獣人国王の婚約者様

棚から現ナマ

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10― 兄の思い

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朝、目が覚めると身体は随分と良くなっていた。
身体の負担というよりも、ストレスが原因だったのだろう。昨晩思いっきり泣いたからなのか、もう寝ている必要は無くなった。
ウエンツの寝室では、使用人達が常時いて、泣くこともできなかったから。

ベッドから出たアイラだったが、部屋から出るのは躊躇ためらわれた。出戻りの自分が、どんな顔をして家族に会えばいいのか分からなかった。
自宅に戻ってから会ったのは、父親であるハウエル伯爵だけだった。

扉の前に立ち、逡巡していると、またもノックなしに扉が開いた。
アイラは驚きに数歩後ろへ下がる。また、父親が来たのだろうか? アイラの身体は強張る。

「アイラ!」
「お兄様……」
目の前に立っていたのは、アイラの兄、ヘンドリクだった。

「あの……」
何を喋ればいいのか、アイラは口ごもる。

「アイラには、この家から出て行ってもらう」
いきなりヘンドリクは告げる。それも急いでいるようだ。

やっぱり。
家族全員が自分のことをうとましく思っているのだ。アイラの心は沈んでいく。

アイラはヘンドリクと仲の良い兄妹だと思っていた。
父親は子どもをかえりみるような人ではなかったし、母親は父親から虐げられている子どもを庇うことはなかった。ただ貴族の妻の立場だけが大切な人だった。
だから兄妹は、寄り添って生きてきた。
ヘンドリクはアイラを、いつも思いやって可愛がってくれていた。
それなのに……。
涙が溢れそうになるのを必死でこらえる。

「わ、分かりました。準備が出来次第、家から出て行きます」
接待係をろくに務めることが出来なかった自分が、この家に残れば、兄にまで迷惑をかけてしまう。
大好きな兄の足枷になってはいけない。

「いや、今すぐにだ」
「えっ……」
アイラは呆然とする。それ程までに兄に嫌われてしまったのか。
こらえきれなくなった涙が頬を濡らしていく。

「ああアイラ、泣かないでくれ」
ヘンドリクがアイラを抱きしめてくれる。
その腕は、いつもアイラをかばってくれていた時のように温かい。

「なんでお前がこんな目に合わないといけないのだ。ティーナダイ王国の奴らを殺してやりたい!」
「お、お兄様、そんなことを言ってはいけません」
ヘンドリクの言葉にアイラは驚いてしまう。

こんな不敬発言をするなんて、いつものヘンドリクらしくない。
ヘンドリクはアイラと同じで、大人しく慎ましい性格をしているのに。
もしかしたら、それ程までにアイラのことを思ってくれているのだろうか? アイラの沈んでいた心は、温かさを取り戻していく。

「私はお前が連れ去られた時に、手をこまねいて、ただ見ているしかできなかった。ティーナダイ国王に縋ってでも、お前を取り戻すべきだったのだ」
「そんなことをすれば、最悪その場で殺されていたかもしれません。それにシーシュ国我が国からも、どんな罰を受けるか」
レセプション会場では、アイラはあっという間にウエンツに拉致されてしまい、ヘンドリクは同じ会場にいたというのに、妹を助け出すことが出来なかった。
妹に手を差し伸べることすら出来ないままに、会場から連れ去られてしまったのだ。

「アイラすまなかった。不甲斐ない兄を許してくれ」
「お兄様が謝ることなんて何もありませんわ。あの……。お兄様は私を疎ましいとは思わないのですか?」
「なぜアイラを疎ましいと思うのだ。大切な私の妹ではないか」
ヘンドリクはアイラを再度強く抱きしめる。

ほんの数日しか離れていなかったのに、妹はどんな扱いを受けていたのか。
体調を崩したといって、捨てられるようにして家に戻された。
ヘンドリクは胸の中で泣く妹を、ただ抱きしめることしかできない。
ウエンツへの怒りが収まらない。

「アイラ、身体はもう大丈夫か? 動くことは出来るか?」
「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「そうか、良かった。急いでこの家から出ないといけないのだ」
「……はい」
アイラは自分の胸元をギュッと握りしめる。やはりこの家にはいられない。
いくらヘンドリクがアイラのことを思いやってくれても、アイラは家の恥なのだろう。

「アイラ、聞きたくはないだろうが知らせておく。父上が昨夜、娼館に手紙を送られたそうだ。執事のリョンがこっそり私に知らせてくれた」
「娼館に……。ですか」
「ああ。父上はアイラを娼館に売るつもりだ」
父親の考えを知ったアイラは、目の前が暗くなる。

傷物になったアイラは、貴族令嬢としての価値は無くなった。もう真っ当な嫁ぎ先は無い。
年老いた老人の後妻か、爵位目当ての商人か。
だが地位も財産も無いハウエル伯爵家では、政略結婚をしても旨味は無い。それに落ちぶれた貴族の生娘は、他にいくらでもいる。わざわざアイラを選ぶ必要は無い。

今のアイラに残っているのは貴族の娘という肩書だけ。
娼館に送られれば、元になるだろうが、貴族の娘をいいようにはずかしめることができると、多の客から望まれるだろう。

「父上は王家から急ぎの連絡が来て、今は出かけている。父上が娼館の者をいつ呼び寄せるか分からない。今のうちにこの家から出るんだ」
「は、はい……」
アイラは戸惑い、返事もおぼつかない。

父親の酷い仕打ちに、涙を流している暇はないのだ。
家からろくに出たことの無いアイラには、どこに行けばいいのか見当もつかない。
この家を出て、どうやって生活をしていけばいいのか。
お金も持っていないし、知り合いもいない。

「誰かに見られるといけない。荷物は持たない方がいい」
両親に知られなくても、使用人達に見られるかもしれない。
使用人達は、アイラとヘンドリクに対して、やさしかったし酷いことなんかしなかった。だが、逃げようとしているアイラを止めるかもしれない。最悪、ハウエル伯爵に連絡を入れられてしまうかもしれない。

アイラはヘンドリクから手を引かれ、庭へ出るふりをして部屋から出る。部屋着のままだ。
そのまま屋敷の裏門へと行くと、そこには、ばあやのテレサがいた。

「ばあや……」
「お嬢様、心配しておりました」
テレサは涙を流している。
母親からほとんど構ってもらえなかったアイラにすれば、テレサのことを本物の母親のように慕っている。

「アイラ、テレサが一緒に行ってくれる。荷物は後で届けるから心配するな」
「ばあやは私と一緒に行ってもいいの? もう屋敷に戻ってはこられないかもしれないのよ」
「何をおっしゃるのですか。私は何処にでもお嬢様と一緒に行くと決めております。大切なお嬢様を一人で行かせるわけなどありません。こんな年寄りですが、何かの役には立ちますわ」
「ばあや……。ありがとう」
ただただ混乱している今、テレサが居てくれれば、どれほど心強いことか。

「さあ、すぐに出発するんだ。馬車に乗って」
ヘンドリクが示す場所には馬車が待機していた。
いつもアイラ達の乗るハウエル伯爵家の馬車ではない。使用人達が使用する荷馬車だろうか。
荷物を置く荷台にがしてある。

荷台には様々な品物が置いてあり、荷物を降ろしていないのか、積み込んだ後なのか。
だが、奥の方にアイラとテレサが座ることの出来る程度の場所はあった。
二人が馬車に乗り込むと、すぐに馬車は出発する。
ヘンドリクと次は、いつ会えるのか分からない。これから先は、どうなってしまうのかも分からない。

ただ馬車に揺られることしかできないアイラだった。
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