォワザン家を内部から乗っ取ることにシフトします。まず、次期当主の婚約者をラーコーツィ家から婚約者を送り、分家から嫁を貰うなど働き掛けます」
「仲良くすることは素晴らしいことです」
「カロリナ様とエリザベートのどちらが王妃に相応しいかと、ご生母様を説得するのに苦労しました」

ラーコーツィ侯爵はヴォワザン家に王都領の農地改革独占交渉権まで付けた。
王妃候補を諦めたのかと映る。
ラーコーツィ家の軟化に裏があるのではと勘ぐられた。
宝物庫に行くように仕向け、エリザベートを葬った。
そう思われてしまった。

「それならば、私の責任ではなく、ラファウの責任でしょう」
「カロリナ様がご当主様を脅かさなければ、そこまで大胆な策を申し上げられません」

ぐぅ、まったくその通りだ。
ラファウに当主とご生母様を動かす力はない。

「もし、私は何も言わなかったら、どうなっていたのですか?」
「今回は南領・南方諸領に豊作分の穀物を献上させ、農地改革に参加しない貴族のみ配給致します。来年以降は収穫の半分を一度領都に集め、人口に応じて再配分する法を制定します。これで不作の対応できます」
「南方の方が怒りそうね! それに農地改革する領主の負担のみ重くなるではないですか?」
「それが狙いです。まず、他領を救済するほど余力があるなら献上しろと命令できます。南の民の不満をヴォワザン家に押し付けます。次に東領と中央領の領主間で対立を仰ぎ、ラーコーツィ家から援助を行う。対立している間は均衡が保てます」

民は救済されるが狡い策だった。
騒動や内紛が常に起こりそうな気がする。
ラファウもそれが狙いらしい。
紛争の旅により多くの領主・民を救済させる為にヴォワザン家の財を多く放出させる仲介に入るつもりらしい。

「却下ですわ!」
「そう言うと思いました」
「ならば、わざわざ言わなくていいでしょう」
「いいえ、自覚して下さい。民を救済しろと願われた為に、カロリナ様は窮地に立たされているのです」
「無茶苦茶です」
「噂とは、そうやって作られるのです。お判りですか?」
「まぁ、多少私に責任があるかもしれません」

カロリナはちょっと不満そうだった。
いい事をして責められるのは納得がいかない。

「馬鹿王子が喜んだのは大失策でした」
「私のせいではありません」
「様子を伺っていた貴族達を焦ったでしょう。あれでは王子とラーコーツィ家が共同して、エリザベートを陥れたと思われても仕方ありません」
「不本意ですわ」
「対策はありません。王と王妃が逃げるくらいです」
「あの馬鹿王子達が悪いのです!」

責任を転化した。
カロリナは基本的に自分オンリーだ。
責任は王子にしようと決めた。
決めたが、どうしようもないとラファウが言う。

「やっていないという材料が何もございません」
「王子が悪いのです。なんとか考えなさい」
「無理です。しばらく、顔を出さないくらいのが対策です」
「判りました。舞踏会に出ないで町でも行っておきます」
「王都の町も駄目です。他の貴族の目もございます」
「家に籠れというのですか?」

カロリナが屋敷でじっとできる訳もない。
どうしようかと悩んだ。
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