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46. 食堂にて

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クレアのお昼ご飯は、毎日“うどん”だ。
それも素うどん。
学食で250ウーノで食べられる。

「いやー、この世界にも“うどん”があるとはねぇ。
そういえば、乙女ゲームの体力回復アイテムの1つに、うどんがあったよねぇ。
回復量“微”だったけど。
そうかぁ、妙に日本くさい所があると思っていたら、乙女ゲームの世界だったからかぁ…」
うどんを啜りながら、感慨深いクレアだった。

毎日毎日うどんを食べるクレアだが、別にうどんが大好き、という訳ではない。
それなのに毎日食べる理由。それは素うどんが食事メニューの中で一番安いからだ。

この学園は全寮制で、朝食と夕食は寮の食堂で食べるようになっている。
しかし、昼食は各自で学園内にある学食やレストランで食べなければならない。
それも自腹でだ。
男爵家から送られてくる小遣いは、本当に微々たるもので、クレアは昼食を取るのも一苦労だ。月末など、お昼抜きになることが多々ある。
まあ、寮で食事がでるから飢え死にすることは無いのだけれど。
うどんを啜りながら達観しているクレアだった。

学園には貴族とはいえ、様々な家庭から生徒は来ているので、超高級なレストランもあれば、クレアがいつも使っている、庶民派の学食もある。
在学して1年以上たつが、クレアは学食以外の食事処に行ったことは無い。
行けないというほうが正しいのだが。




「やっと見つけたぞっ!」
自分に向かって言われたらしい言葉に、クレアはうどんの器から顔を上げる。
そこには人に向かって、指を差す隣の国の王子様がいた。
行儀がなっていない。

「どれだけ探したと思っているんだ」
その上なんだか怒っているし。

前回クレアはリューライトを助けたと思っていたのだが、何か気に障ったことがあったのだろうか。

「えーっと、お久しぶりです?」
クレアは王子の周りを見回す。従者らしき男性が一人だけ王子の側にいる。
それだけ?護衛騎士や側近はいないの?
クレアは会いたくてたまらないライオネルが、王族というだけで会えないのに、この隣国の王子は、こんなにホイホイと学園内を歩き回っていいのだろうか。

「なぜ待っていなかったんだ。お前を探すのに苦労したんだぞ」
「えー、待っていろって、トイレの前で?臭いじゃん」
「ぐっ。く、く、臭いなどと。不敬なっ」
「そうは言っても王族だって同じ人間じゃん。臭いものは臭いよ」
「……同じ人間」
クレアの言葉はリューライトの心に波紋を広げる。

王族とは、王族なら、王族だから……
リューライトは生まれた時から言われ続けてきた。
王族なのだから、他の者たちとは違うのだと。

そう教え込まれて育ってきたのに、クレアはがんじがらめのリューライトの意義を簡単に飛び越えてしまう。
リューライトを同じ人間だという。王族も同じ人間だと。


「ねえ、臭い臭いって、食堂でする会話じゃないと思うんだけど」
クレアの言葉に考え込んでいたリューライトは我に返る。

「そ、そうだな」
思い立ったようにリューライトは、クレアの隣の席に腰を下ろそうとする。
いつの間に近づいたのか、たった1人の従者が見事なタイミングで椅子を引き、主が座るのを待つ。
さすが王族の従者だといえる動きだ。

「まあな。なんだ。あれだ、あれ」
「あれ?」
リューライトは少し赤い顔をして、何かを言いたいようだが、クレアにはさっぱり判らない。
ので、うどんの続きを食べることにする。

「こらぁっ。人の話を聞けっ!」
クレアが王子を放ったらかしにして、食事に戻ったのが気に喰わないのか、騒ぎ出した。
うるさい。
王子様は我儘だ。

「えー、昼休みは短いんだよ。いったい何なの?」
クレアは爵位の低い男爵令嬢だ。だが、隣の国の王族にまで、敬意を払おうとは思わない。
不敬だと思うなら、こっちに来んな。

「まあ、その、何だ。
俺も感謝をしているんだ。助けてもらったのだからな」
「えー、助けたっていっても、トイレに連れて行っただげだよ。
いう程無い無い」
クレアは自分の顔の前で手を左右に何度も振る。

「いや、あの時俺は、本当に困っていたのだ。お前に助けて貰わなければ、苦しみ続けていたはずだ。礼をいう」
王族のリューライトは頭を下げる訳にはいかない。だが真摯な目をして、クレアに告げる。

「うふふー。お礼を言われると気分がいいね。
はい。お礼、たまわりました」
クレアはニッコリと笑う。
リューライトはクレアの笑顔をみて、胸が騒がしくなる。
クレアは決して美人ではない。それなのに、こんなに落ち着かない気持ちにさせられるのは何故なのか…

