獣人国王の婚約者様

棚から現ナマ

文字の大きさ
上 下
11 / 17

11- 行く先

しおりを挟む



「馬車はどこに向かっているの?」
「お嬢様、心配しないで下さい。まずはケムノ村へ参りましょう」
「ケムノ村へ?」
「はい、私の実家がございますから、そこに少しの間寄せてもらいます。お兄様から荷物が送られてきたら、それからどこに行くかを決めればよろしいのですよ」
テレサの言葉に、安心すると共に懐かしさが溢れてくる。

もう一度ケムノ村に行ける。
ウエンツと出会うことが出来た場所に行きたいと思っていた。
ウエンツに、いや隊長様と出会うことができた大切な思い出の場所を、もう訪れることができなくなるかもしれないと思っていた。最後に見ておきたかった。

隊長様との思い出は、少しも色あせてはいない。
あの頃は純粋に隊長様を慕っていた。でも今は、ウエンツの腕の中の温かさを知ってしまった。口付の甘さを知ってしまった。
アイラはウエンツを忘れ、ウエンツ以外の人の元へ嫁ぐことは、もう出来ない。ウエンツ以外に抱かれるなど、考えることすら無理だ。



「おかしいわ……」
テレサの不安そうな呟きが聞こえてきた。

「どうしたの?」
「ケムノ村へ向かうには西門を出る必要があるのですが、馬車が違う方向に進んでいるようなのです」
「え?」
「このままでは街の東側、歓楽街へと行ってしまいます」
「まさか……」
娼館から逃げているというのに、娼館のある歓楽街へと馬車は進んでいるという。
どういうことなのか、アイラは不安になる。

ドンドンドン。
「道がおかしいわ。どういうこと!」
テレサが御者席のある壁を叩くが返事が無い。
二人は不安のまま馬車に揺られるしかない。

馬車は徐々ににぎやかになっていく街へと進んで行く。
とうとうテレサの予想通りの歓楽街へと入って行き、一件の建物の前で馬車は止まった。

大きな建物だが、ケバケバしく飾り立てられており、目立つ色で塗り立てられた大きな看板がある。上品とは言えない。
アイラには分かっていないが、テレサにすれば、いかにもな建物だ。
なぜ娼館に連れて来られたのか。ヘンドリクの用意した馬車ではなかったのか。

「さあ、着いたぜ。今日からここがお嬢さんの住まいと仕事場になる場所だ」
御者が嫌らしい笑いを浮かべながら、荷台を覗き込む。

「一体どういうことなのっ。ヘンドリク様は、こんな所に連れて行けとは言っていない筈だわっ」
「ギャンギャン煩いばあさんだな。残念ながら坊ちゃんの考えそうなことは、旦那様にはお見通しって訳だよ。旦那様から俺は直接指示を受けているんでね、恨むなら間抜けな坊ちゃんを恨むんだな」
「そんな……」
荷台の奥へと逃げるアイラの腕を掴もうと、御者が荷台へと入って来る。

「お嬢様に触るんじゃないわっ」
「ばばあは邪魔だ、黙っていろ」
「きゃあっ」
テレサは制止しようと御者へと掴みかかり、逆に足で蹴られ倒れてしまった。

「ばあやっ」
「お嬢様、逃げてくださいっ」
「放せ、ばばあっ」
テレサは倒れた体制のまま、必死に御者の足にしがみ付く。
御者から何度も蹴られながらも足にしがみついたままだ。

「早く、早くお逃げ下さい」
息も絶え絶えなテレサは、それでも御者から離れない。

ここでテレサを助けに行けば、テレサの献身を無駄にするだけだ。
絶対にテレサとは再会する。そう心に決めて、アイラは荷台から飛び降りる。

「きやあっ」
「聞いていた話とは違って、元気なお嬢さんじゃないか」
いきなり男に腕を掴まれた。
馬車の音でアイラの到着が分かったのだろう。建物から出てきたらしい。

「いやぁっ、放してっ」
「ハハハハ、元気がいいな。はいそうですかと放す奴がいるわけがないだろう」
男は笑いながらアイラを建物へと引きずって行く。

「お嬢さまぁっ」
テレサの悲鳴が聞こえてくる。

どんなに力を入れて抗っても、男の腕から逃れられないのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そう、番だったら別れなさい

堀 和三盆
恋愛
 ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。  しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。  そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、 『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。 「そう、番だったら別れなさい」  母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。  お母様どうして!?  何で運命の番と別れなくてはいけないの!?

番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫
恋愛
王女でありながら貧しい生活を強いられていたエリサ。 突然父王に同盟の証として獣人の国へ嫁げと命じられた。 婚姻相手の王は竜人で番しか愛せない。初対面で開口一番「愛する事はない」と断言。 しかも番が見つかるか、三年経ったら離婚だそう。 しかしエリサは、是非白い結婚&別居婚で!とむしろ大歓迎。 番至上主義の竜人の王と、平民になることを夢見る王女の、無関心から始まる物語。 ご都合主義設定でゆるゆる・展開遅いです。 獣人の設定も自己流です。予めご了承ください。 R15は保険です。 22/3/5 HOTランキング(女性向け)で1位になれました。ありがとうございます。 22/5/20 本編完結、今後は番外編となります。 22/5/28 完結しました。 23/6/11 書籍化の記念に番外編をアップしました。

『番』という存在

恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。 *基本的に1日1話ずつの投稿です。  (カイン視点だけ2話投稿となります。)  書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。 ***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。 物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。 けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。 ※小説家になろう様にも投稿しています

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

処理中です...