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47. あれからのライオネル

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「ようございました」
周りの者達、皆が皆、口を揃えて言う。
王族に迎え入れられ、実の父親の元に戻れた。
とてもめでたいことだと。

ふざけるなっ!
人の意思を無視し、無理やり拉致をしておいて、よく言えたものだ。
大切な人と引き離され、誰が喜ぶというのだ。

10歳の子どものうえに、小柄だったライオネルは、精いっぱい抵抗したが、力ずくで王宮へと連れてこられた。

泣いて泣いて泣いて。
暴れて暴れて暴れて。
王宮の中で生活をさせられるようになっても、ライオネルは必死で抵抗した。
それでも、小さな子どものライオネルの抵抗では、自分の願いを叶えることは出来なかった。


初めて国王陛下に謁見した時、陛下に言われた。
『そなたが生まれたことを知らずにいたことを許せ』と。
許すとは何だ。
今、最愛の人を奪われているのに。
こんな酷いことをされているのに。
何を許せというのだ。

ライオネルは小さな子どもだ。
地位も権力も身分も、そんなものは関係ない。判りもしない。
だから陛下に縋り付いた。泣きながら訴えた。
周りの騎士達や大臣たちが、慌ててライオネルを引き離そうとしたが、そんなこと、かまうものか。

「クレイの所に戻してっ!
クレイに会わせてっ。
どうしてこんな意地悪をするの。ひどい、ひどい、ひどい。
クレイに会いたい。
クレイに会いたい。
クレイに会いたい。
元にもどしてーーっ」

陛下は近づこうとする騎士達や大臣たちを止めた。
そして、ライオネルを抱きしめて、背中を撫でてくれた。
小さなライオネルが泣き疲れて眠ってしまうまで、撫で続けた。


ライオネルは王宮で過ごしていくうちに、何度も脱走を企てた。
自力で何とかクレイの元へと戻ろうとしたのだ。
しかし、小さな子どもでは、王都どころか王宮の外に出ることすらできなかった。

脱走を企てるたびに、護衛騎士やお付の者達が増えていき、ライオネルは身動きが出来なくなっていった。
1分でも1秒でもクレイの所に早く戻りたいのに……
何度も国王陛下へも直訴したが、陛下が首を縦に振ることは一度たりともなかった。




「どうぞ、いかようにも罰をお与えください」
ジュライナ公爵とグルナイル近衛騎士団団長がライオネルの前に現れ、両ひざを着いて詫びを述べる。
小さな子どもの前に、体格のいい大人が二人、地に伏すようにして項垂れた姿は、滑稽よりも哀れみを誘う。

「お前達は僕のことを王族などとは思っていないのだろう。それなのに何故、頭を垂れるんだ?」
ライオネルは首を傾げ不思議そうに目の前の大人達に問う。

「滅相もございません。私たちは、ライオネル様をこの国の王子と思っております。立派な王族であらせられます」
ジュライナ公爵が顔を伏せたまま答える。
ライオネルから、顔を上げて良いとの言葉をもらっていないからだ。

「お前もそうなのか」
ライオネルはジュライナの隣で頭を下げたままのグルナイルへと問う。

「勿論でございます」
グルナイルは即答する。

ガシッ!
ガシッ!
ジュライナとグルナイルの肩に衝撃が走る。
ただ、それ程強くない力の為、二人とも体勢を崩すことはなかった。
しかし、何事かと目だけを上げ、ライオネルを伺う。

ライオネルの顔は怒りに震えていた。そしてその瞳には涙が光っていた。
ライオネルに蹴られたのだ――

「嘘をつくなっ!
僕の言うことを聞かなかったじゃないかっ。
あれ程、嫌だと言ったのにっ。
僕のことを王子だと思っていたのなら、なんで聞かなかったんだよっ。
嫌だったのにっ。
すごく嫌だったのにっ。
お前達のせいで、クレイに会えなくなったじゃないかっ。
クレイの元に戻せよっ!
今すぐ、僕をもどせーーーっ!!」
ライオネルの慟哭にジュライナとグルナイルは、ただ頭を下げるほか無かった。
自分達が犯した罪がどれほどのものなのか思い知らされる。

どう償えばいいのか。
ガーロ爺さんとクレイ少年の捜査は続けている。しかし、何一つとして手がかりを見つけられない。
捜査は暗礁に乗り上げている。

「二度と顔を見せるなっ!
王子の命令だっ。お前達が僕のことを王族と思っているのなら、守ってみせろっ」
ライオネルは頬を涙で濡らしたまま、怒鳴り付けると、走り去ってしまった。

