刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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17.カロリナ、悪党を成敗する。

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町に入るとその悪臭の鼻を抑えた。
臭い、臭い、臭いよ。
舞踏会の最終日の庭園のような臭いが漂っていた。

「アンブラ、この臭いはなんですか?」
「町の汚物の臭いです」
「よくこんな所に住んでいますね」
「下町では汚物処理にスライムを飼っておりません。当然ですが、浄化魔法を使える魔法使いもいません。ですから、こちらにはお連れしたくなかったのです」
「仕方ありません。串肉の為です。我慢しましょう」

串肉の為ならくじけないらしい。
町は木造造りの家が多い。
商人の町が石造りであったのと対照的であった。
でも、こちらも活気に満ちていた。
但し、ガラの悪そうな奴も多い。
その中からこちらにやってきた大柄の男が口を開いた。

「おぉ、餓鬼共じゃねいか!」
「ボレックさん、お久しぶりです」
「最近、景気が良さそうだな」
「なんとか、がんばっています」
「ほぉ、角兎に牙きつねか! 悪くない。貯まって上納金として貰おうか」
「すみません。これは渡せません」
「なんだと!」

胸元をぎゅうと握る。
威圧が半端ない。
同時に数人が集まってくる。

「誰にものを言っているんだ」
「無理です。できません。許して下さい」
「そこの汚い奴。手をどけなさい」
「なんだ! そのチビは?」

カロリナはフードを取って顔を見せた。
さらさらの金髪の髪が下町の人間でないことを示していた。
そこにひれ伏しなさいという意志表示であった。

「そいつが雇い主か!」
「そうよ。その汚い手を放しなさい」

大男が手を放した。
中々に素直と思ったが、どうやら違うらしい。
カロリナに近づいてきた。
ジクとニナが子供ながら怖いのに耐えてカロリナの前に壁を作っている。
忠誠心に笑みが浮かぶ。
アザはカロリナの後ろに隠れた。
清々しいほど友達がいない。

「ありがとう。でも、あなた達は後ろに下がっていなさい」
「カロリナ様!?」
「大丈夫よ。私にはアンブラが付いているもの。エル、みんなを後に下げなさい」
「畏まりました」

大男はずっと威圧が掛けているが、カロリナは涼しい顔だ。
イケメンのお父様だがカロリナを怖がらせた者に対して、お父様が放つ恐怖は凄まじい。
見慣れていた。

『儂の娘を怖がらせたのは誰か!』

むしろ、お父様の恐怖でみんながおもしろい顔をするが面白かった。
慣れというのは恐ろしい。
それに比べれば、王妃の恐怖も平気だった。

この大男は威圧で人を脅すのが得意だった。
精一杯の威圧は放った。
カロリナはきょとんとしたままだ。

「何のつもり?」

涼しい顔で答える。
威圧は諦めた。
こうなったら腕力だ。
ずかっと1歩近づいた。

「こんな餓鬼を雇うより100倍は役に立つぞ。俺らを雇わないか?」

仲間らしい奴が武器を構えて、アピールしている。
カロリナを金持ちの商人の娘、あるいは、小貴族の娘と勘違いしているのだろう。
そりゃ、そうだ。
国王に次ぐ、大侯爵家の娘が下町の駆け出し冒険者を雇うなど思わない。

「断る。その汚い顔と息を近づけるな!」
「なんだと! 下手に出れば付け上がりやがって、ここをどこだと思っている。警邏様も寄り付かない悪路(下町)だぞ! 生きてここを出たいなら、大人しく俺らを雇いな!」
「ははは、何のつもりだ。まさか、自分が私より強いとか思っているのか? 黒コゲにしてやろうか? それともアンブラに命じて、首を刎ねてやろうか?」
「いいか、俺はこの辺りを仕切っている…………!?」

大男がカロリナに腕を向けた瞬間にすぱっと腕を切り落とされた。
大きな腕がどかっと落ちる。
カロリナに近づくのを許す訳がない。
アンブラの動きに誰も付いていけない。
落ちた腕を放置して、軽く蹴り飛ばすと仲間の方に転がっていった。

フードが取れた。
アンブラの美しい容姿と妖精種に特有の尖った耳がぴくぴくと動いているのが見えた。
そう、警戒していると耳がぴくぴくと動くのだ。

カロリナは菊の花のような鮮やかな金髪にブルーサファイヤのような青い瞳を持ち、左目の下に泣きホクロがチャームポイントの可愛い女の子だ。

「転がっていないで、何か言なさい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

一瞬の静寂が訪れた。
その中心に可愛い少女と美しい美少女が立っている。
ビジュアル的には、その美貌に『おぉぉぉ!』と騒ぐ所なのだろうが、今は転がった男の腕が無くなっていることに注目が集まっていた。

「俺の腕が! 俺の腕が!」

大男の腕はカロリナの足元に落ちていた。
完全な敵対行為であった。
ヤラレタのか?
こうなれば!
おぃ、野郎共。
かちゃ、かしゃ、がちゃ、仲間が一斉に武器を構える。
命知らずだ。
アンブラの動きを見ていなかったのだろうか?
殺してくれと言っているようなものだ。
しかも屋根の上では、他の三人も武器を出している。

「待て、待て、待て、待って下さい」

後ろが慌てて走ってくる着流しの男が声を上げた。
素早く近づくとジャンピング土下座だ。
恥も外聞もない。
印籠を見て、はははぁぁぁと跪く悪党のようであった。

「どうか、お許し下さい」
「会頭、止めてくれるな!」
「そうだ! ここまでされて下がったら舐められますぜ」
「うるさい。おまえらは黙っていろ!」

着流しの男が周りを黙らせる。
威圧の上位である『威嚇』が発動している。
周りが恐怖で引き攣っていた。

「私はフベルト・ヘンリクと申します。この辺りを仕切る悪党で、蛇竜会アングィス・ドラコの会頭をさせて頂いております。この度の無礼。平にお許し下さい」

アンブラもびっくりだ。
悪路(下町)を治める八悪党の1つがあっさりと降ってきた。

「素直な態度、嫌いではないぞ」
「ありがとうございます。お許し頂けますでしょうか?」
「無礼は許そう」
「ありがとうございます」
「言っておくが、私の庇護下にある者に何かするなら容赦はしない。この子らから上納金を取るつもりか?」
「いいえ、滅相もございません。我が蛇竜会アングィス・ドラコは一切手出しを致しません」
蛇竜会アングィス・ドラコはこの下町を治めているのか?」
「…………いいえ、この辺りのみです」
「素直だな!」
「力が足らず、申し訳ございません」
「他が手出ししたときは責任を持たんというつもりか?」
「いいえ、この蛇竜会アングィス・ドラコが総力を持って、庇護下の子供らをお守り致します」
「ははは、気に入った。フベルト、お主も我が庇護下とする。困ったときは相談に来い」
「ありがとうございます」

アンブラとエルは訳が分からなかった。
貴族相手でも喧嘩をする。
そんな前評判の悪党だ。
まさか、悪路(下町)の連中に侯爵の威光が届いているとは思っていなかった。
その点、アザは素直に侯爵家って凄いわと感動していた。

「カロリナ様、凄い!」
「ははは、そうであろう」

カロリナは今日も元気だった。

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