「いや、言葉だけでは無くてだな。なにか礼をしたいと思っている。
なにか欲しい物はあるか?」
「へ、欲しい物?トイレに連れて行っただけで?
いや、無い無い、無いです。わずか50メートル肩かしただけで、物を貰ったりしません」
「それでは俺の気が済まない。何でもいい、言ってみろ」
リューライトは意地のように強い声をだす。

「何でも……
本当に。本当に何でもいいの?今更無しとか言わない?」
いきなり態度が変わったクレアにリューライトの中に残念な思いが湧き上がってくる。
何でもいいと言った瞬間に変わってしまったクレアに。

今迄リューライトの周りには、リューライトを利用しようとか、リューライトに何かを強請ろうとか、そんな者達ばかりしかいなかったのだ。
クレアもそんな者達の1人だったのか…

「じゃ、じゃあC定食。C定食をおごって。
ダメかな?あ、別に嫌ならいいのよ。
そうよね、C定食は定食の中で一番高いヤツだし。たった50メートルでC定食をたかろうなんて、ちょっと厚かましかったわ」
1年間、通い詰めた学食の中で、クレアが1度食べてみたいと思っていたのがC定食だ。
日替わりランチのA定食や麺類のB定食とは違い、焼肉定食がC定食なのだ。
大切なことなのでもう1度いうが、焼肉定食がC定食なのだ。

「シーテイショク?それはジンギシャール国にある宝石商か?それともドレス工房の名前なのか?」
王子様が首を傾げる。
王宮に定食など存在しないし、王子が食事をとるレストランやカフェにも定食は無い。
定食の存在を知らない王子様だった。

「リューライト様。C定食とは、この学食にある食事のメニューの一つでございます」
良く出来た王族の従者は、学食のメニューのことについても詳しいようだった。
そっとリューライトに耳打ちしている。

「学食のメニュー?聞いたことの無い料理名だな。
高価な珍味というものか」
「いえ、ありふれた物でございます。
この学食では、1,200ウーノで販売しています」
できる王族の従者は学食の値段までリサーチ済みのようだった。

「ちょっと待て、こちらの1ウーノを我が国ワーカリッツの金額に換算して…
はぁっ!?なんだこの値段は。
俺をバカにしているのか、俺は何でもいいと言ったではないかっ!
安すぎる。あまりにも安すぎるだろう、安物じゃないか!」
小銭にも満たないような値段に、リューライトは腹を立てる。
高い物を強請ってくると思い、クレアのことに減滅していたくせに、これはこれでバカにされたような気がして、プライドが傷ついたのだ。

「何でもいいと仰ったのはリューライト殿下ですよ。
それに安すぎるとは何です。
いくら1,200ウーノだといっても、食べられない者達は沢山いるのです(クレア含む)
王族だからですか?高みにいるだけで、何も見えていないのなら、嘆かわしいことです。
なぜ安い食事が必要なのか考えてみてください」

背筋を伸ばし、静かなクレアの物言いが、静かな分だけ、リューライトに滲みてくる。
「あ…俺は」
次の言葉が出てこない。

「私は食事か終わりましたので失礼しますね」
クレアがうどんの乗ったトレーを持ち、席を立とうとする。

「待て」
リューライトはとっさにクレアのトレーを持った手を掴む。

「待ってくれ。俺はまだ、シーテイショクをおごっていない」
「もういいんですよ。変なことを言ってすみません。
それに、授業がもうすぐ始まります。もう行かな……」
「お待たせいたしました。C定食をお持ちしました」
席を立とうとしたクレアが断りを言うより先に、従者がC定食の乗ったトレーをクレアの前に置く。
王家の従者、有能さハンパない。

焼肉定食の香ばしい匂いがクレアを包み込む。
「グ……。今回だけ。今回だけだから。
いや、ほら、冷めるし。せっかくの定食が無駄になると勿体ないし。C定食は肉だから。肉だからしょーがないし」
訳の分からない言い訳をしながら、そのまま椅子に座りなおしたクレアだった。

「うひゃあ、いただきます。
肉ー、にくぅ、あーん。きゃわぁー。ジューシー」
一口食べて、両手で頬を押えて、もだえるクレア。

クレアの入っている寮は、最低レベルの寮らしく、部屋も狭くてショボイが食事もショボイ。寮で出る朝食と夕食で、肉が出たためしは無い。出るのは肉もどき(肉らしき物)だけだ。
久しぶりの肉に身を捩るクレア。

「その…
また一緒に食事をとりたいのだが、どうだろう」
「おごってくれるならいいですよ」
リューライトの言葉に、肉のことだけしか考えていないクレアは軽く返事をする。


クレアにメッシー(ご飯をおごってくれる貢君のこと)ができた瞬間だった。

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