刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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49. カロリナ、徹夜なんてしませんわ。

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月明かりだけが頼りの闇夜に戦いが続き、マズルとルドヴィクの雄叫びに呼応して二つの閃光が走った。

竜破斬ドラコ・エクシティウム
『神よ、我に力を、天罰エクス・ポエナー

マズルのドラコ・バスターソードが真っ赤な炎の爆裂をまき散らし、ルドヴィクの聖剣エッケザックスが青い一閃の光を闇の中に飛ばした。
圧倒的!
人外のスキルでゴブリン・キング(王)やゴブリン・ジェネラル(将軍)が紙切れのように引き裂かれた。
二人の前に敵はなく、ただゴブリンの死体だけが積もっていった。

「はぁ、はぁ、はぁ、次はどこだ!」
「ルドヴィク、息が荒いぞ。肩の力を抜け。先は長いぞ」
「まだ、まだ、行ける。まだだ!」

ルドヴィクは力の限り剣を振い、押し寄せるゴブリンを引き裂いて死体の山を作り、次の獲物を探す。
ジャン、ジャン、ジャン、銅鑼の音が響いた。

「撤退だ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、俺はまだ!」
「戻る!」

疲労のピークを越え、高揚感が全身を駆けている。
マズルに引き摺られてルドヴィクは悔しそうに砦に戻っていった。
東の空が明るくなってきていた。

 ◇◇◇

丘の下で待ち受けた部隊をカロリナの究極の爆発魔法『エクスプロウジョン』で敵を混乱させ、中央突破でカロリナ達は砦に戻った。
砦にも3,000匹のゴブリンが囲んでいたが、マズルとルドヴィクが戻って来るとあっさり逃げ出した。

砦ではラーコーツィ領兵60人と貴族子息のイェネー、クリシュトーフ、カール、冒険リーダーのレフ、冒険者ジクとニナががんばっていたのだ。

ジクが妖精王から借りた武器は、守る力『イージスの盾』でスキル『イージス』を発動すると、透明な10枚の盾が現れてすべての攻撃を無効化する。
砦の周りを回転させると、ゴブリン達は近づくこともできない。

その攻めあぐむ所に天空から矢は降ってくる。
矢を放ったのはニナだ。
ニナが受け取ったのは聖なる弓『天空の双弓』でスキル『流星雨』は1本の光の矢が天空で数百の矢に分裂して雨のような矢を降らす。
魔法の光矢はゴブリンの持つ木の盾を貫いて、急所に当たれば一撃で致命傷になる。

この二人が惜しげもなく、スキルを発動し続けた。
スキルとスキルの間隙を縫って攻めるゴブリンを皆で撃退し、取り付く暇を与えなかった。
そこに援軍が戻ってくれば、退却もする。

カロリナ達が戻ってきた時は、ジクもニナも精根尽き果てていた。

近衛とミスホラ王国兵は朝から馬に乗って走り詰めで疲れており、食事を取らせて体を休めさせる。
カロリナとジクとニナの三人はお昼寝タイムとなった。

「エル君、疲れているだろうが、ここからは俺達の時間だ」
「はい、カロリナが復活するまで守り切ってみせます」
「マズル様、砦外に出て敵をかく乱して下さい。ルドヴィク、頼むぞ!」
「承知」
「任せとけ!」

マズルとルドヴィクが単身で飛び出した。
物理攻撃大激減(99%カット)、魔法攻撃無効(初級のみ)、チートな武器を装備した無敵モードだ。
リアルの一騎当千いっきとうせん
脆弱な味方がいる方が戦い辛い。
砦に近づく敵を二人が蹴散らして行く。

別働隊で近づく敵はエルの神速剣とラファウの雷撃が撃退した。

「敵が崩れた。突撃!」

敵の大将が討たれた頃合いを見て、味方が追撃を掛ける。
これはミスホラ王国兵とラーコーツィ領兵を二つに分けて交互に行った。
こうして、砦の死守を続ける。
敵を『もぐら叩き』の要領で1つ1つ減らしてゆく。
敵も損害が大きくなれば、ゴブリン・エンペラーも出て来ない訳にいかない。
そこを討伐する。
と、思わせるのが作戦だ。

