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56 アレス視点②
しおりを挟む「クラウス、体操服持ってる? 貸して」
昼食も食べ終わり、雑談をしている中、爆弾発言をリュールは投下する。
周りの動きが一斉に止まる。
この状況に何も感じていないのは、当のリュールだけだ。
「も、勿論持っている。私の体操服なら何時でもリュールに貸すぞっ」
クラウス殿下が勢い込んで返事をしている。
「え、リューちゃんは何で体操服をクラウス殿下から借りなきゃいけないの?」
「午後の授業に体育があるのを忘れていたんだ」
「じゃあ、お兄ちゃんが貸してあげるよ。わざわざクラウス殿下から借りる必要はないじゃないか」
「だって学年が違うと、体操服の色が違うじゃないか。目立つからヤダ」
ダリアス様が自分の体操服を貸そうと提案しているのだが、リュールは頷かない。
初等学院の体操服は、全体的に白だが、襟ぐりや袖口、胸の刺繍などの色が学年ごとに違う。
俺達1年生は青だが、2年生は緑色だ。
一人だけ色が違うと、借り物の体操服だと一目で分かる。別に体操服を借りていても問題は無いのだが、目立ちはする。
「なぜクラウスなんだ。私でもいいではないか。私も体操服は持っているぞ」
クラウス殿下を通り越してダリアス様と話をしていたリュールを、自分の方へと振り向かせるためか、エルヴィン殿下が、リュールの手を取り話しかける。
「うん、ありがとう。でもエルヴィンよりもクラウスの方が、ちょっと体格が大きいから、クラウスの体操服の方が動きやすいかなって」
「エルヴィン兄上、リュールは私から体操服を借りたいと申し出てくれたのです。私がリュールに貸しますので、お気になさらず。何の問題もありません」
「く……」
クラウス殿下の得意げな顔に、エルヴィン殿下は悔しそうに言葉を詰まらせる。
クラウス殿下とリュールだと、クラウス殿下の方がやや大きい。
クラウス殿下は平均ぐらい。リュールは平均よりも少し小さいぐらい。それでも、そこまで差は無い。
そしてエルヴィン殿下は、長い間の闘病生活のせいで、小柄だし痩せている。
この頃は食事も進むようになり、少しふっくらとされてきているが、まだリュールよりは小さい。
エルヴィン殿下は体育の授業に、まだ参加はされていないが、体操服は準備されているようだ。
それも体操服といえどもオーダーメイドで身体にフィットするものを。
身体を動かす体育の授業だから、きつめの体操服よりは、余裕のある体操服がいいと、リュールはクラウス殿下に借りることにしたのだろう。
「やっぱり、お兄ちゃんのを使いなよ。殿下の体操服を借りると、洗濯してお返しするのに手間がかかるよ」
「あっ、いや、洗濯はしなくていい。むしろ洗濯するな。そのまま返してくれ」
「え、体育だから汗かくから洗濯しないと」
「大丈夫だから。そのままでいいから」
「駄目だ駄目だ。リュールの汗の付いた物をクラウスに渡してしまうなど」
「エルヴィン兄上は口を挟まないでください。私の体操服なのですから」
「リューちゃん、止めときなよ」
リュールを挟んで、王子達が騒いでいる。
ダリアス様が参戦しているから、クラウス殿下の側近は俺しかいない。もう一人の側近オラヴィは、一つ年下なので来年まで、ここにはいない。オラヴィ、早く来てくれ。俺だけでは力不足だ。
エルヴィン殿下の側近候補達は、候補と言うだけあって、エルヴィン殿下に声をかけることができないらしく、俺に縋るような視線を向けてくる。
俺にどうしろと?
「まあ、彼シャツじゃなくて、彼体操服ですわね! 素敵ですわ」
「え? 彼……いや、何を言って」
いきなり入って来た声に、リュールが固まっている。
声の主はダリアス様の隣に座る、ダリアス様の婚約者、リライラ嬢だ。
キラキラとした瞳をリュールに向けている。
「か、彼だなんて」
クラウス殿下が照れている。嬉しそうだ。
「はっ。ただ体操服を貸すだけではないか」
「ですよねぇ、リューちゃん、いっそのこと体育の授業を見学したらいいのに」
エルヴィン殿下とダリアス様が、クラウス殿下を睨んでいる。
結局、大騒ぎのまま昼休みの時間が残り少なくなり、クラウス殿下から体操服は借りることに話は決まった。
レストランから出て、一番に向かうのは1年C組だ。両殿下はリュールを教室までエスコートした後に、自分の教室へと戻られる。側近と婚約者達はそれに付き従い、両殿下が教室に入った後に解散となる。毎日のことに周りからは “昼の大行進” と噂されている。
「アレス、ちょっといいか」
「はい」
リュールが教室に戻り、C組が見えなくなった途端にクラウス殿下から呼ばれる。
分かってはいたが、気を引き締めて姿勢を正す。
「リュールは今朝の馬車の中では体操服を持っていた。なぜ忘れたと言っているのか、アレスは理由を知っているか?」
「そうだな。体操服の入った袋を持っていたのを私も見たな」
クラウス殿下は、俺へと視線を向け、エルヴィン殿下は、何かを考えるように、口元に手を当てている。
「だよねぇ、屋敷を出る時に、今日の時間割を確認していたもの。それにさぁ、この頃リューちゃんがレストランにまでリュックを背負ってきているのもヘンだと思わない?」
ダリアス様の言葉に、両殿下が頷いている。
この人達はリュールの一挙一動を見すぎだと思う。
まあ、いつかは知られるとは思っていたから、俺は素直に今までのことを話す。
と言っても、午後の授業が迫っているから簡潔に。
「まさかそんな……リュール様は両殿下からご寵愛を受けている方ですのに。そんな方を害するなんて、私は信じられませんわ」
リライラ嬢はショックを受けたのか、顔色が悪い。
同じ公爵家出身のリュールが虐めにあったと聞いて、リライラ嬢としては他人事ではないと感じたのかもしれない。
「そうか」
「どうしたものか」
「ふーん」
両殿下もダリアス様も、俺が黙っていたことを咎めない。リュールが虐めにあっていたことを俺は知っていたのに。
リュールが苦しめられていたことを知らなかったことに腹が立つだろうし、悔しく思うだろう。でも、リュールが言わないでいることを、俺が勝手に言うことができないと、ちゃんと分かってくれている。
「あの、私に何かできないでしょうか。私もリュール様のお役に立ちたいのですが」
リライラ嬢が自分の婚約者であるダリアスへと決意をした目を向けて申し出る。
将来ダリアスと結婚すれば、リュールは義理とはいえ弟になるのだから。
「リライラ、ありがとう」
ダリアス様はリライラ嬢に礼は述べるが、指示はしない。
「そうだな。まだ確証もないから、皆は動かないでくれ」
エルヴィン殿下はリライラ嬢を見ながら、言葉を発する。クラウス殿下も同意だと頷いて見せる。
一緒にいた側近とその婚約者達は、両殿下に向け、了承の意味で頭を下げるのだった。
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