籍を入れて親子になったはずだった。え、結婚って、どういうこと?

棚から現ナマ

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28 第3部隊 ジャーク②

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第3部隊に転属になると、いきなりガイドロ辺境伯領へと行くことになった。
ガイドロ辺境伯領は、大きな山を抱えており、その山にはドラゴンが生息している。
普段はドラゴンが山から下りてくることはないのだが、繁殖期にのみ、メスを探すオスが人里に迷い込んで来ることがある。
ドラゴンが町で暴れると大惨事になる。それほどの危険な魔獣だ。

ドラゴンの身体は余すところなく錬金術や薬の材料になる。喉から手が出るほどに欲しい貴重な物だ。だが相手はドラゴンだ。人間が叶う相手じゃない。仕留めることなど無理で、山へと押し返すのが精一杯だ。

ドラゴンの繁殖期間は約2ヶ月。その間ガイドロ辺境伯領は臨戦態勢になる。王宮にも応援を頼み、毎年第3部隊が辺境伯領へと向かう。
今回は第3部隊第1小隊の20名が向かった。

最悪なことに、ガイドロ辺境伯領に到着してすぐにドラゴンが現れた。まだ時期は早いというのに。それも3匹も。
ありえない。
大型のメス1匹と、そのメスと番になりたいのだろうメスを追って来た小型のオスが2匹。

人里にドラゴンが現れるのは2~3年に1度。それもメスを探すオスが1匹か2匹。同時ということは無い。それなのに今回は3匹同時。最悪なことに大型のメスもいる。
第1小隊と私兵が全員立ち向かったとしても、山に追い返すことができるか分からない。
兵達全員、生きて帰ることは出来ないだろう。すぐに領民を避難させなければならない。

なんてついてないんだ!
第3部隊に転属したとたんに命の危機だ。このまま夫夫ふうふ共に死んでしまうのか。
それでもドラゴンに立ち向かわなければならない。俺達は騎士なのだから。
剣を構える。

「へぇ~、こっちのトカゲは大きいな。ねぇ、これを討伐するの?」
隣から呑気な声が聞こえてきた。
全ての兵達が緊張して声さえ出せない状態なのに、ルロイだけはドラゴンが発する威圧感なんて、まるで気にしていないようだ。

「ああそうだ。このトカゲ達を俺達で切り刻もうぜ」
フリックは皮肉気な笑顔を浮かべているが、ルロイを不憫に思っているのが、ルロイへと向ける視線から分かる。
ルロイは成人すら迎えていない子どもなんだ。なんとかこの場から逃がしてやることはできないだろうか。

「ルロイ。お前は戻って領民を安全な場所に避難させろ。早くここから離れるんだ!」
俺は怒鳴る。ドラゴン達は、もうそこまで来ている。なんとかルロイだけは、ここから離れさせないと。

「うーん、領民の移動って面倒そう。それだったらトカゲを倒して来る」
「おいっ、ルロイっ!」
ルロイは軍から配給されている剣を抜くと、ドラゴンへと向かっていった。止めようとする俺の腕は宙を切る。

それから先は、まるで現実とは思えなかった。
ルロイはたった一人で、ドラゴン3匹を倒したのだ。それも楽々と。
最初に一番手前にいたオスを、そして次にメスを。血糊が着き、剣が使い物にならなくなったのか、そのまま投げ捨てると、背中に括り付けていた、自分の剣を抜く。
そして仲間を殺されたことに怒り狂う残りのオスを仕留めたのだ。

最後に仕留められたオスがゆっくりと倒れると、辺りには静寂が訪れた。誰もがこの情景を信じられないでいた。
そして、兵の一人がルロイへ賞賛の声を上げると、次々と全員へと広がっていく。皆が大声でルロイを称え、礼を口にする。
もうここで命を落とすのだと覚悟していた。それなのに助かった。命の危険は去ったのだ。
俺とフリックは、平然とした顔で戻って来たルロイを抱きしめる。
力一杯抱きしめられたルロイは、意味が分からないのか、キョトンとしていた。

ドラゴンの死骸は、恐ろしい程の価値がある。腐る前に最速で解体された。
今回仕留められたドラゴンの所有権は、ガイドロ辺境伯領にある。
だが全ての利益がガイドロ辺境伯領に入るわけではない。報奨金として1/3程度は討伐に関わった者達に渡さなければならないからだ。それでもガイドロ辺境伯領は高額な臨時収入となった。
今までドラゴンの繁殖期には損害が発生することはあっても、プラスになることなどなかったのに。
喜んだガイドロ辺境伯は、繁殖期が終わり、第1小隊が王都へと帰途につくことになった、その前夜、盛大な慰労の宴を開いた。

ルロイの有益さをガイドロ辺境伯が手放したくないのは分かる。
自領が抱える山には、ドラゴンが多く生息しており、ルロイがいれば、それは宝の山になるのだから。
ガイドロ辺境伯はパーティー会場の皆の前で、ルロイに直接ガイドロ辺境伯へ、このまま残らないかと誘った。
辺境伯の爵位は高い。高位貴族からの誘いを平民のルロイは断ることは出来ない。
だが、本来ならば、ルロイ本人に言う前に小隊長に了解を得るべきだ。ルロイは騎士団として赴任してきているのだから。これは騎士団に喧嘩を売っているといってもいい行いだ。
ガイドロ辺境伯すれば、自分の地位におごりがあるのだろう。騎士団のことなど何とでもなると思っているようだった。
パーティー会場にいた小隊長の米神が引きつる。

「嫌だ」
ルロイは余りにも簡単に断った。即断だった。

会場中の人々が、ありえない返事に一瞬固まってしまった。
辺境伯の言葉を否定するとは誰も思っていなかった。不敬だと罪に問われてしまう。辺境伯の持つ権力で、自分の立場どころか家族さえも潰されてしまう。

「俺は明日帰るから」
ペコリと頭を下げると、そのまま会場から出て行ってしまった。

あっけに取られたが、考えてみればルロイの態度は腑に落ちた。
子どものルロイには、貴族のやり取りなんて興味ないだろうし、身分の違いは分かっていても、その意味を理解していないのだろう。
だってルロイには、身分も権力も自分には関係無いものなのだ。無礼だといって罪に問おうにも、この会場どころか、辺境伯領中のどこを探しても、ルロイを罰することのできる者はいない。
ドラゴンよりも強いルロイを牢屋に入れることのできる奴なんていやしない。斬りつければ、確実にやり返されて命が無くなってしまう。
それに騎士団に戻った後に、辺境伯が圧力をかけてきたとしても、騎士団がルロイを護るだろう。

「フリック、そろそろ帰るか」
「そうだな」
なんだか気分が爽快だ。驚いて口を開けたままのガイドロ辺境伯を見て、ちょっと笑ってしまった。チラリと視線を向けると、小隊長の顔もにやけている。
俺達はルロイが出て行った扉へと向かう。
明日は王都に帰るから、宿泊所に戻ることにしたのだった。

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