刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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48. カロリナ、魔法を使うのがこんなに辛いの?

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カロリナはラファウに言われた通り、川の出口にある絶壁の根元に大量の火の弾を打ち込んで壁を壊して川を埋めた。

『ファイラー・ボール』

妖精王から借りた『爆裂の杖』の威力が凄まじく、初級魔法の『火玉ファイラー・ボール』が中級魔法の『爆裂玉バースト・ボム』並の威力に引き上がっていた。
連続で放つと絶壁の底が抉れてゆき、大きな岩の塊が倒れて川を塞ぎ、ダムのように横たわった。

「これだけ連続で放っても全然疲れないわ」
「そうさね、妖精王の魔道具で大地から魔力が供給されている。消費するのは精神力のみだからさ」
「これならゴブリンが攻めて来ても大丈夫そうね!」
「そう簡単に行くものかね!?」
「行きますよ」

コニはちょっと辛辣な言葉を吐いた。
そう巧くいかないと言う。
でも、そんなことないとカロリナは心の中で否定した。

やはりラファウは凄い。
予言した通りに翌日から大雨が降ってきた。
夏はずっと西から風が吹き、温かい暖気を運んでくる。
冬は東北から風が吹き、寒気と雪を運ぶ。
春と秋は季節の変わり目で天候が不安定になる。
ラファウは説明した。
西南の風が吹くと湿気を帯びた風が吹き、明日には大雨になると言った。
妖精王ウーナは何気に楽しそうだ。

「中々に面白いことを考えるな!」
「お褒めに預かりありがとうございます」
「そう巧くいくのか?」
「行かせます」
「なぜ、断言できる」
「昨日でも明日でも駄目でした。今日だからこそ、勝利を確信できました。カロリナ様は常に幸運を運び、我らに勝利を約束してくれるのです」
「私はお嬢様を信じております」
「俺はカロリナが望むなら、それを叶えるのみ」
「ラファウが勝つと言ったなら間違いない」
「カロリナ様を信じて付いています」
「この小娘も面白いが、お主らも面白いな!」

妖精王は笑いながら姿を消した。
どうせ、どこかで見ているのだろう。

カロリナ達は妖精王に構っている暇などない。
滝のような大雨が降り、生まれたダムの水位が上がってゆく。
それをのんびりと見ている暇はない。
丘の上に砦を造らねばならなかった。

大雨がミスホラ王国中に降ると川に流れ込み、いくつも川が合流して南へ流れてゆく。
岩で堰き止められたダムが一杯になった。
三日後、西の雲間から日差しが漏れて大雨が止んだ。

「さぁ、開戦です」

翌日の早朝から丘を下りて、平原を超えて黒の森に近づいた。
ドムノがミスホラ王国を象徴する『妖精剣』を振り上げて、100人の兵を連れて森に隣接するゴブリンの砦を攻める。

「カロリナ様、お願いします」
「判りました」

支援魔法を放つ。
カロリナは魔力を『爆裂の杖』に通すと、光を上げて起動する。
魔力が杖に吸われているのは初めて実感した。
聖域ではこの感じがなかったのだ。
この『爆裂の杖』は魔法の威力を10倍に増幅する杖だ
そして、支援魔法と言えば、やはりこれだ!

『ファイラー・フレア』

1つの火球がいくつに分かれて着弾すると火柱が上げて、火の粉をまき散らして辺りを火の海に変えると、それが大きな火柱となって天空に伸びていった。
わずか1撃でゴブリンの砦が火の海に変わった。

突撃するドムノらに対抗する矢の数が少ない。
砦の中はそれ所ではない。
ズドン、ズドン、ズドンと所々で爆発が起こる。

「ゴブリン共は爆薬か何かを持っているみたいですな!」

ラファウが冷静に分析している。
ゴブリンの知能は予想よりかなり高いらしい。
動揺と混乱。
避難と消化作業に忙しいのか、ドムノらが抵抗も少なく砦に取り付いた。
殺し合いが激しくなる。
ゴブリンは動揺しており、一方的に攻めていた。
勝利だ。
カロリナの背中が騒がしい。

