4 / 103
3.カロリナは天使に見えた。
しおりを挟む
『ラーコーツィ家ご一家、ご入場』
会場がざわついた。
今世紀最大の王妃選びが始まった。
入って来たカロリナを見つけると高座に座っていたご生母様が降りて出迎える。
この特別扱いだけでもご生母様の執着が窺えた。
「御婆様、本日はお招きありがとうございます」
「まぁ、まぁ、まぁ、今日は一段と可愛らしいわ」
「ありがとうございます」
「なんて愛らしいのかしら! さぁ、こっちに来なさい」
ご生母様はカロリナの手を取って会場の中央に歩いてゆく。
父親の役目をご生母様が変わって行う。
来賓客はモーゼの十戒のように左右に避けて道を作った。
そして、檀上に上がった。
そこには7歳を迎えたオリバー王子が待っていた。
王妃の眉がぴくりと動き鬼のように睨み付け、背後からまるで黒い煙が立ち上がり、周りの者をなで斬りにしそうな殺気が渦巻いていた。
その崩れた顔を見ただけで、ご生母様の口が緩んだ。
してやったり!
式典はどこの令嬢であっても特別に扱えないように準備されていた。
王妃の采配が冴えていた。
ところが!
式典院の段取りを裏切るようにラーコーツィ家が遅れてやってきたのだ。
有力者がすべて入場し終えている。
その中を縫って御生母はカロリナを迎えて檀上に上げた。
誰が見ても特別に見える。
すべてを大無しにしたカロリナを王妃が憎しみを込めて睨み付けていた。
でも、カロリナは涼しい顔だ。
ふふふ、ご生母様が『カロリナと私の勝ちよ』と勝ち誇った。
「カロリナ、こちらが私の息子の王よ。ご挨拶しなさい」
「はい、御婆様」
優雅に流れるようなスカートを少しまくって膝をおった。
まるで成人の女性のような乱れないあいさつだった。
???
首を傾げているのはラーコーツィ家一族の者達である。
カロリナと言えば、一族では良くも悪くも『天使』と呼ばれていた。
屈託のない笑顔で相手の手を握ったり、神を崇めるようなポーズに首を少し傾けて、笑顔を漏らす。
にぱぁ!
その笑顔で魅了してきた。
横に立つご生母様も籠絡された一人だ。
その『最強の笑顔』が飛び出さず、まるで淑女のようにスマートの裾を持ってあいさつをしている。
あのカロリナにしては大人し過ぎた?
もっと型破りなことをする期待と不安を抱いていたのだ。
ラーコーツィ家の当主と兄だけが嬉しそうに泣いていた。
立派になったな~!
親馬鹿とシスコンの二人はブレない。
でも、一族の者達は首を傾げる。
まさか、あのカロリナ様が会場の雰囲気に飲まれた?
あり得ない。
もちろん、会場の雰囲気に飲まれたのではなかった。
カロリナはそれ所ではない。
焦っていた。
ごろごろごろとなるお腹の音に危険を感じ、無駄な動きなどできない。
どうして?
お昼を食べすぎて、馬車に揺られ、適度に歩いた為だ。
当たり前であった。
ヤバぃ、ヤバぃ、ヤバぃ!
早く花摘みにいかなくてはいけない。
とにかく、無難にあいさつをして早く終わらせましょう。
カロリナはここに来た意味も忘れていた。
本当にそれどころではない。
「お初にお目に掛かります。ラースロー・ファン・ラーコーツィ侯爵の娘、カロリナと申します」
「よくぞ来られた。ゆっくりしてゆくがよい」
「ありがとうございます」
「こちらが王妃よ」
「カロリナでございます。よろしく、お引き回しを」
「…………」
王妃がカロリナを睨んだままで口を閉じていた。
沈黙が会場に広がる。
誰も言葉を発せない。
否、発したくない。
何かをしゃべって目を付けられれば終わりだ。
王妃は沈黙に誰も声を上げられない。
ご生母様は勝ち誇ったままで見つめ、無駄な抵抗をする王妃に「何かしゃべりなさい」と無言の圧力を送る。
女の戦いに会場すべての者が蒼白する。
王の顔色も悪い。
誰か、何か言えと目で合図を送るが誰も発せない。
家臣達も命が惜しい。
会場全体が緊張の糸で張りつめてゆく。
これを危険と感じないのは大物か、馬鹿である。
カロリナはそんな空気を読まない。
読めない。
そんな状態ではない。
すでにお腹が緊急事態の域を超えて叫び始めていた。
ここは早く退場せねば!
