刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

文字の大きさ
上 下
41 / 103

33. カロリナ、山を越えて行こう。

しおりを挟む
美しい絵画のような山々が近づいてくる。
山頂には白い雪の帽子を被り、壮大な山々が連なっていた。
近づくほどに大きさが実感された。
その山を越えて向こうに行こうなんて思う人はそう多くない。

カロリナの一行は王都を南下してからイアスト川の渡河場で一泊すると、早朝から大型船を使って馬車を東に渡して山を目指した。
イアスト川は上流になるほど山が近くなる。
カロリナは近づく山を見上げながら、本当に超えられるのか不安になっていた。
その左手には手付かず大森林が広がっていた。

「ねぇ、マズル兄ぃ! 魔物が少ないのにどうして王都の東を開発しないのかしら?」
「敵が押し寄せてきたとき、大森林があれば侵攻できないからです」
「侵攻ね!?」

カロリナは不満そうに首を捻った。
イアスト川の東側はめずらしい食べ物や果実が多くあった。
これは嬉しい収穫だったのだが、余り取りに行けない。
川で渡るには舟をチャーターしないと行けない。
対岸に村もなく意外と不便だった。

宿泊宿があれば、もっと散策できるのに!

カロリナは常に自分オンリーで考える。
定期便と宿泊村を作りましょう。
侯爵におねだりしたこともあったが見送られた。
ぷんぷんであった。
どうやら国防上の理由で許可が下りなかったようだ。

カロリナは馬に乗りながらマズルにその時の事を話していた。

「ねぇ、おかしいと思わない」
「カロリナ様」

木の実などの他にも山の中腹にある湖の大ザニガニを捕獲にも便利だ。
定期便と宿泊宿村は必要だ。
カロリナはまだ諦めていない。

カロリナは近衛隊と並走していた。
護衛の対象が先頭近くにいるのはどうだろうか?
少なくともよろしくない。
でも、窓の小さい馬車では楽しめない。
マズルとも話せる。
それに馬の方が楽だった。
滅茶苦茶な使者であった。
マズルでなければ許可を出さなかっただろう。

「カロリナ様、町の手前から馬車にお乗り下さい」
「そんなことを心配しなくていいわ!」
「カロリナ様を気にしている訳でありません。我が国の体面を気にしております。私が王から叱責を受けます。どうか、少しでも私をお気づかい下さるならお乗り下さい」
「狡い、も~う判ったわ。町が見えてきたら乗るわよ。それでいいでしょう」
「ありがとうございます」
「マズル兄ぃのお願いだから聞いて上げるのよ」
「ありがとうございます」
「その代わり、普通に話してね! マズル兄ぃに敬語で話されると気持ち悪いわ」

カロリナが少しデレていた。
マズルに嫌われるのはちょっと嫌だった。
ホンの少しだけよ!
自分でそう言い聞かす。

「では、遠慮なく。騎乗はいいがドレスで馬に乗るのはどうかと思うぞ」
「大丈夫よ。見られていいようにドロワーズを履いています」
「せめて横座りに」
「嫌よ! 景色は半分しか見られないじゃない」
「ならば、せめて着替えるとか?」
「面倒よ。誰も見ていないわ」
「おまえ、本当にレディーか?」
「可愛くなったでしょう」

うん、可愛くなった。
だが、そういう問題ではない。
ドレスで馬車に乗るのがはしたない。
風でスカートが揺れると下着が見えてしまう。
たとえ、ドロワーズとしても。
他の近衛達が見ないように気を使っていた。

「おい、あの馴れ馴れしい近衛は誰だ?」
「昨日、あいさつを聞いていなかったのか。第1中隊第3近衛小隊長殿だ」
「そういうことを言っているのではない」

ドスの聞いた声でルドヴィクが声を荒げた。
もちろん、ラファウも判っている。
マズルとは二人とも王城の自主練で何度か手合せをした中だ。
ルドヴィクも嫌いではなかった。
群を向いて強く、世話好きでお人好し、部外者の財務官の新人でも練習に付き合ってくれる。
話せる近衛であった。
だが、今回は違う。
カロリナとマズルが楽しいそうにおしゃべりとしている。
ルドヴィクの敵であった。

兄のレヴィン侯よりルドヴィクとラファウは秘書として随行を命じられた。
二人とも学園を卒業して財務官として大蔵省に所属していた。
騎士団志望であったルドヴィクが財務官になったのも、カロリナの為だ。
近衛や騎士団に入ると自由が利かない。
カロリナが遠出やダンジョンに入る時に随行できない。
カロリナを警護する。
タダ、その為に夢を捨てた。
ルドヴィクだけではない、貴族学園のカロリナ親衛隊は大方が大蔵省に就職している。
レヴィン侯の私兵となった!
その一番と自負があったルドヴィクにとってマズルの登場は晴天の霹靂へきれきである。
独占した訳ではない。
特別な誰かでありたいと願っていた。

ぐぐぐ、ルドヴィクと同じように歯ぎしり立てて悔しそうに前方を見つめるのは、ルドヴィクの弟であるイェネーがあった。
反応が同じだった。

「彼奴は誰だ! カロリナ様に馴れ馴れしくしやがって!」
「諦めろ!」
「クリシュトーフは悔しくないのか? ポッと出の奴で奪われて!」
「ポッと出はむしろ、僕たちの方じゃないかな?」
「うむ、カールが正しい」
「そんなことはどうでもいい。彼奴は誰だ?」
「昨日、あいさつしたじゃない。カロリナ様のお兄さんのような存在だって!」
「アザ、お前もカロリナ様を取られて悔しくないのか?」
「私は別に。でも、マズル様ってかっこいいわよね!」
「カッコいいです」
「急に呼び出されたら海外に言うとかいうカロリナ様も大概だけれど、イケメンが集まるから眼福だわ。これだけは感謝ね!」
「はい、眼福です」
「ニナちゃんも判っている!」
「ラファウ様も、ルドヴィク様も、マズル様も素敵です」
「ニナ、あいつらに憧れているのか?」
「はい、昨日はラファウ様に声を掛けて頂きました。幸せです」
「うおおおぉ、そんな! 俺はどうしたら?」
「少年、がんばれ! まだ、成長はこれからだ」
「うん、判った」

冒険パーティ『森の守人の息子シルバ・デフェンシオン・パブ・フィーリウス』(略して、森人シルバ・ホミネース)も付いて来た。
アザは強制参加、ジクとニナはお気に入り枠で参加。
リーダーのレフを始め、レベルの高い6人のみが選抜された。
残念ながらカロリナの護衛として三貴族子息は選ばれなかったが、それでも付いて来たかったので臨時メンバーとして貰った。
他のメンバーはブーイングものだが、貴族様に頭を下げられると仕方ない。
と言う訳で冒険パーティ9人が参加だ。

因みに森の守人の息子シルバ・デフェンシオン・パブ・フィーリウスは総勢30人の大冒険者パーティに成長していた。
駆け出し冒険者の研修会を実施し、手伝ってくれる卒業した冒険者が自然と加わって大所帯になっていた。
皆、屋台においしい肉を届ける冒険者を増やす会のお手伝いだ。
カロリナは嘘偽りなく、本心でそう言っている。
でも、みんなは駆け出し冒険者の為に研修会を開いてくれると感謝していた。
王都の冒険の間では凄ぶる評判がいい。
新人の死亡率も減って、冒険ギルドも感謝していた。
皆、カロリナを『俺の姫様プリンケプス・ミィア』と呼んでいた。

この使節団にはラーコーツィ領兵の兵士60人も付いてきていた。
カロリナの世話をする為にオルガ達侍女も数人同行している。

延べ100人近い一団がミスホラ王国を目指して山道を馬車で登り、深い谷の道を進み、少し広がった村に到着した。

山の中腹、はじまりの村ティンポル・ディムスであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...