「私、帰っていいわよね! もう帰りましょう」
「アザ、うるさい」
「私もジクやニナと一緒にお留守番でいいでしょう」

戦闘能力が皆無なアザは妖精王から『時空の杖』を借りた。
その杖のギフトは『時間逆行リセット』という再生魔法であり、死んだ人間を瞬時に生き返らせる。
100回限定だが、強力な魔法だ。

戦闘中に死体を持ち帰る訳にもいかないので、こうしてカロリナの後ろに乗せられて連れて来られた。
カロリナは火矢ファイラー・アローで支援に徹する。

「グロは駄目! 怖いのも嫌!」

アザがうるさい。

「ドラを鳴らせ!」

ラファウが撤退の合図を送った。
砦も守るゴブリン・ジェネラルが出てくる前に撤退する。
ドムノらが戻ってくると、カロリナも馬を返して走り出す。
初日は上々であった。

平原と言っても大きな石がごろごろとしてまっすぐに疾走することができない。
背丈より短い草が茂って足元が見えず、獣道を走って蛇行しながら疾走する。
道には小さな石もあり、馬が躓かないように進路を選ぶ。
こうして2・3日は砦を襲い、あるいは、偵察のゴブリンを地味に倒した。

『停止!』

砦を目指す途中でマズルが大声を上げて軍を止めた。

「マズル兄ぃ、どうしての?」
「遠巻きですが、囲まれています」
「やっと来ましたか?」
「おそらく、そうでしょう」

ゴブリン達は夜の間に平原を移動して身を隠していたらしい。
撤退を開始すると、ゴブリン達が姿を現わして襲ってきた。

「ファイラー・フレア、ファイラー・フレア、ファイラー・フレア」

手筈通り、カロリナは手当り次第に魔法を放つ。
逃げる退路を残して火の海に変えた。
ちょっと疲れた。
威力が大きい分だけ、魔力の消費も多い。

退路を防ごうとゴブリンが後方から現れた。
マズルとルドヴィクが手綱を打って馬に走らせると、道を防ごうとするゴブリン達に駆けこむ。
マズルの手にあるのは巨大なドラコ・バスターソード。
竜退治用に作られた大きな剣だ。
両手の剣を片手で振り回すと、ゴブリン達が吹き飛ばされてゆく。
そして、ルドヴィクの手にあるのは小人族の鍛冶師が作った聖剣エッケザックスだ。
長いロングソードであり、一振りすると青い光を残して、バターが溶けるようにゴブリン達が引き裂かれてゆく。
二人が剣を振うだけで退路が生まれる。
カッコいいな!
誰が見ても二人に憧れる。

でも、まだチートなスキルは封印している。
警戒させる訳にはいかない。
ちょっと手強そうな敵。
そんな認識で油断させて、全軍を丘まで引き付けるのがラファウの計略であった。

包囲殲滅に失敗したゴブリンが雄叫びを上げた。
森全体が揺れたと思うとゴブリンの大軍が溢れ出す。
丘の上で見ていたジクとニナが黒い帯がいくつも這い寄るのを見て背筋を凍らせた。

「気持ちワリィ~!」
「全部ゴブリンですか?」
「何匹いるんだ?」
「触手みたいです」

黒い点がうじゃうじゃ湧き出して、獣道を蛇行して丘に進軍してくる。
上から見ていると、ゴブリンではなくゴキブリだ。
ゴキブリが近づこうとすると、カロリナが炎の壁を作って進路を遮る。

ゴブリンにも知恵者がいる。
こちらにもラファウという知恵者がいる。
騙し合いだ。
どちらが相手の手の平を踊っているか?

