刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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9.ラーコーツィ家の分家っ子は意地を張った。

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北の山を越えると、ラーコーツィ家の分家である屋敷が並んでいた。
その分家ルブリン家の長男ルドヴィクは貴族学園に通う生徒であった。
剣豪である彼は周りから信頼を厚める有望な若者であったが、身の周りのことはからっきしであり、よく忘れ物をする。
ルドヴィクの弟であるイェネーは兄の忘れ物を届けることになった。
あいにく馬車を両親に使われ徒歩で行くしかない。
一人で行くのも何なので隣のザクセン男爵家のクリシュトーフを誘った。

「兄上は俺を小間使いか何かと勘違いしているのではないか?」
「イェネーに会いたいのだろう」
「そんな訳があるか! 家が近いからと言って油断し過ぎだ」

徒歩となると裏道を通る方が早い。
軽快なリズムで林を抜け、山道に入った所でクリシュトーフが急に足を止めた。

「…………」
「おぃ、なんだ?」
「前を見ろ」
「何のつもりだ」
「(声を上げるな)」

クリシュトーフは曲がり角の岩に身を隠すと道の先を指差した。
イェネーも岩に身を隠しながら先を見る。

「何だ? 冒険者か?」
「(大声を上げるな。道ではなく、何故、道の脇に立っている)」
「(休憩?)」
「(そんな訳あるか!)」
「(怒るな、冗談だ)」

周りを警戒にしている。
まるで見張りだ。
だが、王宮に近い場所で盗賊という発想はすぐに辿り付かない。

「(誰かを待っているのかもしれない)」
「(何の為に?)」
「(考えられるのは暗殺!)」
「何!?」

クリシュトーフの予想は要人暗殺ではないかと思った。
貴族ではよくあることだ。
問題はこれに関与するかどうかだ。
悩んでいる間に見張りらしい男が道に降りてゆく。
道の向こうから商人らしい者が歩いてきたのだ。
取り囲んだ。

「助けるぞ!」
「待て! 相手は6人だ」
「襲われている者を見捨てて逃げる訳にいかない」
「巻き込まれるぞ!」
「それがどうした。騎士を目指す者が見捨てるという選択はない」

正義感の強いイェネーが騎士道を選んだ。
一人でも助けに行くつもりだ。
7歳の子供二人が助けに入って何とかなるのか?
否、巧くいく訳がない。
だが、友人を見捨てることはできない。

「判った。手伝おう。でも、いいか『衛兵を呼んだ』と叫べ!」
「おう、任せろ」
「まず、声を上げずにこちらの二人を片づける」
「判った!」

そう言うとイェネーは猪突猛進に突っ込んでいった。

「ひえぇぇぇ、助けてくれ!」
「助太刀致す」

イェネーが助けに応じた。
馬鹿かぁ!
クリシュトーフは顔を歪める。
黙って後ろから二人を刺せば、巧くいけば4対3と数の有利を作れた。
素人が増えたくらいで有利になると思わないが、やらないよりマシである。
なのに!
馬鹿が声を上げた。
当然、イェネーが声でふり返ってしまった。

「(馬鹿野郎、どうして声を出すんだ)」
「(助けを求められた。当たり前だろ!)」
「(声を出さずに後から刺せば、二人は片付けられた)」
「(そんな卑怯なことができるか!)」

クリシュトーフは肩をがっくりと落とす。
相手は6人の暗殺者(盗賊)だ。
逆に、こちらは商人風の者が二人と7歳の子供が二人だ。
生存確率がほぼゼロになった。

「我が従者に衛兵を呼び行かせた。すぐに衛兵が駆けつけるぞ」
「それは拙いな。さっさっと片付けて引き上げるか」
「判っていると思うが、俺達はまとも戦うつもりはない」
「待て! 俺はこいつらを叩きのめすぞ」
「少し黙ってくれ!」
「今日は偉そうだな!」

がははは、盗賊の頭領が高笑いをする。

「衛兵は嘘だな!」

確かに丘を越えた向こうに王宮がある。
衛兵はそう遠くない所にいる。
焦ってくれると思ったがあっさり嘘がばれてしまった。

そりゃ、そうだ。
二人は王宮の方に向かって歩いていた。
従者が衛兵を呼びにいったというなら遠回りになる。
考えれば、簡単なことだ。
こんなことなら“家の者を呼んだ”と叫んだ方がよかった。

うおおおぉ、イェネーが声を上げて部下Dに襲い掛かった。
ガキンと一撃を受けられた。
鍔ごと押し返されてイェネーが転がった。
全然駄目だ。

「死ねや!」

ガシャ~ン、イェネーに向かって振り降ろしてくる剣にクリシュトーフが体ごと剣を向けて受け止める。

「邪魔しやがって!」
「やらせん」
「なら、おまえが先だ」

ひゅるりと敵の剣が蛇にように横に走ってクリシュトーフの腕が引き裂かれた。

「クリシュトーフ」
「大丈夫だ。ちょっと縦に裂かれただけだ」

深手ではないが、痛みで剣を落としてしまった。
無様だ、終わった。
クリシュトーフは乾いた笑いしかでてこない。

『いた!』

梟が通過したような白い影が上空を通過した。

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