聖女だったけど魔王にジョブチェンジしました。魔獣たちとほっこり生活を満喫します。

棚から現ナマ

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Ⅲ これからの魔王

四.防災訓練 2/2

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「さて皆さん。折角ですから、実地的な防災訓練を行います」
「「きゅっ」」
「シャー」
「「ケココッ」」
「OKです」
魔王リーリアの言葉に、魔獣たちは大きく頷く。
何故か仕事中の陽太も参加している。

「ギルはシアちゃんと魔王城にいてちょうだい」
リーリアの言葉に亀助きすけを抱えたままギルフォードは考え込む。
自分は人間に散々虐待されてきた。
多分人間を見たらパニックを起こすだろう。
だが、この状態のままでいいとも思わない。少しずつでも、人間に慣れるべきだろう。
だって、自分は、人間に仕返しをしようと思っているから。
虐げた村の者達を自分と同じ以上の目に合わせようと思っているから。
人間を怖がっていたら駄目だ。

「うわぁっ!」
考え込んでいたギルフォードは、いきなりシアの触手で抱え上げられ、抱っこの状態にされてしまった。
シアはギルフォードのことを、やたらと構う。
頭をなでたり、抱っこしたり。一番可愛がっているといえる。
この魔王城に保護された時も、シアがギルフォードを連れてきたとリーリアが言っていた。
シアはギルフォードの恩人(?)と言えるだろう。

ただ、数日前にシアとリーリアが、ギルフォードの取り合いで喧嘩していた時に、「なによシアちゃんなんか、ギルのことを食べようとしてたじゃないっ」と、言っていたのを聞いてしまった。
ギルフォードとしては、ちょっとシアを信じられないのだ。

「リーリア、俺、防災訓練に参加する」
「ギル、無理しなくてもいいのよ」
「ううん。俺も魔の森を護りたいんだ」
「そう」
ギルフォードは、シアの触手から逃れながら、リーリアへと宣言するのだった。


リーリアにギルフォード、マンドラゴラ夫婦は陽太のリヤカーに乗せてもらい、外層と2層の境へとやって来た。シアと亀助は、お留守番だ。
陽太はリヤカーに皆を乗せているというのに、軽々と何十キロも走りつづけた。それも森の中だから、獣道程度しかない場所をだ。

「ほら見てください、あいつらですよ」
少し離れた場所を陽太は指さす。
そこには、数人の人間が魔獣に襲われていた。魔獣は青狼と呼ばれている狼に外見は似ているが、狼よりも数倍は大きなものだ。だが、魔獣にしたら低位で、獣とそこまで変わらない強さしかない。

「あちゃあ、ちょっと遅かったですかねぇ、もうそろそろ食べられそうですねぇ」
「ききゅっ」
「そうそう、あんなに弱くて、よく魔の森に入ってきますよねぇ」
「きゅうう」
「本当に、人間の考えることは、分かりませんねぇ」
ゴラ男と陽太が呑気に会話している。

「くっ」
それを見てリーリアがハンカチを噛んでいる。
リーリアはマンドラゴラ夫婦と会話を交わすことはできない。言葉が通じないのだ。それだけではなく、コカトリス夫婦とも、ラフレシアのシアとも会話はできない。
いくら魔王といえど、魔獣と話すことはできないのだ。
でも、デイウォーカーの陽太は普通に会話している。陽太は人間の言葉も話しているのに。
リーリアは陽太に嫉妬しているのだ。

「「ききゅ」」
マンドラゴラ夫婦が一声鳴くと、片手を上げて、勇者たちの方へと走って行ってしまった。
どうやら、防災訓練を一番にやろうと思っているようだ。
そのまま戦っている勇者たちの前へと進んで行くと、スコップ片手に土を掘りだした。
スコップはマンドラゴラ夫婦お揃いで、綺麗なエナメルで真っ赤に塗装された、小型のものだ。あっという間に土を掘ると、穴の中に下半身を入れ、ワクワクとした雰囲気のまま、勇者達に気付かれるのを待っている。