王妃は黙ったままでカロリナを見ていた。
「王妃様、大変申し訳ないのですが、私は気分がすぐれません。もし、御許可を頂けるなら、ここを退場したと思います。お許し頂けますでしょうか?」
なんと!
ラーコーツィ家の令嬢が王妃にならなくていいと言い出した。
会場は騒然とした。
カロリナ自身がご生母様に逆らったのである。
「カロリナ、貴方は何を言っているのか判るの? 王妃になりたくないの?」
「御婆様、私はどうでもよいのです。私は御婆様が喜んで頂いたい。御婆様がそばに居て頂ければ、それで満足なのです」
「カロリナ、本当にそれでいいの?」
「当然です」
「カロリナ、貴方はなんて優しい子なの! こんな女まで情けを掛ける必要はないのよ」
カロリナは早くここを退場したいだけであった。
貴族院の者が目の輝きを取り戻した。
この王国の危機を回避ができる。
誰も傷つかない。
ラーコーツィ家の令嬢は天使だ!
要するに、ご生母様が納得すれば、みんな幸せになれるのだ。
カロリナ様、がんばれ!
カロリナ様、負けるな!
カロリナ様、まじエンジェル!
貴族の心が1つになった。
「カロリナ、カロリナ、貴方は天使よ」
ご生母様が涙を流してカロリナを抱きしめる。
「おぉ、神よ。私の前に天使を使わせたことに感謝します」
後光が差し、誰もが危機が去った…………と誰もが思った。
「貴方こそ、王妃になるべき選ばれた天使なのよ」
えっ!?
ご生母様もぶれない。
振り出しに戻った。
会場がざわついた。
今世紀最大の王妃選びが始まった。
入って来たカロリナを見つけると高座に座っていたご生母様が降りて出迎える。
この特別扱いだけでもご生母様の執着が窺えた。
「御婆様、本日はお招きありがとうございます」
「まぁ、まぁ、まぁ、今日は一段と可愛らしいわ」
「ありがとうございます」
「なんて愛らしいのかしら! さぁ、こっちに来なさい」
ご生母様はカロリナの手を取って会場の中央に歩いてゆく。
父親の役目をご生母様が変わって行う。
来賓客はモーゼの十戒のように左右に避けて道を作った。
そして、檀上に上がった。
そこには7歳を迎えたオリバー王子が待っていた。
王妃の眉がぴくりと動き鬼のように睨み付け、背後からまるで黒い煙が立ち上がり、周りの者をなで斬りにしそうな殺気が渦巻いていた。
その崩れた顔を見ただけで、ご生母様の口が緩んだ。
してやったり!
式典はどこの令嬢であっても特別に扱えないように準備されていた。
王妃の采配が冴えていた。
ところが!
式典院の段取りを裏切るようにラーコーツィ家が遅れてやってきたのだ。
有力者がすべて入場し終えている。
その中を縫って御生母はカロリナを迎えて檀上に上げた。
誰が見ても特別に見える。
すべてを大無しにしたカロリナを王妃が憎しみを込めて睨み付けていた。
でも、カロリナは涼しい顔だ。
ふふふ、ご生母様が『カロリナと私の勝ちよ』と勝ち誇った。
「カロリナ、こちらが私の息子の王よ。ご挨拶しなさい」
「はい、御婆様」
優雅に流れるようなスカートを少しまくって膝をおった。
まるで成人の女性のような乱れないあいさつだった。
???
首を傾げているのはラーコーツィ家一族の者達である。
カロリナと言えば、一族では良くも悪くも『天使』と呼ばれていた。
屈託のない笑顔で相手の手を握ったり、神を崇めるようなポーズに首を少し傾けて、笑顔を漏らす。
にぱぁ!
