聖女だったけど魔王にジョブチェンジしました。魔獣たちとほっこり生活を満喫します。

棚から現ナマ

文字の大きさ
上 下
45 / 47
Ⅲ これからの魔王

十七.最後の夜

しおりを挟む



「まいどー」
小さなリヤカーに巨大な熊の死骸を乗せ、陽太はご機嫌で帰って行く。
今回の熊の料金は90万ウエン。リーリアが受け取った。
本当だったらシアやマンドラゴラ夫妻が受け取るべきだろうが、彼らに現金は必要無い。リーリアが受け取り、日々の食事代にすることになった。


「リーリア、もう無理だと思う」
「え?」
魔王城の中に入り、温かいお茶を飲み、やっと落ち着いたリーリアに、ギルフォードがポツリと言った。

「な、なにが……」
ギルフォードの言いたいことは、分かっている。けれど、それを聞きたくは無い。

「リーリアのことを、魔の森はもう認めていない。魔の森で生活するのは、無理なんだよ」
「そんな、どうして?」
「リーリアは魔王だけど、人間を皆殺しにしたい?」
「え?」
「あ、違う。人間を皆殺しにできる?」
「人間を皆殺し。そんな……」
「魔の森が認めるのは、全ての人間に憎しみを持った者だよ。リーリアも魔王になっていたから分かるよね。この世の中の人間全てを憎んでいたはずだよ」
リーリアは返事をすることができない。

リーリアは魔の森に捨てられた時、全ての人間を憎んでいた。
自分を捨てた両親。搾取し続けた教会。えん罪を着せて殺そうとした婚約者。そして、それをただ見ていた周りの貴族たち。
リーリアは物心ついた時から、いつも人間から虐げられてきたのだから。

それでも。
それでも、リーリアは変わってしまった。
ギーフの町で商売をするようになって、様々な人々と関わり合うようになっていったから。
何人ものお得意さんができた。顔を覚え、親しく話すようになり、知り合いとなったのだ。
自分から買い物に行って、お得意さんとなった店もある。店主に顔を覚えてもらい、親しく話すようになったのだ。
ギーフの町には、リーリアの知り合いが沢山いる。
親しい人たちが沢山いるのだ。

そして……
町に行くたびに、ワッツとガーイナがいる。
待っていてくれるのだ。
自分を待っていてくれる人がいることが嬉しい。リーリアの心は温かくなる。
それにガーイナはリーリアのことを好きだと言ってくれる。
リーリアに手を差し伸べてくれる。

もし、人間を全て殺せと言われたら、自分はできるだろうか?
親しくなった人たちを殺せるだろうか?
リーリアは頭を振る
町の親しくなった人たちを殺すことなんかできない。殺すことができないどころか、止めようとするだろう。
自分は魔王なのに、人間を憎んでいたはずなのに。

それに、もしガーイナを殺すと言われたら、自分はどうする?
なんとかガーイナを助けようとして、ガーイナと一緒に逃げるだろう。
魔王城を捨て、ギルフォードを置き去りにして。

ああ、私は魔王じゃなくなったんだ……
リーリアは見ないふりをしていたことを、すんなりと認めることができた。
魔王じゃないどころか、ギルフォードさえ見捨てようとする、ろくでなしだ。


「リーリア、魔王城から出よう。ここにいると命の危険があるから」
「そんな……いく所なんてないわ」
「ギーフの町に行こう。今は魔獣を売ったお金もあるし、やっていけるよ」
ギルフォードはリーリアを励ますように、明るい声を出す。

リーリアの薬屋はこの頃盛況で、売上金は貯蓄できるほどになっている。いましがた熊の魔獣のお金も手に入った。
ギーフの町で落ち着くまでの資金としては十分だ。

「でも、でもギルは人間が怖いんでしょう? 町には行きたくないって」
リーリアの一番の懸念だ。
町に行くことのできないギルフォードを置いてなんか行けない。
こんな森の奥深くに小さな子どもを一人で残していくことなんかできない。

「大丈夫だよ。僕もリーリアと一緒に町へ行くよ。人間が怖いけど、すぐに慣れることができるよ」
「本当に?」
「うん。それにギーフの町に行けば、リーリアの知り合いが沢山いるだろうから、生活を助けてくれると思う」
ギルフォードの言葉に、リーリアは頷く。

ギルフォードを一人にはできない。
そのために、リーリアはガーイナの手を取らないことにしたのだから。
ギルフォードは、人間を怖がっていたのに。
自分が魔王ではなくなってしまったために、人間がたくさんいる町へ連れて行くことになってしまった。

「ギル、ごめんね」
「何を言っているんだよ、リーリアが謝ることなんか、ぜんぜん無いんだから。それよりも、一刻も早く町へ行かないと、魔王城に魔獣が押し寄せてきたら、シア達だけじゃ守り切れなくなるよ」
「うん」
ギルフォードは、落ち込むリーリアを急き立てて町へ行く準備をする。
しかし持っていくのは、数着の着替えぐらいだ。
この魔王城に元々あった物は、次の魔王のものだから、残していかなければならないのだ。

リーリアが町から帰ってきた時点で夕方になっており、町へ行くのは次の日の朝と決まった。
その日の夜は、リーリアは泣きながら皆と別れを惜しんだ。ドラ子やゴラ男と一緒のベッドで眠った。
シアも触手をリーリアに巻き付けている。

ギルフォードも本当は皆と一緒に眠りたかったのだが、ララを放っておくわけにはいかない。
ララはリーリアを嫌っているから、リーリアのベッドへと行くことはできなかった。
仕方なく、ギルフォードはララと二人で眠るのだが、小さなララを潰してしまったらと思うと、なかなか寝付けない。そのうえ、ララは寝相が悪くて、ギルフォードのことを殴る蹴るするのだ。

魔王城での最後の夜は更けていくのだった。

しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

転生少女の暴走

あくの
ファンタジー
父親の再婚で1つ上の義兄セルジュができたデルフィーヌ・モネ。 今は祖父が家の代表として存在しているが成人すればデルフィーヌが祖父から爵位を受け継ぐ。 どうにも胡散臭い義兄の幼馴染。彼女の狙いはなんなのか… 色々ゆるっとふわっとした設定です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...