上 下
20 / 103

16.カロリナ、黒パンがお好き?

しおりを挟む
どうして、黒パンが好きと思ったのだろう?
どうして、肉串を気に入ると思ったのだろう。
カロリナは肉串に食いついたけどね!

ニナは10歳になって冒険ギルドで登録した。
それまで町の手伝いで銅貨1枚を稼ぐ程度の仕事しかなかった。
貧しい家の子は大抵がそんなものだ。
ニナは栄養失調からカロリナより小柄な女の子であった。
友達のジクと一緒に薬草摘みの仕事をして日銭を稼いでいた。
カロリナと会う日まで!

「おぉ、これが黒パンですか!」
「カロリナ様が食べてみたいと言っていたので買ってきました」
「固くて拙いよ」
「ホントね。固く拙いわ」!」
「カロリナ様の白パンは柔らくておいしいです」
「そうでしょう。たくさん持ってきたから食べなさい」

カロリナがはじめて東の山に入るとジクとニナが薬草摘みに行く所だった。
そのとき、アンブラが言った。

「カロリナ様、現地ではその土地の者を雇うのが貴族の礼儀であります」
「それはどうして?」
「カロリナ様は自分で薬草を摘むつもりなのでしょうか」
「まさか、その為にアザを連れてきています」
「では、アザ殿をお雇いになられる訳ですね」
「駄目よ。アザは友達よ」

友人とは主従関係がないと教わっていた。
アザを雇えば、主従関係になる。
それは駄目であった。
アザは首をぶんぶん振って否定していた。
貴族様とお友達と言われて喜ぶ庶民がどれほどいるだろうか?
況して、カロリナは侯爵令嬢だ。

「では、現地のこの子らを雇ってはどうでしょうか?」
「そうね! そうしましょう。 金貨1枚でどうかしら?」

子供達とアザが目を丸くして驚いた。
金貨1枚といえば、こちらの価値で10万円だ。
黒パン1個が銅貨1枚(10円)だ。
日当10万円って、どんな特殊技能者かと聞きたくなる。

でも、侯爵家の令嬢に正しい金銭の価値を期待する方が間違っている。

「流石に驚かれたようですので、銀貨1枚にしてはどうでしょうか?」
「そうね、アンブラがそう言うならそうしましょう」

カロリナの金銭感覚も大概であったが、アンブラの金銭感覚も当てにならない。

駆け出し冒険者なら大銅貨3枚(300円)が相場である。
ジクとニナが薬草摘みをがんばっても小籠4つが限界であり、一日の稼ぎは銅貨12枚だ。
二人で大銅貨1枚(100円)くらいの稼ぎしかない。
体が小さいこと、経験が乏しいことを差し引いて、一人大銅貨1枚でもよかった。

ジクとニナは大変な幸運を拾った。

いつ来るか判らないカロリナを待つようになった。

お昼はお弁当の交換だ。
ジクとニナが持ってくるお弁当は黒パンであった。
同じパンにならないように品を変え、店を替えるなど工夫をしていた。
カロリナが来ない日はパンを半分にして食べていた。

カロリナは「固い」、「拙い」と言いながら美味しそうに黒パンを食べた。

「ねぇ、カロリナ様は黒パンがおいしいのかな?」
「俺はカロリナ様が持ってくる白パンやハムやチーズの方が美味しいと思うぞ」
「私も!」
「カロリナ様は貴族様だから俺達と違うんだ!」
「そうか!」

誤解もいい所であった。
食い意地が張ったお嬢様は美味しくならないかとハムやチーズを乗せてみるなど模索を続けた。
カロリナの努力の結果、
砂糖入りミルクに浸すと黒パンも食べられる程度には美味しくなると判ってきた。
その砂糖は高価だ。
砂糖入りミルク1杯で銀貨3枚もいる。
白パンを素直に買った方が安い。
でも、侯爵令嬢のカロリナは気にしない。
カロリナの努力はどこに向かっているのだろうか?

因みに、イェネー、クリシュトーフ、カールの三人はそんなカロリナの努力を見て、逆にカロリナを尊敬していた。

「カロリナ様はどうして庶民と食事を交換されるのだ?」
「イェネー、そんなことも判らんのか!」
「クリシュトーフ、貴様は判っていると言うのか?」
「当然だ。カロリナ様は民のことを知ろうとされている。我々貴族は民の上に立っているが民のことを知ろうとしない。それでは義務が果たせないであろう」
「義務とは、民をどう統治することか?」
「カール、君は中々に察しがいいね! 民はどう生き、何を望んでいるかを知ることから始める。カロリナ様は民を知るという高貴なる者の義務レジアス オッフィキウムを実践されているのだ」
「そんなことは知っている」
「僕たちも見習うべきですね」

大誤解であった。
クリシュトーフは頭が良く、カロリナの行動を都合よく歪曲していた。
信頼は人を盲目にするらしい。
イェネーは実直な馬鹿であった。
そして、カールは素直な子であった。

その日、すっぱくて食べられない木苺を見つけた。

「鳥はおいしそうに食べるのにおかしいわ」
「熟すると少しすっぱさが消えて食べられます」
「人参と同じね」
「でも、熟すまで待っていると鳥で全部食べられてしまいます」
「それは問題ね! いい事を思いつきました。ジャムにして保管すればいいのよ」
「流石、カロリナ様です」

エルは褒めたが、子供達は砂糖なんて知らない。
甘い物と知っているが食べたこともない。
屋敷に帰ってオルガに相談すると木苺のジャムを出してきた。
レシピもあった。
木苺を煮込んで砂糖を大量に入れると出来るらしい。
誰も考えることは同じということだ。
カロリナはこの木苺ジャムを持ってゆき、皆に振る舞うと大好評だった。

「カロリナ様、おいしいです」
「そうでしょう。これで木苺をおいしく頂く方法が見つかってよかったわ。今日はあの木苺を大量にとってジャムを作りましょう」
「カロリナ様、砂糖など高価な物はどこにも売っておりません」
「そうなの?」
「はい。砂糖は金貨と同額で取引され、交易商会でしか手に入りません」
「では、帰りに交易商会に寄りましょう」

交易商会では、注文してから3ヶ月以上も掛かると聞かされた。
カロリナはショックを受けた。
木苺が腐ってしまう。
問題はそこではないが、カロリナにとってどうでもよかった。
カロリナは今日のジャム作りは諦めた。

「おぃ、カロリナ様は何をされているのだ?」
「イェネー、そんなことも判らんのか!」
「クリシュトーフ、貴様は判っていると言うのか?」
「当然だ。カロリナ様は民の食の改善を考えておられる。あのニナという子を見て見ろ!10歳だというのにカロリナ様より小さい。他にも小さい子が沢山死んでいると聞いた。カロリナ様は食を改善し、それをどうにかされようとしているのだ」
「そういうことなら判っている」
「なら、聞くな!」
「カロリナ様はお優しいです」
「あぁ、見習おう!」
「はい」

どうしてそんな解釈になるかの?
とても疑問だ。
ともかく、イェネー、クリシュトーフ、カールの三人の忠誠心は上げていった。

ジクとニナは貴族の味覚は自分達と違うと思った。
だから、自分達が食べる物も美味しく食べると思い込んでいた。
肉串は美味しい。
カロリナ様に提案すると喜んでくれた。
ニナも嬉しい。
全然、疑っていなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...