その笑顔で魅了してきた。
横に立つご生母様も籠絡された一人だ。
その『最強の笑顔』が飛び出さず、まるで淑女のようにスマートの裾を持ってあいさつをしている。
あのカロリナにしては大人し過ぎた?
もっと型破りなことをする期待と不安を抱いていたのだ。
ラーコーツィ家の当主と兄だけが嬉しそうに泣いていた。
立派になったな~!
親馬鹿とシスコンの二人はブレない。
でも、一族の者達は首を傾げる。
まさか、あのカロリナ様が会場の雰囲気に飲まれた?
あり得ない。
もちろん、会場の雰囲気に飲まれたのではなかった。
カロリナはそれ所ではない。
焦っていた。
ごろごろごろとなるお腹の音に危険を感じ、無駄な動きなどできない。
どうして?
お昼を食べすぎて、馬車に揺られ、適度に歩いた為だ。
当たり前であった。
ヤバぃ、ヤバぃ、ヤバぃ!
早く花摘みにいかなくてはいけない。
とにかく、無難にあいさつをして早く終わらせましょう。
カロリナはここに来た意味も忘れていた。
本当にそれどころではない。
「お初にお目に掛かります。ラースロー・ファン・ラーコーツィ侯爵の娘、カロリナと申します」
「よくぞ来られた。ゆっくりしてゆくがよい」
「ありがとうございます」
「こちらが王妃よ」
「カロリナでございます。よろしく、お引き回しを」
「…………」
王妃がカロリナを睨んだままで口を閉じていた。
沈黙が会場に広がる。
誰も言葉を発せない。
否、発したくない。
何かをしゃべって目を付けられれば終わりだ。
王妃は沈黙に誰も声を上げられない。
ご生母様は勝ち誇ったままで見つめ、無駄な抵抗をする王妃に「何かしゃべりなさい」と無言の圧力を送る。
女の戦いに会場すべての者が蒼白する。
王の顔色も悪い。
誰か、何か言えと目で合図を送るが誰も発せない。
家臣達も命が惜しい。
会場全体が緊張の糸で張りつめてゆく。
これを危険と感じないのは大物か、馬鹿である。
カロリナはそんな空気を読まない。
読めない。
そんな状態ではない。
すでにお腹が緊急事態の域を超えて叫び始めていた。
ここは早く退場せねば!
王妃は黙ったままでカロリナを見ていた。
「王妃様、大変申し訳ないのですが、私は気分がすぐれません。もし、御許可を頂けるなら、ここを退場したと思います。お許し頂けますでしょうか?」
なんと!
ラーコーツィ家の令嬢が王妃にならなくていいと言い出した。
会場は騒然とした。
カロリナ自身がご生母様に逆らったのである。
「カロリナ、貴方は何を言っているのか判るの? 王妃になりたくないの?」
「御婆様、私はどうでもよいのです。私は御婆様が喜んで頂いたい。御婆様がそばに居て頂ければ、それで満足なのです」
「カロリナ、本当にそれでいいの?」
「当然です」
「カロリナ、貴方はなんて優しい子なの! こんな女まで情けを掛ける必要はないのよ」
カロリナは早くここを退場したいだけであった。
貴族院の者が目の輝きを取り戻した。
この王国の危機を回避ができる。
誰も傷つかない。
ラーコーツィ家の令嬢は天使だ!
要するに、ご生母様が納得すれば、みんな幸せになれるのだ。
カロリナ様、がんばれ!
カロリナ様、負けるな!
カロリナ様、まじエンジェル!
貴族の心が1つになった。
「カロリナ、カロリナ、貴方は天使よ」
ご生母様が涙を流してカロリナを抱きしめる。
「おぉ、神よ。私の前に天使を使わせたことに感謝します」
後光が差し、誰もが危機が去った…………と誰もが思った。
「貴方こそ、王妃になるべき選ばれた天使なのよ」
えっ!?
ご生母様もぶれない。
振り出しに戻った。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる