刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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26.カロリナ、黄金芋で問い詰められる。

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カロリナ祭の当日。
なぜか馬車の前で待っていたのは、護衛騎士見習いのイェネー・ファン・ルブリン、その兄のルドヴィク・ファン・ルブリン、そして、兄の友人のラファウ・ファン・ウッチの三人であった。

イェネーは毎度おなじみの護衛騎士見習いである。
残りの二人はおらず、現地に先に向かったらしい。
はじめての警護任務にはりきって落ち着きなく、兄の拳骨を貰っている。
同じ馬車に乗れることがそんなに嬉しいのだろうか。
素材は悪くないのだが、子供っぽさがそのすべてを大無しにしていた。

兄のルドヴィクは背も高く、体付きもがっしりとして頼りがいのある好青年であった。
落ち着いたブラウンの目が優しそうな笑み、たなびく茶色の髪が似合うとても紳士的だ。
学園に設置されたカロリナ親衛隊の二代目団長を命じられたと自慢した。
カロリナは自分に親衛隊が存在してちょっとびっくりであった。

最後にあいさつをしたラファウは銀色の瞳でカロリナをするどく見つめる。
金髪の髪が艶やかで女性のような白い肌と細身で美しいスタイルの青年であり、カロリナの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを見逃さず、その本質を抉り出そうとしているかのようだった。

「初にお目に掛かります。天空の絶対神ユーリ様のお導きでご拝顔できることを心から感謝しております。かの不屈王アール様はこの地に降り立ったときに大地の精霊リャナン・シーに盟約の忠誠を誓ったと申します。この私目にこの出会いを祝して、祝福の女神テイディーに誓うことをお許し下さい」
「許しましょう」

そう言ってカロリナは右手を差し出し、ラファウはその甲にキスをした。
親しく接することを許す証しであり、成人の男性が淑女に対してする行為だった。
まだ、8歳にもならない少女にする行為ではない。
カロリナもはじめてだったのでドキドキした。

「女性として扱われたのははじめてでございます」

カロリナがそう答えるとルドヴィクは「その手があったか」と悔しがっていた。
ただ、ルドヴィクに攻められるラファウがきょとんとしているので意図してやった訳ではないようだ。
あるいはラファウはカロリナを女性と見なす、特殊な性癖を持つ方“ロリコン”なのだろうかとも疑ったが、変な目で見る様子もないのでカロリナは考えるのを止めた。

おかしい。
何がおかしいかと言えば、馬車でこの三人が待っているのが不自然なのだ。
家族で移動するときは、必ず兄のレヴィンが同乗する。
他の者に馬車を譲るなど考えられない。

どういうこと?

カロリナは不思議がったが拒絶する訳にもいかない。
馬車にエスコートしたのはルドヴィクであった。
席に付き、馬車が走りはじめると改めてルドヴィクが頭を下げた。

「こちらこそ、無理をお聞き届け頂き、ありがとうございます」
「道中、御一緒。よろしくお願いします」
「お任せ下さい。道中の安全は保障したします」
「ルドヴィク様なら、どんな夜盗が現れても一撃で葬られることでしょう」
「もちろん、それも可能ですが、カロリナ様の出番を奪うつもりはありません」
「あら、それはどういう意味ですの?」
「弟から聞いております。民草の為に夜盗などという不埒な奴らを討伐に出歩かれていると」
「それは誤解です。どうぞ、お気兼ねなく討伐して下さい」
(盗賊ではなく、盗賊という魔物ですと付け加えて心の中で呟く)
「判りました」
「貴族学園にお通いとか、詳しく聞かせて下さい」
「もちろんです」

ルドヴィクとばかり話すカロリナを見て、弟のイェネーが恨めしそうな顔をしていた。
内心、カロリナは面倒だった。
エルと二人で気軽く現地まで行くのが楽だったのだ。
が、お客様が乗っていてはお令嬢モードを解く訳にいかない。
エルも後ろの従者席に腰かけている。
貴族が前に座ってしまっては仕方ない。

「学園に私の親衛隊ができているとは知りませんでした」
「聡明なカロリナ様の為に今から準備せねば間に合いません」
「余り無茶をなさいませんようにして下さい」
「逆らう奴は全部、ぶん殴ってやります」
「乱暴はお止め下さい」
「畏まりました」
「ラファウ様も親衛隊の方ですか?」
「いえ、こいつはまだ入っておりません。春の頃はカロリナ様の行為を幼稚的と罵っておりました」
「それは手厳しい」
「安心して下さい。最近は心を入れ替え、カロリナ様の聡明さを気づくようになりました。こうしてお目通りが叶い。見立て間違いを改めれば、親衛隊に入ると約束してくれております」
「ルドヴィク様はラファウ様にご執心なのですわね」
「悔しいですが、こいつは天才です」
「いつも言っているだろう。天才ではない、ただの秀才だ」

自分で自分を秀才と言い切るだけでも凄い。
それだけ自信があるのだろう。
ルドヴィクではすべての学科を満点で通過し、論文を発表して『学士号』を得ており、一年で学士号を取ったのは50年以来の快挙らしい。
親衛隊の頭脳として、何としても入って貰わないといけないと言う。

他にもカロリナがびっくりすることが沢山あった。
春の式典の事を伝説のように歪曲して語られていた。
カロリナが王妃候補から身を引くと言い出し、王宮の不和を取り除いた?

えっ、私が御婆様と王妃様の仲を取り持った!?

全然、身に覚えのないことであった。
式典の後、クリフ王子の妃はご生母様がセーチェー家のテレーズ令嬢を推薦し、王妃様がカロリナを推薦するという穏やかに雰囲気に変わったらしい。
睨み合い、その場にいるだけで恐怖したご婦人達は、互いに譲り合う二人を見て胸を撫で下ろした。

ご生母様を説得したのはカロリナであり、その慎ましい行為に感動した王妃様はラーコーツィ家のご令嬢が次期王妃になることを許されたと語られている? 

すべてカロリナの功績にされていた。

まったく身に覚えのないことなので、どう答えたものかと悩んだ。

「カロリナ様、もし王子が逃げ出さなかったときはどうされるつもりだったのですか?」
「ご想像にお任せします」
「ははは、そうですな! ラファウもそんな無粋なことを聞くな。聞いてしまっては面白みがなくなります」
「おまえの方が知りたがっていただろ」
「それは事実だが、本人に聞くものではない。そうですな!」
「はい、察して頂いてありがとうございます」

ホント、カロリナはまったく身に覚えのないことを言われて答えに窮した。
どうするつもりだったと聞かれても答えられる訳もない。
カロリナの十八番。
思わせぶりなことを言って煙に巻くだ。

中々、本性を出さないカロリナにラファウが単刀直入に聞いてきた。

「どうやら思わせぶりなことを言うのがお好きなようですな!」
「ほほほ、何のことですか?」
(拙いですわ! バレてます)
「式典の本音、魔法習得の早さ、町を徘徊する理由、どれ一つ、本心を言って頂けないようですな!」
「大した理由ではないからです」
(何の事か知らないからです)
「そうやって、また本心を隠す」

カロリナは焦った。
バレている。
きっと式典でトイレに駆け込んだことを知っているのね。
魔法の勉強を手抜きしていることも。
アザちゃんと遊びたいから町に行っていることも。
見透かさられている。
ドレスの中で冷や汗が浮き出てくる。
鋭いラファウの銀色の瞳は真実を写す鏡なの?
どうする、どうする、どうする?

「黄金の意図はどこにあります。何故、あの者らに任せたのです」

えっ、黄金芋の事まで知っているの?
黄金芋、10日前に金貨1,000枚のお礼に屋台のみんながカロリナに願いを聞いた。

“何かして欲しいことはないか?” 

特に思い当たることはなかったが、心残りが2つあった。
1つは、黄金芋。
もう1つは、ザニガニであった。

ザニガニは比較的簡単だ。
もう一度取りに行って、泥抜きをすれば食べることができる。
こちらは簡単な願いだ。
だが、黄金芋をいつでもおいしく食べられるようにするのが難問であった。

「家でゆったりと黄金芋を食してみたいですわ。家に持って帰ると美味しくなくなるでしょう。家族のみんなと黄金芋をおいしく食べてみたいのです」

屋台の衆が固まった。
貴族が黄金芋を食べる訳がない。
何を言っているのか判らなかった。

「(おい、貴族が黄金芋を食べるのか?)」
「(そんな訳ないだろう)」
「(そもそも、貴族なら時間停止の魔法鞄を使えば、いつでも可能だ)」
「(おぉ、そう言えば、そんな便利な道具があったな!)」
「(じゃあ、どうして?)」
「(俺達と一緒に食べたいという意味ではないか!)」
「(俺達を家族と言ってくれる)」
「(まさか、信じられるか!)」
「(そんな訳がない。よく考えろ!)」
「(家族というのは、下町の家族という意味だ! 黄金芋を食卓に持って帰れば、食卓も豊かになるだろう。カロリナ様は俺達のことを考えてくれている)」
「(おぉ、それだ! それに違いない)」

屋台の主人はカロリナの真意を歪曲した。
カロリナが本気で食べたがっているとは思わなかった。
下町の庶民が豊かな食事にする。
それがカロリナの願いだと信じた。
なんて、優しいお嬢様だ!

「町の食卓に黄金芋がならぶように工夫いたします」
「ええ、お願いするわ」
「いいか、みんな。カロリナ様は俺達の食卓が豊かになることを望んでおられる。その願いを叶えよう」

うおおぉ、屋台の店主達はそう言って声を上げた。

えっ、みなさんの食卓を豊かにするって何ですか?
みんなが感動していたので否定できない。
力強く否定するのも面倒臭いので、カロリナはそういうことにした。

今、ラファウに問い詰められてカロリナは困った。

「当然、皆の食卓が豊かになる為です」

屋台の店主の言葉に乗ることにした。

ラファウが驚いた。

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