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3― アイラの居る場所
しおりを挟む「ケーキの食べすぎで胸やけがする……」
風呂も済ませ寝支度も済んだアイラは、ムカつく胃を押さえながらベッドに腰掛けている。
豪華な部屋は、本来ならば下位貴族のアイラなどが使っていい部屋では無い。何日経ってもアイラの緊張は解けない。
それでも接待係に選ばれた瞬間から自宅に帰ることは許されない。お仕えする方の許可がなければ寝室から出ることすら許されない。
この部屋に侍るのも今日で3日目。ウエンツが自国に帰るまで、アイラの居るべき場所はここになる。
「アイラ、入るぞ」
ウエンツが寝室へと入って来る。
ウエンツも風呂を済まされているらしく、黒々とした髪がしっとりと濡れている。
「ウエンツ様、もう少し髪をお拭きしましょうか?」
ベッドから腰を上げようとしたアイラを、ウエンツが手で制する。
「ありがとう。でも大丈夫だ」
ウエンツがそう言うと、髪がフワリと揺れサラリと乾いてしまう。
獣人は人族とは違い魔法を使うことができる。人族が決して獣人に逆らえない理由の1つでもある。
「身体は大丈夫か?」
ウエンツがアイラの隣へと腰掛けながら問いかける。
アイラはレセプション会場でウエンツと目と目が合った瞬間に抱き上げられ、そのままこの部屋へと連れてこられた。
そして、アイラはウエンツに抱かれた。
それまでのアイラは、誰とも肌を合わせたことは無かったし、性行為の知識すら、あまり無かった。
それでもアイラに拒否することなどできるはずも無く、ただただ翻弄されるままだった。
初めてのことに成すすべもないアイラは、ただウエンツに揺さぶられ続けた。
何も応えることの出来ないアイラの、どこをウエンツは気に入ったのか、その行為はアイラが耐えきれなくなって気を失った後も続けられたらしく、ウエンツはレセプションパーティーに戻るとこも無く、その次の日の歓迎行事にも参加しなかった。
そのままアイラはウエンツの寝室から出ることなく2日が過ぎてしまった。
3日目の今日、やっとアイラはウエンツと一緒に部屋を出て、お茶の席に着いたのだ。
「もう大丈夫でございます」
アイラの作る微笑みはぎこちない。
本当は全身がだるいし節々も痛い。お茶のテーブルに着いているのが精一杯だった。
「アイラに会えて嬉しすぎて暴走してしまった。歯止めが利かなくなってしい済まなかった。ああ、アイラは何て可愛いんだ」
ウエンツはアイラを抱きしめると、スリスリと頭に頬ずりしてくる。
「あの……。公式行事に参加されなくても良かったのですか?」
「気にしなくてもいい。ちゃんと部下達がいるから心配はいらない」
「そうなのですか」
「ああ、もしかしてアイラはパーティーに出たかったのかい? 次のパーティーには一緒に出るか? それとももう一度レセプションパーティーを開かせようか?」
ウエンツは造作も無いことのようにアイラに問いかける。
「いいえ、パーティーには出たくないです」
あれ程大掛かりなレセプションパーティーを、もう一度開かせようかと簡単に言うウエンツに、やはり宗主国の国王陛下なのだと思ってしまう。本気で言っているのかは分からないが。
あのレセプションパーティー会場には、アイラの知り合いも大勢呼ばれていた。
アイラが通っている学園の同級生や先輩達。それにアイラの家族や親戚達も。
会場に着いたばかりの宗主国の国王陛下が、アイラを抱え上げて会場を後にしたのだ。ウエンツの接待係にアイラが選ばれたことを皆は見ていたはずだ。
ウエンツの突然の行動に、会場は騒然となっていたから。
アイラは小さな息を吐く。
ティーナダイ王国の視察団の団員達は、多くの侍従や侍女達を自国から同行してきている。一番身近な所には獣人の使用人を置きたいのかもしれない。
人族を信用していないのかもしれないし、中には人族に近寄られることを嫌う獣人もいる。
獣人の使用人達は、団員の接待係になった人族を “お付き様” と呼ぶ。そして、閨を共にした接待係のことは “婚約者様” と呼び名を変える。
今日のお茶の席でも、アイラは侍従達に “婚約者様” と呼ばれていた。
たぶん、誰の前でもそう呼ばれるのだろう。
アイラはお手付きの接待係だと、全ての人達に知らしめられるのだ。
ウエンツが国に帰った後をアイラは考える。
シーシュ国からは褒められはするだろう。国王陛下のお手付きになった接待係は今までにはいなかったから。報奨が出るかもしれないけど、そんな物はいらない。
家族の元に戻っても、どんな顔をすればいいのか分からない。家族も気まずいだろう。
それに学園には、もう二度と行きたくない。
貴族の子どもは本来政略結婚をするものだが、伯爵家とはいえ、貧乏な家のアイラには、まだ婚約者がいなかった。
婚約破棄をされないだけ、よかったのかもしれない。
アイラは家庭を持ち、家族を持ちたかった。それはもう叶わぬ夢になってしまった。
「ああ、アイラはなんていい匂いがするのだろう」
ウエンツがアイラを抱きしめたまま押し倒す。ウエンツの手がアイラの夜着の中へと入って来る。
アイラはウエンツに、されるがままだ。
どんなに身体が辛くとも、何も言うことはできないし、拒否など出来るはずが無い。アイラはウエンツの接待係なのだから。
アイラの役割は、ただウエンツを受け入れることだけなのだった。
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