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Ⅱ 魔王の日常
⑪.王宮にて
しおりを挟むターダイアル国国王、ザイハット三世は困り果てていた。
自分の息子の仕出かしが、余りにも大きすぎて、国を揺るがしそうなのだ。
いや、もうすでに、揺らいでしまっている。
ターダイアル国は、六割以上の者が農業に従事している。主産業は農業なのだ。
そのために、豊穣を司る女神リーリアを信仰する者は多い。ほとんどだといっていいだろう。この国の国教でもある。
熱心な信者が多い分、教会の権力は強い。
それなのに……
王太子であるリカルドが、本教会から認定された聖女リーリアを偽物だと弾劾し、魔の森へと追放した。
聖女リーリアを王太子の婚約者と定めた国王である自分が、視察へと王都から離れている時を狙ってのことだった。
聖女リーリアが婚約者であることを嫌い、愛人であるミミカを自分の隣に置くために。
なんと浅はかな。他にもやりようがあっただろうに。
慌てて神官長に金を握らせたが、すぐに神官長の行方は分からなくなった。
金を持って逃げたのならばまだいい。だが、王家が神官長に口を噤むよう指示していたのが本教会に知られ、その結果ならば、王家として本教会への言い逃れは出来なくなってしまう。
本教会の怒りは収まらない。
本教会から見放されてしまったのだ。来年行われる予定だった、教皇の巡行だが、我が国には訪れることはない。心待ちにしている信者たちをどうやって抑えればいいのか、頭が痛い。
その上、数多くの神官たちが、この国を見限り、他国の教会へと移籍してしまっている。我が国の教会に残っているのは、国から動く体力の残っていない年老いた神官達だけだ。
教会の異変に国民達は徐々に気づいてきている。
不穏な空気を感じ取り、国民達にも、不安が広がってきている。どうにか手を打たなければならない。
そして、リカルドの愛人であったミミカは投獄された。
自分が真の聖女だと偽り、本教会が認定した聖女リーリアを魔の森へと追いやり、自分が聖女として王太子の婚約者の座に納まろうとしたとして投獄されたのだ。
ミミカが“聖女の儀”で聖女に認定されていたならば、言い逃れが出来たのかもしれない。だが、ミミカは聖女とは認定されなかった。水晶が色づくことは無かったのだ。判定を受ける少女たちの内、3分の2は聖女と認定されるというのに。
聖女にはなれなかった偽物が、本教会が認定した聖女を追い出したのだ。罪に問われるのは当たり前のことだ。
ミミカを投獄する時、リカルドは抵抗した。しかし、ここでミミカを庇えば、リカルドにも罪が及ぶ。リカルドは、この国の唯一の王太子なのだ。聖女リーリアを追放した罪は、ミミカ一人のものでなければならない。
明日にはミミカはギロチンにかけられる。
神の御使いへ取り返しのつかないことをしてしまったのだ。極刑を免れることはないだろう。
王太子が愛人と共に聖女リーリアを魔の森へと追い立てたという話は、いつの間にか広まっていた。
人の口に戸は立てられぬ。断罪に居合わせた貴族達から、話しは漏れ出たのだろう。
国民にしてみれば、人間の王家が神の御使いである聖女リーリアを亡き者にしたのだ。許せるものではないだろう。
それに貴族達も多くの者達が、女神オフィーリアを信仰している。
王家への求心力は無くなってしまった。
どうすればいい。どうすれば。
ザイハット三世は私室で頭を抱えていた。
執務室に行けば宰相や文官たちから攻め立てられ、謁見の間には、真偽を確かめるために、大勢の者たちが、集まってきている。
何とかやり過ごさなければならないのに、いい解決策が浮かばない。
「陛下っ。大変でございます」
王家至上主義の宰相が、国王の私室にいきなり入って来るなど、そんな無礼を働くことはあり得ない。
だが、入ってきた宰相の形相を見て、国王は、それを咎めることは出来なかった。
それ程に、宰相は、切羽詰まった顔をしていたのだから。
「どうしたのだ」
宰相にかける国王の声は、覇気がない。宰相のいまからいう言葉を薄々分っているからなのか、国王ではなく、ただの中年男性のものだった。
「リカルド様がっ。リカルド様が、ミミカと駆け落ちされましたっ」
「あのバカ者めが……」
こうなるだろうと国王は感じていた。
リカルドはミミカに入れ込んでいたから。
「国王陛下、評議会の者達が待っております。どうぞ、会議室の方へとお越しください」
宰相に続いて入ってきた第2騎士団の団長が、促してくる。
リカルドが駆け落ちをしたことなど、どうでもいいというように。
ザイハット三世は周りを見回す。近衛騎士達の姿が見えない。あの者達はどこへ行ってしまったのだろうか。王族の側には近衛騎士が仕えていなければならないはずなのに。
王族に直接仕える近衛騎士達は、全てが貴族の息子達だった。能力よりも、仕事に向ける姿勢よりも、身分の方が尊ばれていた。
他の騎士団とは一線を画して優遇されていたのだ。それなのに、あの者達は、忠誠を誓った王家を捨て、自領へと帰ってしまったのだ。
王家の間違いにより、教会がこの国を捨てたなどと噂が立っている今、自領の領民達をなだめなければならない。王家の肩を持つわけにはいかないのだ。
田舎に行けばいくほど、信心深い者達が多いのだから。
ザイハット三世は、声をかけてきた第2騎士団の団長を見て、そういえばと思い出す。
第1騎士団の団長と副団長を、聖女リーリアの捜索のため、魔の森へと向かわせたままだった。あの者たちは、生きているだろうか。
副団長のガーイナは、飛びぬけて優秀な男だった。リカルドが自分の側近にと望むほどに。だが、ガーイナ副団長はリカルドの側近になることを、迷いもせずに断った。リカルドのプライドは傷つけられ、聖女リーリアの捜索という名にかこつけた嫌がらせだったのかもしれない。忠誠を王家に誓ってくれていた騎士達に対する行いではない。騎士団の者達の心が王家から離れていっても仕方が無いのかもしれない。
リカルドは蝶よ花よと育てられた、たった一人の王位継承者だった。
世の中のことを何も知らない。
周りには心地いいことしか言わない者しかいない。
王家から離れて、どうやって生きて行く気なのか……
たぶん、自分を迎えに来た者達に、我儘をいえば、それが通ると思っているのだろう。
自分が王宮へと戻ってやるのだから、自分の意見は全て呑めと、そう思っているのだろう。
だが……
これでいいのかもしれない。
今、リカルドが王家にいたところで、もう座る王座はなくなってしまうのだから。
自分の意志で出て行った市井で、自分の力で生活していくのがいいだろう。
助けてくれる者は誰もいなくなってしまったのだから、自分が選んだ女性と共に生きて行って欲しい。
自分が育て方を間違ったのだから。
ただ、可愛がるだけで、国を担う王族として、教育してこなかった。
人の道を説いてこなかった。
最後に父親としてリカルドにしてやれることは、王家から逃がしてやることだけだろう。
ザイハット三世は椅子から立ち上がる。
評議会は王家の存続を望まないだろう。王家の求心力はすでに無くなった。
教会から王家が唾棄されてしまった今、この大陸にある他の国々からも敵意を向けられることになる。ほぼ全ての国々が女神オフィーリアを信仰しているのだから。
この国が生き残るためには、王家は無くさなければならないのだ。
それに、もう王家を継ぐ者はいなくなってしまった。リカルドは王宮から出て行ってしまったのだから。
ザイハット三世はターリア国の最後の王族となったのだった。
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