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45. アルクイットの場合
しおりを挟む俺の名前はアルクイット=グルナイル。
グルナイル侯爵家の嫡男だ。
俺がライオネル殿下の側近にさせられたのは13歳の時。
いきなり、明日から殿下の側近だと言われた。
思わず「はあ?」と、間抜けな返事をしても仕方がないと思う。
俺の親父は近衛騎士団の団長をしており、軍のトップといえる。
まあ、親父の上には将軍様がいらっしゃるのだが、随分と高齢で、現場には、ほぼ出てこられない。
聞いた話だと、ライオネル殿下のために、貴族たちの押えとしてはジュライナ公爵様が、軍としては、親父が後ろ盾になるようだ。
この二人が殿下に付いたと判ったら、この国では殿下に逆らう者はいないだろう。
王妃イザベラ様が何かちょっかいを出してくるかもしれないが、イザベラ様の後ろ盾はこの国にはいない。
せいぜい実家のノーシスア帝国を頼るしかないだろうが、あの国も今はゴタゴタが多くて、遥か遠くに嫁いだ娘のことなど、構っている暇は無いだろう。
近衛騎士団団長の嫡男として、俺は殿下にお仕えしなければならないのだろうが、俺は親父の後を継ごうとは思っていない。
18歳の成人を迎えたら、グルナイル家を出るつもりだ。
親父のことなど、一欠けらも尊敬していないし、そんな親父が務める近衛騎士団どころか、騎士団自体に入ろうとは思わない。
家は弟のアルザイートが継げばいい。
我がグルナイル家は侯爵位を賜っている。
それは先祖たちが武勲を挙げてきた功績により賜ったものだ。
爵位を賜りはしているが、領地は小さなままだ。
近衛騎士団の団長をしているからこそ、爵位を保っていける。
近衛騎士団の団長をしているからこそ、家を保っていけるのだ。
だからこそグルナイル家を継ぐ者は、必ず騎士団に入隊し、その持てる力で地位を上げなければならない。
先祖の武勲の上にあるグルナイル家だ。その誇りをかけ、親の七光りや、縁故などで昇進しようなど、思うことすら許されない。
ジンギシャール国には近衛騎士団の他に第1騎士団から第5騎士団までの騎士団があり、数が多くなればなるほど王宮から遠のいていく。
近衛騎士団は王族や王宮の貴族たちを護衛する任に就くが、第5騎士団は、市井の安全を守るのが主な任務で、王宮に近づくことすらほとんど無い。
騎士団に入隊するのも、近衛騎士団が最難関で、第5騎士団には比較的簡単に入隊できる。
入隊は本人の希望の隊の入隊試験を受ける形になるが、近衛騎士団と第1騎士団は、第2から第5までの騎士団の中の精鋭を集めた者達で結成させており、試験で入隊できるものではない。
弟のアルザイートが近衛騎士団に入隊できるかどうかは判らない。それどころか騎士団自体に入隊できるかすら判らない。
アルザイートは義母ルルベルにあまりにも似すぎている。
髪の色と瞳の色は、父アルクイットを受け継いではいるが、それだけだ。
小柄で華奢なルルベルにそっくりなのだ。
その上、性格もルルベルに似ており、甘えて人に頼る性格は、とても騎士団では受け入れられないだろう。
アルザイートはまだ6歳と小さい。これからどうなるかは判らないが、たぶん騎士団への入隊は絶望的だろう。
ルルベルは自分の息子の代でグルナイル家が潰れてしまうかもしれないのをどう思うだろう。
親父はどう思うだろうか。
自分が蒔いた種が花開くのだ、満足するのかもしれない。
俺のお袋メアリアンは、ジンギシャール国の北を守る辺境伯の一人娘だ。
ジンギシャール国の北部は雪深く、自然が多く残る地だ。
国境から一歩でれば、野生の獣も多く生息しているし、蛮族たちも多く暮らしている。
そんな辺境で生まれ育った母は、逞しかった。
身長も180センチ近くあり、女性とは思えない威風堂々とした身体付きをしている。
腕回りなど、親父より太いだろう。
国境を越えてこようとする獣たちを討伐する生活を送っていたのだ、そうなるのも当たり前なのかもしれない。
辺境伯は私兵を持つことを許されている数少ない貴族だ。
辺境伯の私兵たちは、王宮に勤める騎士団とは違い、優雅さの欠片も無いが、逞しく、恐ろしく強い。
その私兵に交じってメアリアンは獣討伐をおこなっていた。
一応は貴族令嬢だが、北の地では、そんな甘っちょろいことを言ってなどいられない。
ドレスを狩猟服に着替え、獣を討伐する日々だ。
もともと素質があったのだろう。
『素手殺しのメアリアン』そんな二つ名がつく令嬢だった。
政略結婚で親父と結婚をしたが、俺を産んだ頃には、親父との仲は冷め切っていたらしい。