カロリナ達が平原中央まで誘い込まれた。
各個撃破を逆手に取られた形だ。
中央に誘われて四方から一気に押し潰す作戦なのだろう。
しかし、カロリナの『ファイラー・フレア』が炎のカーテンを作って、三方から近づけさせない。
退路を考えてあったので成功したハズだ。

上から見ると炎の道が平原中央から丘に向かって戻って来るのが判る。
カロリナの火力に驚いているだろう。
だが、それ自体が陽動であり、川沿いと山沿いの二隊が丘の麓に到達していた。
1つは頂上の攻略に、もう1つはカロリナの正面に展開する。
敵は逃げられることも想定していたのだ。

終わりチェックメイトだ』

カロリナの退路の先にゴブリン大隊2,000匹が集結している。
カロリナは炎の壁を作って敵を防いだ。
しかし、同時にカロリナは炎の壁で左右に逃げる退路も絶った。

『さぁ、死を覚悟に特攻をするか、自ら作った炎に焼かれて死ぬか?』

敵の策士はそんな風に思っているのかもしれない。

「カロリナ様、ゴブリンの大部隊が待っております」
「ラファウ、もういいでしょう!」
「はい、1つ目の封印を解禁しましょう」
「カロリナ様が撃つぞ!」
「全員抜刀。敵をまずは殲滅し、押し通る」
「カロリナ様、おやり下さい」

カロリナは馬に走らせながら『爆裂の杖』に魔力を注ぐ。
ただ、ここまで戻ってくれば、妖精王から借りた首飾りから魔力が補充される。
人種という縛りを外された人外の魔力が使えた。

『エクスプロウジョン、エクスプロウジョン、エクスプロウジョン!』

ゴブリン達の上空に魔力溜まりが出現して弾けた。
その爆熱でゴブリン100匹くらいが一瞬で蒸発し、爆風が数百匹を吹き飛ばす。
それが三発同時に炸裂する。
ゴブリン大隊2,000匹の中に500キロ爆弾3発が落ちてきたようなものだ。

ずごごごぉぉぉぉ~ん!
前衛、中堅、後方にきっちり三発。
敵のゴブリン・ジェネラルも吹き飛ばされた。
死んではいないようだ。
立ち込める爆煙で視界が悪く、確認できないが体が熱くならないのでレベルアップしていない。
おそらく、ゴブリン・ジェネラルは死んでいない。

「混乱しただけです。倒せていません」
「承知!」、「突撃!」

その混乱した間隙をついてマズルとルドヴィクが先陣を切る。
指揮系統がずたずたに引き裂かれており、組織的な抵抗などない蹂躙だ。
二人に続いて、ドムノが率いるミスホラ王国軍100人も突撃した。
カロリナの守りはラファウとアンブラ達に移行される。

「カロリナ、大丈夫」
「うん、大丈夫。頭がちょっとくらくらするだけ」
「だからいったであろう。魔力が尽きないからと言って、妖精王様みたいに無限に使えるわけじゃないって」
「うん、そうみたい」

最上級の究極魔法の1つである『エクスプロウジョン』(爆発の魔法)は、一撃でカロリナの魔力を根こそぎ持ってゆく。
魔力は補充されるが、気力は補充されない。
カロリナは妖精王から貰った万能ポーションを飲んで、気力の回復をする。
でも、気分の悪さは取れなかった。
後方の壁を維持する為に『ファイラー・フレア』を使うと、さらに気分が悪くなった。
魔法を使うほど気分が悪くなるみたいだ。
こんな経験ははじめてであった。

「気力には心素というものがあるのさ。薬で気力は回復できても心素は回復できない」
「これがもっと酷くなると?」
「そういうことさ。体を休めれば回復する」

魔法を使えば、もっと悪くなってゆく?
冗談じゃない。
これではいくら魔力が尽きないと言っても3万匹のゴブリンを焼き尽くすのは無理だ。
ラファウが言った長期戦は不利という意味がやっと理解できた。

「カロリナ様、道が開けました。我らも行きます」
「任せます」
「妖精使いが荒いのぉ」

コニが馬の手綱を預かった。
アンブラらが馬から降りて先頭を走る。
カロリナはマズルとルドヴィクが作った道を抜けて丘の上を目指した。
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