マズル、ルドヴィク、エル、ラファウがお昼寝タイムを稼いだ。

「マズル兄ぃ、ありがとう。回復できたわ」
「カロリナ様、まだまだ力は余っております。もう少し休まれても構いませんぞ」
「ありがとう。ルドヴィクも食事と仮眠を取って下さい。今度は私が時間を稼ぎます」
「お優しいお言葉。感動です」

ラファウは指揮を貴族子息の一人、クリシュトーフに譲った。

「いい経験になる。お前が指揮を取れ!」
「はい」
「どうして、クリシュトーフに!」
「クリシュトーフが一番冷静だからだ。お前は戦場全体を見ようとしない。カールと二人でカロリナ様の護衛をしっかりしろ!」
「俺だって!」
「これは訓練ではない。実践だ。できる奴しかやらせん」
「判ったよ。クリシュトーフ、しくじるな」
「おう、任せとけ!」

カロリナが正面、ジクとニナが後方、遊撃にアザが付く。
アザの『時空の杖』は死者復活というギフトを持つ杖だが、普通に『次元刃デメンション・カッター』という攻撃ができる。
空間ごと引き裂く、防御不可能な究極の攻撃魔法だ。
水平に打ち出すと、一部隊ごと瞬殺できた。
ただ、残念なのは性格が攻撃的でない。

敵が押し寄せてくると、きゃあ~と悲鳴を上げて敵を壊滅してくれる。
間違ってアザの前に飛び出せば、敵ごと引き裂かれ兼ねない危険な少女だ。
味方も遠巻きに後から見守っている。
カロリナ、ジク、ニナが忙しい時に呼ばれて配置された。

従者エルはあの三人に任せるのが悔しかった。
(カロリナも無敵モードなので守る意味がない)
護衛は自分だという自負があった。
だが、カロリナが仮眠する時間を作るには、エルとラファウの二人で砦を守るしかない。
仮眠を取りながらエルはそんなことを考える。

「ラファウさん、本当にゴブリン・エンペラーは出てくるのですか?」
「どうでしょうかね?」
「自信がないのですか」
「アンブラさん次第です。あちらは消耗戦が巧くいっていると思っている間は出てきません」
「三日も持ちませんよ」
「そうでしょうね。妖精王に強い力を貰っても体力には限界があります。疲れ切って限界を迎えたと思えば攻めてくるでしょう」
「そのときは最悪ですね」
「まったくです」

今のところ、エンペラー(皇帝)どころか、ロード(統治者)も出ていない。
敵の思惑通りに進んでいる。
キング(王)とジェネラル(将軍)が下級のゴブリンを率いて、波状攻撃を仕掛けている。
体力(真素)が尽きるのは時間の問題だ。
3万匹、あるいは、それ以上のゴブリンをすべて狩り尽くすのは不可能であった。
我慢比べの時間が続いた。

「今は仮眠を取りなさい。夜はカロリナ様に寝て頂きます。徹夜になりますよ」
「判りました」

ラーコーツィ領兵とミスホラ王国兵は途中で交代して貰うが、カロリナ達を夜中に起こすつもりはなかった。
空いた穴を四人で埋めなければならない。

「あの王子がもう少し使えれば」
「下手な期待は止しましょう」
「そうですね」
「巧く行けば、明日の朝には決しているでしょう」

ラファウは予言のような言葉を残して仮眠を取った。

 ◇◇◇

死ぬ、死ぬ、死ぬ!
声にならない心の叫びを上げているのが、ヴェン木葉フォウフロスの三人であった。
アンブラに付き添って、敵中で暗殺の任務を遂行する。
もちろん、エンペラーの首ではない。
(狩れるようならエンペラーの首を狩っても構わないと言われている)
ジェネラル(将軍)以上の首を探して狩る。
右も左もゴブリンだらけ!
進むも引くも敵の中!
アンブラ以外に誰がやれる。