「いや、無理でしょう」
陽太が残念なものを見る目でマンドラゴラ夫婦を見ている。
勇者たちは青狼たちと必死の攻防を繰り広げているのだ、土の中に入ったマンドラゴラ夫婦に気づくことはないだろう。

「きゅー」
「ききゅゅ」
夫婦揃って、文句を勇者たちへと言っているが、勇者たちにそのクレームが届くことは無かった。

「ぐわあっ」
勇者チームの中で一番体格のいい男性が、青狼から腕を噛みつかれている。狼の何倍もの大きさのある青狼だ。簡単に男性の腕は食いちぎられてしまった。
「ダーシュッ!」
勇者が腕を千切られたダーシュと呼ばれた男性の元へといこうとするが、勇者も青狼の攻撃を防ぐのに手いっぱいで、ダーシュに近づくことさえ出来ない。

「あああ…」
ダーシュは痛みの余り、そのまま跪く。
青狼たちは、そんなダーシュに襲い掛かろうと、牙を剝いている。

「はいっ、そこまでぇ」
リーリアは手をパンパンと叩く。

「ガ、ガウ?」
「え?」
辺りは青狼の唸り声や、人間たちの悲鳴が響き渡っていたのだ。
しかし、リーリアのそれほど大きくはない声は、全ての者に聞こえた。

「もー、青狼さん。人の手なんか食べたら駄目だよ。ペッしなさい。ペッ」
リーリアは腰に手を当てて、ダーシュの腕を噛み千切った青狼をビシリと指さす。
指さされた青狼は、バツが悪そうに、そっと口からダーシュの腕を落とす。

「ほら見なさい。甲手こてを着けてるし、指には何個も指輪がある。こんなの食べたらお腹が痛くなっちゃうよ」
「ガウ、カガウ、ガウゥ」
「また、お腹が痛いって言っても知らないからね」
「ガーウ」
何だか言い訳をしている青狼に、メッと魔王は怖い顔をして見せる。ぜんぜん怖そうではないが、青狼はシュンとしている。
もちろん、リーリアは青狼と会話はできない。

「き、君は……」
勇者はいきなり現れた少女に驚きを隠せない。
そのまま、よろよろとリーリアへと近づこうとして、バッタリと倒れてしまう。
足元では勇者の足を掴んだマンドラゴラ夫婦が『ケケケ』と笑っている。

「勇者っ、大丈夫?」
勇者チームの中で、唯一の女性が勇者の元へと近づこうとして、マンドラゴラ夫婦に気づき、近づけないでいる。
マンドラゴラ夫婦は無口に穴から出てくると、自分たちが掘った穴を、ちゃんと埋めている。森に優しいマンドラゴラ夫婦だ。

「ここは獣と魔獣が暮らす魔の森よ。人間は入ってこないで」
リーリアは青狼から勇者へと向きを変える。
魔の森は深く、鬱蒼としている。全体が薄暗いが、木と木の間をすり抜けた太陽の光が一筋差し込んで、まるでスポットライトのようにリーリアを照らす。
ワフリと清浄な気が辺りに満ちてくる。まるでリーリアから溢れ出ているように。
濃い茶色に近い赤色の髪は、足元から吹き出したような柔らかな風に、まるで炎のように揺らいでいる。トロリとした蜂蜜を思わせる瞳が勇者を見据える。

「君は…… 森の妖精?」
「はあ? 失礼ね。これだから人間は。この尊大で崇高な私が森の妖精だなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ」
勇者の問いに、リーリアは腰に手を当て、ふんぞり返る。
「私は尊き、第63代魔「リーリア様、この腕もらってもいいですか?」」
リーリアの一番の見せ場を陽太が遮る。
手にはダーシュの千切られた腕を持っている。
「いやぁ、なかなか乙な味ですよ」
チュウと陽太はダーシュの腕を吸っている。
「吸わないの。持ち主がいるから返してあげなさい」
「えー」
「もうっ」
リーリアは陽太からダーシュの腕を取り上げると、ダーシュの元へと近づく。
ダーシュは腕を引きちぎられ、出血と痛みで朦朧としているようだ。

