刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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50. カロリナ、今、必殺のエクスプロウジョン。

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朝のまどろみの中で次女の声で目を覚ました。
シーツの中で猫のように背伸びをして、嫌々と体を前後に揺らし起きるのを少し拒絶してみる。

「カロリナ様」

オルガがカロリナの名を呼ぶ。
判っているわ。
心の中でそう叫んでもう一度背伸びをする。

カロリナはダンジョンに潜るようになってからどこでも寝ることができるようになった。
固い地面の上では熟睡はできない。
でも、仮設テントにマットを引いてくれているベッドならゆっくり寝ることができた。
エル達ががんばって作ってくれた睡眠時間だ。
十分に楽しませて貰わないとバチが当たる。

起き上がるとオルガが髪をといてくれる。
カロリナは生活魔法『清潔クリーン』を唱え、さらに、覚えたての光の魔法『清浄ピュアー』を唱えた。
クリーンで寝汗の汚れを落とし、ピュアーで臭いを駆除する。
これに雨や汗で服が濡れたときに乾かす風の魔法『乾燥ドライ』を合わせることで、冒険の悩みが解決した。
悪戯でちょっとお馬鹿な風の精霊と幼く可愛い光の精霊に感謝だ。

オルガも一緒に綺麗になってしまった。
目の下にクマができている。

「ありがとうございます。でも、もう一度化粧をし直しです」
「この魔法にも欠点があったのね!」
「お嬢様は大丈夫なのですか?」
「ええ、妖精王の大加護のお蔭で体力・魔力・気力も全開よ」
「それはよろしゅうございました」

準備が終わるとカロリナはテントを出た。
見晴らしのよい砦の外壁でアンブラとラファウが待っていた。
ラファウを見ると頷いている。
カロリナは東が少しだけ明るくなってきた空を見てから辺りを見回した。
丘の上を見て、カロリナは言葉を少し零した。

「なるほど!」
「申し訳ございません。結局、ロードは一体しか倒せませんでした」
「アンブラが無理なら、それは無理なのでしょう」
「申し訳ございません」
「それより見なさい。これが貴方の本当の成果です」

カロリナは砦の奥に手を向けた。

砦は平原を見渡せる南側に作られた。
いくつか連なる丘の1つだ。
奥には砦より高い頂上となる丘が点在する。
この辺りは枯れた大地が広がる。
高い木々や美しい花々が咲く草原とは無縁の丘であった。

ミスホラ王国は魔力スポットのない枯れた土地であり、人が手を入れなければ草と石がごろごろとする荒野になってしまう。
土地が痩せており、大妖精の加護がないと樹木が育たない。
ミスホラ王家の者は妖精王の加護によって『ユグドラシルの世界』とこちらを結ぶことができるようになった。
王家の者が植えた樹木は世界樹の根から少しだけ力を貰い、緑あふれる国を作ることができるのだ。
手付かずの南部は荒れたままの台地であった。

砦を見下ろす丘がいくつかあった。
その頂上に陣を張り、その周囲にゴブリンを配置する。
敵の大軍は3つの丘を占領していた。
また、昨晩からずっと戦っている敵は南側の丘の向こう斜面に大軍を配置している。
つまり、四方から囲まれてしまった。

森から別働隊の大軍が帯状に移動している。
少し迂回しながら西の丘に向かっているのだろう。
その集団の一部だけが異様に大きい。
あれが本隊だと確信した。

「ラファウ、見事です。すべて貴方の読み通りです」
「皆の協力とアンブラ殿のがんばりの結果でございます」
「そうね!」
「銅鑼を鳴らせ!」

南側の敵を混乱させているマズルとルドヴィクを呼び戻す。
夜目が利くゴブリン達は松明などを使わない。
暗闇の中で進軍し、丘を占拠した。
空が明るくなり始め、周囲の丘が占領されたことを気づかずに慌てていると思っているだろう。
マズルとルドヴィクが戻ってきた。
決戦を控えた静寂が訪れる。

カロリナは昨日までことを思い出していた。
この日の為に初級の爆発魔法『小爆発ボム』の練習を欠かさずにやらされてきた。
皆、砦の設営に忙しい時もカロリナだけ魔法の練習をさせられた。

