刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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閑話.準備万端、もうまんたい。

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「金貨1,000枚ですか?」

ボルコ商会のツェザリはカロリナの注文を持ってラーコーツィ家を訪れた。
店にあった半分の商品を納品して金貨50枚だ。
大儲け、大金だ。
在庫処分もできてホクホク顔であった。
しかし、カロリナが言っていた御婆様が後宮に住むご生母様と知って青ざめた。
後宮に商品を届けるには、どういう儀礼が必要かを商業ギルドに問い合わせた答えが金貨1,000枚であった。
目眩を覚えるより、膝から下の力が抜けて座り込んだ。
そんな金は逆立ちしても出て来ない。

後宮に荷物を届けるには貴族の称号が必要であり、貴族の称号を買うには最低金貨1,000枚を王族に寄付しなければならない。

「ご注文がラーコーツィ家のご令嬢であれば、ラーコーツィ家縁の王族に頼むことができます。商業ギルドからお願いすることも問題ありません」

礼儀作法はその王族が教えてくれる。
その指導料が金貨1,000枚とは驚いてしまう。
しかし、金貨はない。
侯爵家に配達できませんと断ることもできない。
完全に行き詰った。
うな垂れるツェザリを見て、受付嬢も心配して声を掛けてくれた。

「ここだけの話ですが、大店に相談すれば、貸して頂けると思います」
「本当ですか?」
「はい、もちろん無条件ではございません」
「そうですね」

大店の大商会からすれば、後宮とラーコーツィ家に取引できることが大きい。
ボルコ商会が取り込まれ、独立した店主から雇われ支店長に格下げになる。
せっかく独立したのに逆戻りであった。

「それしかありませんか」
「他にですが、南方交易会を一度訪ねて見てはいかがでしょう」
「聞いたことありませんが?」
「はい、まだ申請中の交易商会でございます。ダンジョンを発見して古代王の財宝を得たヴォワザン家のご令嬢が設立する商会です。只今、取引先を紹介して欲しいと依頼が入っております。資金が潤沢な商会ですから融資を引き受けてくれるかもしれません」

ツェザリの目に精気が戻った。
新規の商会なら取引先が欲しいのは当然である。
交易商会ということは、商品の仲介業をする商会だ。
後宮とラーコーツィ家に取引できる自分には価値があると思ってくれるかもしれない。
珍しい外国の絹でドレスなどを作れるかもしれない。
ツェザリはすぐに向かった。

 ◇◇◇

中大通りの小さな店に入ると、その男はヤン・イェジィと名乗った。
長身で目はするどく、すべてを見通すような気配を持つ痩せ型の男であった。
その応対の身振りが見事だ。

「南方交易会、王都支店の店長をしております」
「私は裁縫師でツェザリ・ボルコと申します。中裏通りでボルコ商会という服屋をやっております」
「お噂は聞いております」
「噂とは?」
「ラーコーツィ家と取引をされる裏通りの商会と聞いております」
「身の丈に合わぬ取引でした。お恥ずかしい限りです」

ツェザリは事情を話すと簡単に融資を受けてくれた。
南方交易会に加盟することが条件だ、
最低融資の金貨10枚を出すことで加盟できる。
加盟店には貸し出しが可能になり、金貨1,000枚を貸してくれると言う。
しかも金利は年利1割という格安であり、返済は10年の分割と言う。
なんとか目途が立った。

「失礼とは存じ上げますが、ボルコ商会の経営を考えますと、返済が少し厳しいと考えます」

ヤンの指摘は厳しかった。
これから高貴な貴族と付き合うようになると、使う素材費も跳ね上がってゆく。
素材が買えないようでは話にならない。
高位の貴族ほど支払いが後払いになってゆく。
資金繰りが苦しくなるのが見えていた。

「その通りでございます」
「加盟ではなく、提携に切り替えてはいかがでしょうか?」
「どう違うのですか」
「情報を共有し、相互の商品を無担保で取引できるようになります。当然ですが、こちらの商品を売って頂くこともあります」

南方交易会の主な商品は香辛料という。
その仲介をする義務が生ずる。
その他の商品など情報も優先的に知ることができる代わりに、取引で得た情報をすべて南方交易会に報告する義務も発生する。

「つまり、諜報(スパイ)をしろと!」
「はい、その通りです。こちらからも得た情報をボルコ商会に提供します。決して一方的なモノではありません。商人に取って情報こそ武器でございます。情報には対価が支払われますし、貸し出しの上限もございません。資金繰りで困ることもなくなるでしょう」

ヤン・イェジィの声は悪魔の囁きであった。
この魅力的な話を断ることができる商人がいるだろうか?

「私は服屋だが、香辛料を売らねばならないのか?」
「はい、売って頂きます。しかし、それは最初のみです。ルートを確保すれば、大店が取引を申し出てくるでしょう。あとは、こちらに都合のよい条件で取引を進めることができます」

ヤンは細く微笑むと背筋が震えた。
それで王都の大商人を手玉に取るつもりだ。

「あぁ、言い忘れておりました。当然ですが、貢献に応じて報酬が入ります。香辛料は高値で取引されますから、報酬もそれなりに。おそらく、大通りで大店を構えるのも夢でありません。あっ、しっけ。この小さな店の支店長がいう言葉ではありませんな、ははは」

丁寧で大人しそうな声で笑う。
だが、嘘と思えない。
そして、書類を出して話を始める。
ラーコーツィ家と縁のある者の情報と服屋が薦めるのに都合のいいデザインのリストが出てきた。
この手で作ってみたいと思いたくなるものばかりだ。
しかも服を作る工房、手伝いとなる裁縫師、追加の手代、馬車まで準備済みだった。
まるでツェザリが来ることを察していた?
あり得ない。
ツェザリは背筋が震えるのを通り越して凍り付いていた。
狼に狙われた兎だ。

「どうかされました」

ヤンの笑みを見るとツェザリはもう逃げることなどできないと察した。


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