「ほら、自分の腕でしょう。ちゃんと持って」
リーリアはダーシュに自分の腕を持たせると、ちぎれた部分につけさせる。
「失敗作のポーションをあげるわ」
腕へと回復薬“高”を振りかける。
あの“アロエ”でリーリアが祈りを込めて作ったポーションだ。リーリアにすれば失敗作かもしれないが、力の強い聖女が祈りを込めたポーションなのだ。そこいらの薬屋で売っている回復薬“高”とは、根本から違う品物だ。
シウシウという音を立てながらポーションをかけられた腕から煙が立ち上る。
煙と言っても、そこまで大量では無い。すぐに煙が無くなると、ダーシュの腕は元に戻っていた。破れてしまった服はそのままだが、腕は元通りにダーシュにつながっていたのだ。

「う、腕が。俺の腕がぁ」
「そんな… ポーションをかけただけで千切れた腕が元に戻るなんて、そんなはずは…」
勇者チームの面々は、目の前の奇跡にただ目を見開くことしかできないでいる。

「リーリア…… まさかターリア国の聖女リーリアか? 王都を追放になったと聞いていた。それも、聖女だと偽っていたから、追放だと…」
勇者はまたもリーリアへと近づこうと一歩前へと出る。
目の前の小柄な少女に近づいて、何をしたいのか自分でも分からない。それでもリーリアへと近づいて行く。

バシィッ!
勇者に何かがぶつかった。
ぶつかった物は勇者にぶつかった衝撃で、辺りに何かをまき散らす。

「うわぁっ。何だこれは! ゴホッゴホッ」
「ごほっ。いやぁ、目が痛いぃ。ごほっ」
「出て行けっ。魔の森から出て行けっ!」
別働隊で空から来たコカトリス夫婦の足に着けていた小さな袋をギルフォードが勇者達へと投げつけたのだ。
苦しむ勇者たち。中身は胡椒やトウガラシの粉末をブレンドしたものだ。

「ケココーッ」
頭上を飛ぶ鶏太が鳴き声を上げる。その一鳴きが合図になったのか、周りを囲む青狼たちが一斉に唸り出す。
「グフッ。勇者、ここは一旦引こう」
「だが……」
「コホッ。これ以上は無理だわ。引きましょう」
勇者は渋っているようだが、このままこの場に残っていても、青狼たちの胃袋に入るだけだ。

自分たちは国では勇者チームだともてはやされていた。それが、この体たらくだ。レベルが違う。
魔の森は『外層』『二層』『中心』と分かれており、自分たちはやっと二層へと入ろうとした所だ。外層をやっと突破しただけだ。
それなのに……

勇者は目の前の少女と少年を見る。
胡椒を投げつけてきた少年は、怯えたように震えながら少女にすがりついている。
魔の森の魔獣たちが襲わない。それどころか少女の指示にしたがい、護るように寄り添っている。
聖女リーリア。国では偽物だと断罪されたと聞く。それは本当のことだったのだろうか…
勇者は後ろ髪を引かれる思いで仲間たちと魔の森を後にするのだった。


「さて、本日の防災訓練ですが。功労賞は見事勇者チームを鼻水まみれにして、屈辱でけちょんけちょんにして魔の森から追い出した、ギルフォード君でーす」
ヒューヒュー。
ワーワー。
パチパチパチパチ。
リーリアの発表に、魔獣たちが、惜しみない歓声をギルフォードへと贈る。
ギルフォードは、未だリーリアのスカートの陰に隠れているが、はにかんだ笑顔を浮かべている。

こうして、第1回、魔王城主催、防災訓練は幕を下ろしたのだった。




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