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Ⅲ これからの魔王
十七.最後の夜
しおりを挟む「まいどー」
小さなリヤカーに巨大な熊の死骸を乗せ、陽太はご機嫌で帰って行く。
今回の熊の料金は90万ウエン。リーリアが受け取った。
本当だったらシアやマンドラゴラ夫妻が受け取るべきだろうが、彼らに現金は必要無い。リーリアが受け取り、日々の食事代にすることになった。
「リーリア、もう無理だと思う」
「え?」
魔王城の中に入り、温かいお茶を飲み、やっと落ち着いたリーリアに、ギルフォードがポツリと言った。
「な、なにが……」
ギルフォードの言いたいことは、分かっている。けれど、それを聞きたくは無い。
「リーリアのことを、魔の森はもう認めていない。魔の森で生活するのは、無理なんだよ」
「そんな、どうして?」
「リーリアは魔王だけど、人間を皆殺しにしたい?」
「え?」
「あ、違う。人間を皆殺しにできる?」
「人間を皆殺し。そんな……」
「魔の森が認めるのは、全ての人間に憎しみを持った者だよ。リーリアも魔王になっていたから分かるよね。この世の中の人間全てを憎んでいたはずだよ」
リーリアは返事をすることができない。
リーリアは魔の森に捨てられた時、全ての人間を憎んでいた。
自分を捨てた両親。搾取し続けた教会。えん罪を着せて殺そうとした婚約者。そして、それをただ見ていた周りの貴族たち。
リーリアは物心ついた時から、いつも人間から虐げられてきたのだから。
それでも。
それでも、リーリアは変わってしまった。
ギーフの町で商売をするようになって、様々な人々と関わり合うようになっていったから。
何人ものお得意さんができた。顔を覚え、親しく話すようになり、知り合いとなったのだ。
自分から買い物に行って、お得意さんとなった店もある。店主に顔を覚えてもらい、親しく話すようになったのだ。
ギーフの町には、リーリアの知り合いが沢山いる。
親しい人たちが沢山いるのだ。
そして……
町に行くたびに、ワッツとガーイナがいる。
待っていてくれるのだ。
自分を待っていてくれる人がいることが嬉しい。リーリアの心は温かくなる。
それにガーイナはリーリアのことを好きだと言ってくれる。
リーリアに手を差し伸べてくれる。
もし、人間を全て殺せと言われたら、自分はできるだろうか?
親しくなった人たちを殺せるだろうか?
リーリアは頭を振る
町の親しくなった人たちを殺すことなんかできない。殺すことができないどころか、止めようとするだろう。
自分は魔王なのに、人間を憎んでいたはずなのに。
それに、もしガーイナを殺すと言われたら、自分はどうする?
なんとかガーイナを助けようとして、ガーイナと一緒に逃げるだろう。
魔王城を捨て、ギルフォードを置き去りにして。
ああ、私は魔王じゃなくなったんだ……
リーリアは見ないふりをしていたことを、すんなりと認めることができた。
魔王じゃないどころか、ギルフォードさえ見捨てようとする、ろくでなしだ。
「リーリア、魔王城から出よう。ここにいると命の危険があるから」
「そんな……いく所なんてないわ」
「ギーフの町に行こう。今は魔獣を売ったお金もあるし、やっていけるよ」
ギルフォードはリーリアを励ますように、明るい声を出す。
リーリアの薬屋はこの頃盛況で、売上金は貯蓄できるほどになっている。いましがた熊の魔獣のお金も手に入った。
ギーフの町で落ち着くまでの資金としては十分だ。
「でも、でもギルは人間が怖いんでしょう? 町には行きたくないって」
リーリアの一番の懸念だ。
町に行くことのできないギルフォードを置いてなんか行けない。
こんな森の奥深くに小さな子どもを一人で残していくことなんかできない。
「大丈夫だよ。僕もリーリアと一緒に町へ行くよ。人間が怖いけど、すぐに慣れることができるよ」
「本当に?」
「うん。それにギーフの町に行けば、リーリアの知り合いが沢山いるだろうから、生活を助けてくれると思う」
ギルフォードの言葉に、リーリアは頷く。
ギルフォードを一人にはできない。
そのために、リーリアはガーイナの手を取らないことにしたのだから。
ギルフォードは、人間を怖がっていたのに。
自分が魔王ではなくなってしまったために、人間がたくさんいる町へ連れて行くことになってしまった。
「ギル、ごめんね」
「何を言っているんだよ、リーリアが謝ることなんか、ぜんぜん無いんだから。それよりも、一刻も早く町へ行かないと、魔王城に魔獣が押し寄せてきたら、シア達だけじゃ守り切れなくなるよ」
「うん」
ギルフォードは、落ち込むリーリアを急き立てて町へ行く準備をする。
しかし持っていくのは、数着の着替えぐらいだ。
この魔王城に元々あった物は、次の魔王のものだから、残していかなければならないのだ。
リーリアが町から帰ってきた時点で夕方になっており、町へ行くのは次の日の朝と決まった。
その日の夜は、リーリアは泣きながら皆と別れを惜しんだ。ドラ子やゴラ男と一緒のベッドで眠った。
シアも触手をリーリアに巻き付けている。
ギルフォードも本当は皆と一緒に眠りたかったのだが、ララを放っておくわけにはいかない。
ララはリーリアを嫌っているから、リーリアのベッドへと行くことはできなかった。
仕方なく、ギルフォードはララと二人で眠るのだが、小さなララを潰してしまったらと思うと、なかなか寝付けない。そのうえ、ララは寝相が悪くて、ギルフォードのことを殴る蹴るするのだ。
魔王城での最後の夜は更けていくのだった。
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