黒刃ニガレオス・フェラム

シュートソード剣から伸びた黒い闇の刃がゴブリン・ロードを二つに引き裂いた。
コアを回収もせずに撤退。
アンブラはカロリナと別れると砦に帰らず、草原の中を駆け回った。
ジェネラル(将軍)、キング(王)を数体狩ると追手を差し向けられ、その警戒網を抜けてロード(統治者)を狩った。

すると、向こうも本格的にネズミ狩りを仕掛けてきた。
草原の中で大規模な鬼ごっこ。
鬼さんこちら!
追撃者を誘ってターゲットの首を狩った?
罠だった。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、今度こそ、死ぬ!

「フロス、足を止めるな!」
「無理で~す」
「回復薬はすべて使い切りました」
「一度、徹底を進言します」
「無理だ~よ。敵だらけで丘に戻るなんて無理だ~よ」
「その気の抜けるしゃべり方を止めろ!」

ちぃ、アンブラが舌を打った。
もう一本の借りた剣のスキルを発動する。
幻魔の剣、スキル『陽炎イリュージョン』。
10体の影が生まれ、その10体が辺りのゴブリンを駆逐する。
まぼろしなのに実体がある。
ステータスは2割減になるが、妖精王の大加護のお蔭で限定的にステータスが倍化していた。
それは十体も実体化する。
囲んだ敵を瞬殺した。

「アンブラ様、一人の方が強い?」
「私達、要らない子?」
「このスキルはそう何度も使えない。しっかり付いて来て!」
「休憩した~い」
「敵が許してくれるならね」
「そん~な!」

ネックレスに保存されている魔力が尽きると大加護の効力が切れる。
しかし、平原では補充が利かない。
魔力が切れる前に丘に戻らないとジ・エンドだ。
できるだけ、使いたくなかった。

アンブラはカロリナと合流する必要はなく、黒の森を迂回して別の山に撤退した。
敵前逃亡?
否、要するに魔力回復には妖精王の聖域に戻ればいい。
丘に戻る必要はない。
日が暮れても一晩中、神出鬼没に出たり、入ったり!
アンブラは無敵状態で狩り続けた。

ゴブリンの知恵者に誤算が生じる。

敵の主力は派手に暴れているマズルとルドヴィクではなく、ネズミの方ではないか?
そう考えると、戦力を分散している愚を犯しているのがゴブリンであった。
作戦の修正。
ゴブリン達の動きに変化が現れる。
暗闇の中で小さい集団がいくつか集まって大きい集団を作って移動を始めた。

アンブラも何度か仕掛けるが、下級ゴブリンに遮られて中央まで進めない。

そして、朝日が昇る頃に4つ大きな集団が砦を四方から取り囲むように近づいてきた。
任務を半ば放棄して、アンブラは砦に戻った。

「申し訳ございません。結局、ロードは一体しか倒せませんでした」
「アンブラが無理なら、それは無理なのでしょう」
「申し訳ございません」
「それより見なさい。これが貴方の本当の成果です」

四方からゴブリン大軍が取り囲んでいる。
各1万匹くらい。
その大軍が囲むように布陣し、平原にも1万匹くらいの集団が残っている。
3万匹と言っていたが、5万匹はいるのではないだろうか?
数の暴力で押し潰すつもりだろう。

ふふふ、カロリナが笑っていた。

ゆっくり寝たカロリナは早起きさせられ、眠たい眼を強引に開いていることを除けば、すこぶる絶好調であった。
ジャン、ジャン、ジャン、アンブラが帰還したことでラファウが銅鑼を叩かせた。
朝日を背にマズルとルドヴィクも戻ってきた。

さぁ、終わらせましょうか!

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