「しかと賜りました」
残された二人は、ただ命令を受け入れるしかなかった。






「ライオネル様ぁ、ジュリエッタ様がパトリシアのことを虐めるのですわ」
「何度いったら判るのですか、殿下のことを名前で呼ぶだなんて不敬ですわよ。
それに、人聞きの悪いことを言わないでいただきたいわ。
いつ私があなたを虐めたというのですか。あなたの常識の無い行いを正しているだけですわ」
ワフワフのピンク頭とジュリエッタが言い争いをしている。
この頃では、いつもの光景だ。
王宮に連れて行かれた時のことを思い出していたライオネルは、二人が騒ぐ声に、現実へと戻された。

このピンク頭は……パト、パト…どうでもいいか。
ライオネルは思考を切り替える。
隣で煩く騒いでいても、ライオネルは気にもしないし、気にもとめない。

「お前達、煩いぞ。殿下の御前ごぜんだ、控えろ」
ジュリエッタの兄であるジュリアーノ=ジュライナが厳しい声を出す。

ジュリエッタとジュリアーノは双子の兄妹だ。
双子といっても、似ていないどころか対照的な容姿をしている。美しい兄妹という点では共通しているが。
真っ赤な髪に少し釣り目気味なアーモンドアイ。
気が強そうな雰囲気を醸し出している妹に対して、黒に近い赤毛に、ややたれ目の瞳。
女性受けがいいらしく、周りの婦女子たちからはフェロモン垂れ流し系といわれている兄。
そんな双子はライオネルの側近をしている。

「そうだ。煩くするぐらいなら、よそに行け」
腕を組み、唸るような声をだすのは、アルクイット=グルナイル。
短く切りそろえられている髪の毛は黒。太い眉毛と瞳も黒く、逞しい身体に相まって、厳つい雰囲気を出している。
アルクイットもライオネルの側近の1人だ。


ジュリエッタは何も言わないが、恨めし気な瞳をライオネルに向けてくる。
なぜ、パトリシアを排除しないのか。
なぜ、パトリシアを好きにさせているのか。

ライオネルは、ジュリエッタの視線を気にも留めない。
ジュリエッタのことも、パトリシアのことも、どうでもいいのだ。

ただ、パトリシアは、ハートレイ男爵家の娘だと聞いた。
ハートレイ男爵領でライオネルは、ガーロ爺さんと暮らしていたのだ。

パトリシアが一番初めに接触してきた時、それとなく聞いてみたが、パトリシアは外向きの使用人のことは誰一人として知らなかった。
自分の館に勤めてくれている使用人なのにだ。

それでも、ハートレイ男爵領には、お世話になった思いがあるライオネルは、パトリシアには強く出ない。
そんなライオネルの態度を自分に都合よく解釈したパトリシアは、身分も常識も飛び越えて、ライオネルへとまとわりついてくるのだ。


「おじいちゃん……」
ライオネルの口から小さな呟きが漏れる。
あれ以来、会うことが出来ていない大切な家族の1人だ。
すぐにでも会いたい。会いに行きたい。
それでも、今はだだ。

今はまだクレイ達の所へはいけない。
行く為の力も無ければ金も無い。
ライオネルは働いて暮らしていた分、金の必要性を良く知っている。
残念なことに、王宮で贅沢な暮らしをしているライオネルだが、現金を手にすることは無い。
多くの宝石を持ってはいるが、宝石は換金するとすぐに足がつくことも知っている。
だからこそ、機会を窺っているのだ。

この学園に入学すると判った時、チャンスだと思った。
蟻の這い出る隙間も無い王宮より、よほど逃げ出すチャンスがあるのではないだろうかと。
纏わり付く者も、同じ歳の側近達となった。いくら名家の出でも、未熟な子ども達だ、撒いて逃げることができるだろう。
小遣いにと現金も渡された。

あとは機会を窺うだけだ。
それまでは『完全無欠の王子』を演じてやろう。
周りの者達が騙されるように。
王家の一員のフリをしてやろう。
ライオネルは、心の中で思いを強くするのだった。



「殿下、宿題を図書館で行うと言われましたので、ジェイナイドが先に図書館の方へ行っております。そろそろ図書館の方へ参りましょうか」
「判った」
ジュリアーノの声掛けに、ライオネルは、ゆっくりと席から立ち上がると、図書館へと歩き出すのだった。


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