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15 クラウスの願い

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国王からの、とぼけた褒美とは別に、王妃から直筆で、いつでも王宮に遊びにきてもいいという手紙をリュールは受け取った。

リュールにすれば、わざわざ王宮に赴きたくなどないが、両親のたっての願いで王宮に行くことになった。
なぜならリュールへのお見舞い以降、味をしめたのか、クラウスは毎日ジージャ公爵家へとやって来ている。
王子なのだから、色々とやることはあると思うのだが、なぜか毎日来る。リュールは全快したというのに、それでも来る。

王子様相手に、来るなとは誰も言えない。たまにリュールが面と向かって言っているが、尻尾を振っている(イメージ)クラウスには通じていない。
本来なら、人様の家に入り浸るなど親の躾がなっていない。と言いたいところだが、これも国王夫妻に言える者はいない。リュールは言うかもしれないが、あれ以来、国王夫妻に会ってはいない。

来年4月の初等学院入学までは暇なのだろうか? 逆にリュールの方はといえば、初等学院入学に向けて、勉強を家庭教師から習うようになったから忙しくなってきた。魔法の授業は無くなったが、他の科目が増えたし、授業内容が本格的になってきたのだ。
とはいっても初等学院お子ちゃまの勉強だ、そこまで高度なものではない。それに貴族学校というものは、勉強よりも社交に重きを置いているので、マナー習得の方に時間を取られている。
魔法の訓練と体力強化の自主練があるリュールにすれば、なかなかに忙しい日々なのだ。

問題は、入り浸るクラウスが、ジージャ公爵家で怪我でもしたら、ジージャ公爵家が責任を取らされるということだ。すぐにでも取り潰されてしまう。
そのためにクラウスに出す紅茶一杯から、ジージャ公爵家では、細心の注意を払わなければならない。
侍女達にしろ護衛騎士達にしろ、使用人達には多大なしわ寄せがきており、過労死しそうになっている。36協定どころの話では無い。
両親がギブアップしてもしかたのないことだといえる。
そういうわけで、クラウス除けとして、リュールが王宮へと行かざるを得なくなってしまったのだった。

「リュールっ!」
リュールが王宮へと到着すると、クラウスが待ち構えていた。
こちらへ向けて、大きく手を振っている。
きっと自分のテリトリーにリュール友達が来たのが嬉しいのだろう。
三角耳はピンと立っているし、尻尾はブンブンと大きく揺れている。ように見える。まるで大型ワンコのようなイメージだが、王子様を畜生に例えるなど以ての外なので、リュールの胸の内にだけ秘めておく。

「リュール、こっちだっ」
馬車を降りて早々、クラウスから手を引っ張られて、どこぞへと連れて行かれる。
おもてなしの茶ぁ一杯ぐらい出せや。
小学生男子には言っても無駄なことかもしれないが、思わず眉間に皺がよってしまうリュールだった。

クラウスは、侍従や従僕達の止めるのも聞かず、リュールの手を引いて庭の奥へと走る。
王宮の庭だけあり、美しく整えられた見ごたえのある庭だが、見ている暇は無い。奥へ奥へと引っ張られて進んで行くと、随分と進んだ先に見事な木があった。

「どうだ、登りがいがありそうな木だろう」
胸を張るクラウス。
そんなに木登りがしたかったのか。

もしかしたらクラウスは『小さなお茶会』の時に、リュールが登っていた木に自分が登れなかったのが悔しかったのだろう。
いきなりクラウスがリュールを木の所まで連れてきたということは、クラウスは、こっそり木登りの練習をしており、リュールへ木に登るところを見せて、自慢したいのかもしれない。
小学生男子のプライドは、リュールには分からない。一応リュールも年齢的に小学生男子なのだが。

「クラウスは、木に登れるようになったの?」
「違う。登れるようになったのではない。もとから登れるっ」
「そうなんだ」
「信じてないな。見ていろ、いま登ってみせる」
「いや、ここで落ちて怪我でもされたら俺の首が飛ぶ。大人が来るまで待て」
クラウスが、いきなりリュールの手を取って突っ走りだしたので、侍従や護衛騎士達は置き去りだ。付いて来ている者はいない。