そして、親父は『運命の女性』なる者を連れてきた。
自分の浮気を堂々と正当化し、お袋を侯爵家から追い出したのだ。
いや違う。
呆れたお袋が侯爵家を見限ったのだ。
親父は小さく華奢な女性が好みらしい。
浮気相手のルルベルは、そんな親父のドストライクだったらしい。
馬鹿な親父だ。
何故お袋が政略結婚で嫁いできたのか判っていない。
この騎士を輩出しなければならないグルナイル家に小柄な血筋を入れてはいけないということを。
体格は遺伝によるところが大きい。
小柄に生まれついたものをどんなに鍛えても逞しくはなっても、大柄にはならない。
自分が騎士団において、体格に恵まれているということが、どれだけ有利に働くか、判っていなかったのだろう。
ルルベルは4人の子どもを立て続けに産んだ。
俺を追い出して、自分の産んだ子を、このグルナイル家の後継ぎにしたいのだろう。
残念なことに、3人目までは女の子だったが、4人目に待望の男の子を出産した。
長男アルザイートは、すくすくと成長しているが、ルルベルに似て、小柄だ。
俺の小さい頃と比べるとあまりにも小さい。
グルナイル家の家系に連なる者達は、口にこそ出さないが、アルザイートの成長に見切りを付けているようだ。
お袋はグルナイル家を出て行ったあと、実家には戻らなかった。
実家の辺境伯も、家の犠牲に1度はなったのだから、後は自由に自分の人生を送るようにと言ってくれたそうだ。
お袋は、自分の腕っぷしを使おうと『メアリアン警備保障商会』を立ち上げた。
立ち上げ資金は、浮気の慰謝料として、グルナイル家から巻き上げた金を使った。
人材は、辺境伯の私兵の中から、当時の自分の部下ともいうべき数人を呼び寄せた。
メアリアン警備保障商会は、安全・安心がずば抜けて素晴らしく、瞬く間に業界トップへと駆け上がった。
いまでは本拠地を王都に構え、幾つもの支店を抱えるに至っている。
俺も成人した暁には、お袋の商会に入ろうと思っている。
お袋は、お前の人生だから、お前の好きにするといいと言ってくれている。
それまでの5年間、俺はライオネル殿下の側近として過ごしていかなければならない。
初めて会った殿下は、ニコリともしない、まるで人形のような人物だった。
やっていけるだろうか。
外見は父親である国王陛下にそっくりだが、陛下はいつも温和な微笑みをたたえられた方なのに、殿下はまるで違う。
途方に暮れていた俺に、幼馴染のジュライナ公爵令嬢であるジュリエッタが教えてくれた。
俺も、殿下のお身体が弱かったため、気候の良い外国で幼少期を過ごされたことは知っていた。
成長され、身体も丈夫になられたから、ジンギシャール国へと戻られたのだと思っていたが、違っていた。
なんと殿下はそこで同性の恋人と仲睦まじく過ごされていたのだ。
そのことを知ったジュライナ公爵と俺の親父が、二人を引き裂いた。
同性というだけで、愛する二人を別れさせてしまったのだ!
なんということだ。
ジュリエッタも父親の所業に、殿下に申し訳ないと目に涙を浮かべている。
尊くて至高の愛だとジュリエッタは言うが、そこは俺には判らない。
もともと最低だと思っていた親父だが、心底軽蔑した。
自分は『運命の女性』を愛してしまったと言って、お袋と縁を切ったというのに、殿下の運命の相手を蔑にするなど。
殿下の感情の現れていない顔は、愛する人と引き離された悲しみによるものだなんて。
なんて深い愛だったのかが判る。
引き離されてから、もう何年も経つのに、決して恋人のことを忘れていないのだろう。
運命の相手と無理やり結婚した親父は、この頃は「こんなに気が強いとは思わなかった」だの「ヒステリーがウザったい」だのとルルベルの悪口を言っている。
自分の全てをかけて愛しているのではなかったのか。呆れて物も言えない。
申し訳ない。こんな親父のために最愛の恋人と引き離されて。
親父の息子として、俺は殿下に贖罪をしなければならない。
俺はライオネル殿下に忠誠を誓ったのだった。
――― ※※※ ――― ※※※ ――― ※※※ ――― ※※※
現ナマです。
いつも励まし、応援、感想をいただき、ありがとうございます。
とても励みになっております。
主人公が全然出てこない話を何編も投稿しまして、申し訳ありません。
学園編になり、登場人物が多くなり、その人たちのことも知ってもらいたいと思い、ついつい投稿してしまいました。
次回より主人公がちゃんと出てきます。
どうぞ、これからもお付き合いお願いします。
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