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8― ハウエル伯爵
しおりを挟むガチャリ。
ノックも無しに、いきなり扉が開き、物思いに耽っていたアイラは、ビクリと肩を震わせる。
「お、お父様……」
「まったく、どういうことだ! せっかく接待係に選ばれたというのに、喜ばせておいて返品されるなど、とんだ恥さらしではないかっ!!」
「も、申し訳ございません」
いきなり部屋へと入って来て怒鳴り声を上げたのは、アイラの父親であるハウエル伯爵家の家長ジョーイ=ハウエルだった。
年は40代後半、恰幅も良く威圧感がある。
アイラは母親似で小柄なうえに柔らかい顔立ちをしており、ハウエルとは少しも似ていない。
アイラを見るハウエルの顔は醜く歪んでいる。
ハウエルは生粋の貴族であり、妻や子どもは自分の所有物であり、ただの駒だと思っている。家の役に立つための存在だと。
「家に戻ってきたとは一体どういうことだ!」
「熱を出してしまい、気が付いたら家へ戻されておりました」
「まさか熱が出たぐらいで寝込んだというのか? どれだけ甘えているんだ!」
「申し訳ありません」
ハウエルの言葉に、アイラは、ただただ頭を下げ続けるしかなかった。
「なぜ熱が出たのだ」
「私の身体が虚弱すぎて、ウエンツ様の相手を務めることができませんでした」
閨に侍ることが出来なかった出来損ないだと、どれ程の羞恥に見舞われようとも、本当のことを言わなければならない。
自分の不始末なのだ。
父親の顔を見ることができないアイラは、それでも何とか言葉を続ける。
「陛下を名前呼びするなど、身の程知らずも程がある。それだから追い出されてしまうのだっ。だいたい視察団の皆様が我が国に居られるのは短い間だけではないか。そんな短い間の相手も出来ずに寝込んでしまうとは、余りにも情けないっ。お前のような役立たずが、やっと家のためになるのかと思えば、逆に恥をさらしてしまうなど、情けなさすぎる。最後までお勤めを果たせば、陛下から寵愛を受けた玉体として、多くの家が妻に迎えようとしただろうが、途中で捨てられるなど、ただの厄介者ではないかっ」
「申し訳……ありま、せん」
アイラはただ、震える声で、なんとか謝罪を繰り返す。
アイラが国王にレセプション会場から連れ出された時、ハウエルも会場にいた。
あっという間の出来事だったが、自分の娘が接待係に選ばれたことを知り、どれほど喜んだことか。
シーシュ国からは報奨も出るだろうし、王宮で仕事をしている自分は出世が約束されたようなものだ。
王宮勤めでは、どんなに仕事を頑張ったところで、爵位が低いというだけで認められることは無い。
だが今からは違う。自分を馬鹿にしていた同僚達を見返すことができる。上司ですら自分に頭を下げることになる。自分の後ろには宗主国の国王がいるのだ。ハウエルは一気に有頂天になった。
アイラには、まだ婚約者がいなかったことが幸いした。
家に経済的な余裕がないため、持たせる持参金は無い。箔付けのために貴族の娘を嫁にしたい平民に、支度金を出させて嫁がせるしかないと考えていた。
しかしアイラが最後まで接待係として役割をまっとうすれば、国王からの覚えがいいとして、ティーナダイ王国と関わりを持ちたいと考える家から、婚姻の話しが多く持ち込まれるだろう。こちらが選ぶ側になれるのだ。
しかし、おかしな点もあった。
ティーナダイ王国からはアイラが連れ去られた時に、王宮でアイラを預かるとの連絡が入っただけで、それ以外、梨の礫だったし、我が国の王宮からも何も言ってこなかった。
我が国から接待係が出たのは初めてのことだ。それも国王から選ばれたというのに。
当の本人であるアイラからも伝言一つ来はしなかった。
だからなのかアイラは家に戻された。
アイラに対して怒りを抑えることが出来ない。喜びが大きかった分、落胆を受け入れられないのだ。
ティーナダイ王国から選ばれた接待係だったのに、返品されたことにより、アイラは役立たずの価値無しのレッテルを貼られてしまった。
もうアイラに旨味は無い。純潔を散らされた、ただの傷物だ。
獣人のお手付きとして、まっとうな家から婚姻の話が来ることは無くなった。
「ティーナダイ王国も役に立たなかったからと、あんなはした金しか払わないなど、こっちは娘を傷物にされたというのに」
ハウエルは、アイラの目の前だというのに悪態をつく。
アイラの顔色は、青を通り越して真っ白になっている。金を渡されて返品されたことを知ってしまったのだ。
アイラが屋敷に戻された時、ティーナダイ王国からは、見舞金として高額の金が渡された。
しかし、傷物にされたアイラのこれから先を考えれば安い金額だった。
金額に文句を言うことなどできないハウエルは、ただ受け入れるしかなかった。ハウエルにすれば娘の価値が低すぎて泣き寝入りだ。
「ふん。まっとうな家から嫁の貰い手があるとは思うな。まあ、獣人の相手をした者を好む物好きもいるかもしれん。使い道はあるだろう」
それだけ言うとハウエルは、アイラを見ることなく、さっさと部屋を出ていってしまった。
残されたアイラは、声を殺して、ただただ涙を流し続けるしかないのだった。
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