「ラファウ、本当に威力が上がるのですか?」
「はい、あがります。魔法に大きく大別すると、『直接魔法』と『精霊魔法』の二つに分かれます。『火矢ファイラー・アロー』、『火柱ファイラー・フレア』などはカロリナ様が直接に撃ち出して発動します。一方、爆発魔法『小爆発ボム』などは現地で魔力が集約して爆発します」
「そうね!」
「1点です。はっきりと位置を脳裏に描ければ、威力はそれだけで倍化するのです」

カロリナが爆発魔法を使う時、ぼんやりと大きな的に向かって魔法を使用する。
それでも満足いく威力だ。
だが、それが間違っているとラファウは言う。
それは本来の爆発魔法の威力ではない。
小石くらいの的に向かって魔力を集約させるだけで威力は桁違いに倍化する。

「私の場合は風ですので『電撃エレキ』と『サンダー』の違いとなります」

そう言って、雨の中でぼんやりとした的を撃った『サンダー』としっかりと的を見据えた『サンダー』を撃って威力の違いを見せてくれた。
別の魔法を見たようだった。

八カ所すべての丘の上。
敵が攻めてくる拠点の四カ所。
そして、特別な一カ所。

雨の中で練習させられた。
朝、敵を攻める前にも確認のテストを何度もした。

丘でもっとも配置しやすい頂上。
あるいは、丘より少し下がって平になっている場所。
大軍が本陣を張れる場所が限られている。

「ラファウは厳しスパルタ過ぎます」
「すべてはカロリナ様の為に」
「それは判っております」

太陽が大地を離れ、影がぐんと長く延びている。
砦の南側、その一番高い所にカロリナが立った。
大きな石の上だ。
この石を起点に砦が作られた。

それはまるで祭壇のようであり、カロリナの握った杖を高々と上げた。
神に祈るような魔法の起動式を読み。
その神々しい姿は天使が降臨したように見えた。

『エクスプロウジョン、エクスプロウジョン、エクスプロウジョン、エクスプロウジョン!』

連続詠唱!?
魔法起動の詠唱を省略し、頭内魔法陣の回路で発動式のみ詠唱する技法。
今ではカロリナの大名刺だ。

敵の本陣の足元で突然に魔力が集約し、大爆発が起こる。
馬の乗りながら発動させた爆発魔法エクスプロウジョンとは桁違いの大爆発だ。
周囲50mは爆熱で蒸発し、160m以内は即死であり、500m圏内にいる魔物は無傷ではいられない。
一瞬で四つの本陣が消滅した。

それを見た兵は歓喜の雄叫びを上げた。

カロリナがその場で倒れた。
体が熱くなり、頭痛ずつうがして意識が遠くなる。
完全な魔力酔いの症状だ。
妖精王から貰った回復ポーションを飲んで気力を元に戻す。

「カロリナ様」
「大丈夫です。すぐに回復します」
「一度に四つも、無茶をしますな!」
「その方が効果的でしょう」
「この好機、無駄に致しません」

カロリナの無事を確認すると、部隊を分けて突撃を開始する。

「マズル様、後背の敵をお願いします」
「おう」
「ルドヴィク、領兵半分を連れて左翼を討て!」
「任せろ!」
「エル、ジク、私と共に右翼を撃つ」
「判りました」
「やるぞ! カロリナ様、ニナ、見ていて下さい」
「アザ、ニナ、目視できる限りでよい。敵の頭を撃て!」
「当てにしないでよ」
「がんばります」
「ドムノ様、敵の正面はマズルとルドヴィクが昨晩から混乱させ、今、指揮官も失いました。敵は崩壊中です。叩くのは今です。ミスホラ王国軍と共に勝利を掴みましょうぞ!」
「おう」
「出撃!」

少数による大軍への一点突破が始まる。

竜破斬ドラコ・エクシティウム
『神よ、我に力を、天罰エクス・ポエナー
大雷サンダー・ウエーブ

スキル・魔法の解放による敵への威嚇!

大次元刃メガ・デメンション・カッター
『流星一点』

アザ、ニナによる遠距離支援!