今は二人だけの状態なので、ここでクラウスが木から落ちて怪我でもしようものなら、子どものお遊びでは済まされないだろう。リュールだけではなく、ジージャ公爵家にまで咎が行くことになってしまう。

「落ちて怪我などしない。私が登れるところを見せてやる」
「いや、だから止めろって」
今にも木に手を伸ばそうとするクラウスに、魔法を使ってでも阻止しなければと、背後から羽交い絞めしようとリュールはクラウスに手を伸ばす。

クラウスは木に手をかけていたが急に止ってしまったため、勢いがついたリュールは、そのままクラウスの背中に抱き着くことになってしまった。

「うわっ」
「おっと、悪い。どうした?」
「き、急にだ、抱き着くとか」
「驚きすぎだよ。じゃあ急じゃなきゃいいの?」
「ま、あの、うん」
「いいのかよ」
そのままクラウスから離れようとしたリュールだったが、羽交い絞めしようと脇の下から差し入れた腕をクラウスから掴まれた。

「そのまま聞いてくれるか……」
「え? ああ」
しっかりと握られたクラウスの手は離れない。クラウスの声は真剣で、顔を見られたくないのかもしれない。リュールはクラウスの背中に抱き着いたまま頷く。

もしかしたらクラウスが部屋からリュールをいきなり連れ出したのは、侍従達から離れて、二人だけで話がしたかったのかもしれない。

「兄上のことなんだ……」
「えっと、エルヴィン殿下。で、いいんだよな」
リュールの言葉にクラウスは頷く。

国王には3人の妻と5人の子どもがいる。
正妃ノーラが産んだのが、第1王女、第2王女、第2王子クラウス。
側室マーガレットが産んだのが、第1王子エルヴィンと第3王女。
もう一人の側室マリアンヌには、子どもはまだいない。

第1王子のエルヴィンと第2王子クラウスは同じ年だ。半年しか誕生日は違わない。ようするに、リュール、クラウス、エルヴィン、3人ともに学年は同じになるということだ。
だがエルヴィンは、幼い頃より身体が弱く、ずっと床に臥せっていると聞いている。初等学院に通えるのだろうか。

「私は兄上にお会いしたい」
リュールに背を向けたまま、ポツリと言葉がこぼれたようにクラウスは話す。項垂れているようだ。
エルヴィンとクラウスは、兄弟だとはいえ、母親の違う王子として、周りの思惑に振り回され、会う事すらままならなかったのだろう。

「今年は私と兄上は初等学院に入学する。今まで中々お会いできなかったから、私は学院でお会いできることを、とても楽しみにしていたのだ。だけど兄上が病気のせいで学院に通えないかもしれないと聞いた。もしそうなら私はとても悲しい。そして私は兄上のお見舞いに1度も行っていないことに気が付いたのだ」
第2王子であるクラウスの母は正妃様で、第1王子であるエルヴィンの母親は側室。
生まれた順番がわずか半年違っただけで、二人の立場はややこしくなってしまっている。

「いいじゃん。エルヴィン殿下のお見舞いに行こうよ」
「え……でも」
「クラウス、俺もお前もまだ子どもだよ。子どもは我がままを言うものさ。王妃様にお会いした時は、クラウスが我がままを言ってくれて嬉しいって言ってらしたじゃないか。それに兄ちゃんに会うのに何で遠慮するのさ」
クラウスは聡い子だから周りに気を使いすぎている。

「クラウスはさ、俺ん家に来ていた時みたいに、思い通りにしていいんだよ。それが子どもの特権さ。俺もエルヴィン殿下のお見舞いに行きたいから、一緒に国王様にお願いしようよ」
「うん……リュール、ありがとう」
クラウスがリュールの方へ笑顔を向ける。

弟が兄のお見舞いに行くのに、何の問題があるというのか。
妻を持ちすぎて関係をややこしくしているのは国王だ。子どものお願いぐらい聞いてくれるだろう。

リュールは、できるだけ王家に関わりたくはないと思っていたが、クラウスとは友達だ。
もういいや。そう思うのだった。

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