獣人国王の婚約者様

棚から現ナマ

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6― 虐め

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  すみません。


――― ――― ――― ―――



接待係というのは、閨に侍るだけではなく、選んでいただいた方の身の回りの世話をするという役目がある。
それなのにアイラは、獣人の侍女や侍従達から逆に世話をされている。
どんなに断っても、ウエンツが聞きいれてはくれない。

「いいか、アイラは私の婚約者だ。お前達は私と同じようにアイラに仕えるように」
接待係として寝室に引っ張り込まれた時に、ウエンツは使用人達に命じた。

その場では全員が頭を下げたが、使用人達にすれば、アイラはウエンツのお気に入りかもしれないが人族だ。そのうえ接待係という下賤な者なのだ。仕えるどころか汚らわしいと思っているだろう。
ウエンツがいない時は、露骨にアイラを虐げてくる。
閨を共にしているから、アイラの身体に傷がつくような暴力を振るわれることはないのだが、だんだんと虐めはエスカレートしてきており、視察団が国を発つ頃には、どんな扱いをうけているのか……。
ウエンツの部屋から出ることを許されていないアイラは暗い気持ちになる。

ベチャリ。
「きゃあっ」
熱がなかなか引かず、ベッドに横たわったままだったアイラの顔に、何かが投げつけられた。いきなりのことに訳が分からずアイラは声を上げてしまう。
それは濡れたタオルのようで、絞られておらず、アイラの顔どころか枕まで濡らしてしまった。

「ああ、嫌だ嫌だ。何で私がこんな汚らわしい人族の世話なんかしなければならないのよ。具合が悪いなんて、ただの怠け者でしょうに」
侍女の愚痴が聞こえてくる。

ウエンツはディダンに公務のことで呼ばれて部屋にはいない。
出て行く際に、熱があるアイラの額を冷やすタオルがぬるくなっているから、新たな物を用意するよう侍女へと命じていた。
侍女はアイラに近づくのでさえ汚らわしいと、タオルを投げつけたのだ。

「本当よねぇ。寝ているだけのお仕事だなんて、なんて羨ましいのかしら」
「陛下に媚びるだけのお仕事だもの、ベッドが仕事場なのよ」
他の侍女達はクスクスと笑い合っている。

濡れたタオルをこのままにしておくわけにもいかず、タオルをテーブルへと置くために上体を起こす。枕元にあるテーブルだが、獣人仕様のためにアイラにすれば高くて手が届かない。タオルを置くのにもベッドから出なければならない。
起き上がったアイラは、熱と身体の不調からバランスを崩し、そのままベッドから落ちてしまう。
獣人用のベッドは高い。ギュッと目を瞑って衝撃に耐えようとしたが衝撃はこず、誰かに身体を支えられていた。

「婚約者様、大丈夫でございますか」
「あ、ありがとうございます」
支えてくれたのは、扉の横に控えていた男性護衛騎士だった。
名前は知らないが、ウエンツと同じ狼の耳がある。騎士だけあって、がっしりとした体格をしており、アイラを支える腕は、危なげがなかった。

「私は今日初めて婚約者様の護衛となったが、お前達の態度は何だっ! この方は陛下の婚約者様だぞ、蔑ろにしていい方ではない。このことは陛下にも余すところなく進言させていただく。沙汰を待つがいい」
護衛騎士は、ぐるりと部屋の中を見回し、ニヤニヤと笑い合っていた侍女達を睨みつける。

「何を言っているのですか! 相手は人族ですよ。陛下の視察の間だけの慰み者ではありませんか。なぜ我々獣人が、そんな下等な者にへりくだらなければならないのですかっ」
「そうですわ。陛下の寵を受けているといっても、しょせん視察の間だけ。大切にする必要などありませんわっ」
「私たちは陛下のお傍仕えなのですよ。ただの使用人ではないのです。選ばれた私達がなぜ人族ごときの世話をしなければならないのですかっ」
侍女達が騒ぎ立てる。

「陛下が婚約者様のことを、自分と同じ扱いにしろと命ぜられたと聞いている。それなのに陛下の命に従う気はないということだな。お前達の考えは良く判った」
どんなに使用人達が言い訳を口にしても、護衛騎士の態度は変わらない。

「何もそんなに目くじらを立て無くても」
「そ、そうよ。人族に何をしたからといって、そんなに怒ることはないじゃない」
「視察が終われば、そんな人族、捨てられるだけなのに」
侍女達が取り成そうと近づいて来るのを護衛騎士は、睨みつけて阻止する。

「失礼いたします」
護衛騎士は、アイラのことを抱き上げる。

「ここに居る者達全員が同罪だ。直接手を下さなくとも、婚約者様が虐げられているのを見てみぬふりをしていたのだからな」
護衛騎士は、部屋にいる者達をグルリと見回す。そのまま扉まで来ると、もう一人の護衛騎士が開けた扉から、アイラを抱いたまま部屋を出ていく。

「あ、あのどちらへ」
「驚かせてしまって申し訳ありません。あのような使用人達のいる部屋では、おくつろぎいただくことはできませんので、至急、新しい部屋を準備いたします」
護衛騎士は、一緒に部屋を出てきた、もう一人の護衛騎士へと目配せする。

「婚約者様、お辛い目に合わせてしまい申し訳ありませんでした。すぐに新しい部屋をご用意いたします」
もう一人の護衛騎士は、アイラに頭を下げると、部屋の準備をするためか、走って行ってしまった。

「あ、あの、私は大丈夫ですので。そんなお気遣いいただかなくとも」
「私たちがあの使用人達を気に喰わないだけですので、婚約者様は何も心配しないでください」
護衛騎士は、優しい笑顔を向けてくれる。

これで使用人達のアイラに対する虐めは無くなるのだろうか?
たぶんウエンツや護衛騎士達がいない所で、また同じことが繰り返されるだけだろう。
アイラはそっとため息を吐き、熱が下がらずだるい身体から力を抜くのだった。

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