神速、エルがゴブリン達を撫で切りにして無双すると、ジクも負けるかと、イージスの盾に装備されたパラスの剣を抜いた。
パラスの剣も聖剣であり、ジクに放つ『スラッシュ』は青い刃となって飛んで行き、その進路上のゴブリンを薙ぎ払った。

ゴブリンは総崩れだ。

アンブラヴェン木葉フォウフロスが偵察から帰って来ると、爆発魔法エクスプロウジョンで蒸発したロードは二匹のみ、残りに二匹はルドヴィクとドムノが追撃していると報告した。

「そうですか!」

ちょっと残念だった。
そうこちらの思うようにいかない。
「予定通り、追撃は丘の中腹まで止めていますね」
「はい、大丈夫です」

ドムノの方面が一番手薄だったので、アンブラがスキル全開で手助けしたので報告が少し遅れていた。
勢いに任せて追撃しそうなドムノを止めてきたので間違いない。

「ルドヴィクはロードを討伐して満足した様子でした。問題ありません」

マズルとラファウは心配する必要もない。
カロリナは正面を向きながら後背の1点に集中する。
精霊魔法は位置情報さえはっきりしていれば、どんなに遠くでも魔法が使える。
貯水池となった場所の少し手前が、ラファウが指定した場所だった。

「行け! エクスプロウジョン」

ズゴン、丘の向こう側から大きな音が響いた。
その一撃で貯水池を支えていた大きな岩の塊がコナゴナに砕かれ、満水となった池の水を遮るものがなくなった。
一度押された水が勢いを付けて戻ってくる。

まずは、丘の裏側に大量の水が押し寄せた。
中腹より上まで水が押し寄せ、ぶち当たるとすべてを飲み込んで押し返されてゆく、その水が反対側の山に当たってぶつかると、丘の逆側、つまり平原へと流れ出す。
だが、それまでには少し時間がある。

エクスプロウジョンを撃ったカロリナは思ったほどキツくなかった。
二度目だからか、それともレベルが上がった為か、それもその両方か?
いずれにしろ、もう一発くらいは撃てそうな気がした。

平原で一番大きい集団の中心に意識を集中する。
でも、目測では距離感が計りづらい。
こんなことなら練習しておけばよかったと後悔してしまう。
仕方ない。

『エクスプロウジョン』

レベルが上がった効果か、思っていたよりは凄まじい爆発が起こった。
体が熱くならないので、エンペラーは倒せていないようだ。
その中心を吹き飛ばした。

灼熱が天から降り注ぎ、エンペラーを焼いた。
エンペラーも慌てた。
これほど遠距離から攻撃ができるとは思わなかった。
焼き爛れた姿で起き上がると周りに溶けたクレーターと仲間の死骸が転がっていた。
うおおぉぉぉぉ!
叫んだ。
だが、その叫び声を消す水の轟音が聞こえてきた。
灼熱の後に激流が襲う。
流れる濁水の中にある石が礫のように襲い掛かってくる。
岩や石がぶち当たってHPを奪ってゆく。

水が引くと、何とか生きていることを確信する。
起き上がると生き残った仲間が次々と討たれてゆくのを目撃する。
遠くでロードが討たれた。
逃げなければ、そう思うが体中が石のように重い。
火傷、冷却、様々なダメージが体中に残っていた。
重いながら立ち上がって走り出す。

人間が追ってくる。

最初に追い付いたのはルドヴィクだ。
エンペラーの腕を跳ね飛ばした。
後から追い駆けてきたドムノが胸を付いて呆気なく終わった。

カロリナは魔法を撃った後に気を失った。
やはり無茶だったようだ。
目が覚めたときにはすべて終わっていた。

「申し訳ございません。かなりの数を取り逃がしてしまいました」
「ラファウが駄目なら仕方ありません」

黒の森に逃げたゴブリンを追うのは余りにも危険だ。
エンペラーを討伐できた。
カロリナはそれで十分だった。

だが、ラファウは第三勢力のことまで気が回っていなかった。
そうだ!
ゴブリン・エンペラーに駆逐された魔獣達だ。
人とゴブリンの戦いを静観し、敗れたゴブリンに牙を剥いた。
敵同士の魔獣らが手を結び、最悪の厄災を排除した。
森の逃げ込んだ瀕死ゴブリン・ロードもあっさり倒された。
ゴブリンは虐殺される為に森に戻ったようなものだ。
結局、山越えで逃げたわずかなゴブリン以外は全滅した。
それをカロリナらは知らない。
知る必要もなかった。
それより帰ってどんな美味しい料理を要求しようかと思考が動きはじまた。

ご褒美はあってもいいわよね。
もちろん、裏の世界の料理を希望するわ!
否は認めない。
嫌とか言ったら暴れてやる。

カロリナの大冒険は終わったのだ。

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