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Ⅱ 魔王の日常
⑨.魔神オフィーリア-1/2
しおりを挟む「みんなー月次祭に出発するわよー」
「きゅっ」
「ききゅっ」
リーリアの言葉に、マンドラゴラ夫妻が元気に返事をする。
ドラ子の手には人参が、ゴラ男の手には大根が抱えられている。
「ねーねー月次祭ってなに?」
ギルフォードが、大きめのバスケットを『よいしょ』と抱え上げようとしているリーリアのドレスの裾を引っ張る。
「そういえば、ギルはまだ、オフィーリア様の所に行ったことはなかったわね」
「オフィーリア様?」
「そう。魔神オフィーリア様。
私たち魔族や魔物たちが信仰している神様よ。とっても残虐で人間を地上から粛清することを教義とされている、すばらしい神様なの」(※ リーリアは、本気で思っていますが、違います)
「そ、そうなんだ…」
「今日はね、月の始まり。1の日だから、オフィーリア様の所にお供え物を持っていくのよ」
魔の森の代表である魔王リーリアは、毎月、月次祭を欠かしたことはない。
月次祭とは、月に1度、神様にお供え物をして、色々なことを願う祭事だ。
魔王リーリアはもちろん1日も早い人間の殲滅を毎回願っている。
いつもお供え物として、手作りのクッキーやケーキ。町で買ってきた干し魚や肉の佃煮など、多種多様な物を持って行っている。
ドラ子やゴラ男の持っている野菜も、お供え物だ。
「ドラ子やゴラ男は根菜を持っていくの? 仲間じゃないの」
ギルフォードは不思議そうに尋ねる。
いつも土の中に埋まっているマンドラゴラをギルフォードは根菜の仲間だと思っている。
自分の仲間をお供え物にするということは、生贄みたいな感じなのだろうか。
「あら、ドラ子ちゃんやゴラ男くんは『ナス科』よ」
「へ?」
「我が家ではナス料理は出ないでしょう」
ギルフォードの疑問にリーリアが答える。
そして、ドラ子やゴラ男と一緒に『ねーっ』と、顔を見合わせて頷いている。
「ナス科。それなら、なぜ土に埋まる必要が……」
ギルの言葉は呟きのように小さくて、誰にも聞こえることは無かった。
魔神オフィーリアの祀られている祠は、魔王城の裏にある小さな丘の頂上にあった。
魔王城から徒歩15分というところだ。
「ね、ねぇリーリア。俺、考えたら人間だったよ。オフィーリア様の所に行ってもいいの?」
ギルは、リーリアに保護されてからこっち、周りが魔物ばかりだったから、自分が人間だということをすっかり忘れていた。
魔神オフィーリアが人間を粛清しようとしているのなら、人間の自分が行ったら目障りどころか、排除されてしまうのではないだろうか。
「えー別にいいんじゃない」
「きゅっ」
おざなりなリーリアの返答とは違い、隣に並んで歩いていたゴラ男が力強く頷くと、大根を左の小脇に抱え、右手でギルと手を繋いでくれる。
「ききゅっ」
ゴラ男の反対側の手を、ドラ子が握ってくれた。
「へへへ」
両側にいるマンドラゴラの夫婦と手を繋ぎ、ギルフォードは何だか、嬉しいのか恥ずかしいのか分らない気持ちで胸がいっぱいになってしまったのだった。
祠へと到着すると、祭壇の上にお供え物を置く。
全員で石像の前に跪き、両手を組み、祈りを捧げる。
祠の中に安置されている石像は、2メートル程の高さのある立像で、台座には『豊穣の女神オフィーリア』と彫り込まれている。
ただ、その文字の上には、『魔神オフィーリア様』と書かれた汚い板が貼り付けられているのだが、彫り込まれている文字が大きいのに板が小さすぎるので、文字が全然隠れていない。
リーリアの祈りと共に、清浄な気が辺りに満ちてくる。
身体が淡い金色の光に包まれる。
リーリアは自分のことを魔王だと公言しているが、ギルフォードから見れば、リーリアは聖女。正真正銘の、まごうことなき高位の聖女だ。
リーリアの纏う光は立像へと流れていく。
すると、立像の輪郭がぼやけていき、立像から何かがフワリと出てきた。
「ヤッホー、みんな元気にしてたー?」
半透明の女性が両手を前に突き出し、フリフリと振っている。
「オフィーリアさまっ!」
「「きゅうっ」」
跪いていたリーリアたちは、透明な女性の元へとかけていく。
あれヤバくない?
ヤバいのが出てきたよ。
ギルフォードは驚きに、その場から動けない。
淡い金髪に澄んだ青い瞳。美しくも慈愛溢れる顔。たおやかな姿。
全身が淡く輝くその姿は、実体のない透明でありながら、余りにも神々しく気高い。
どう見ても女神だ。
神が顕現するなど在りえない。
王都にある本教会の教皇でさえ、神をその目で見たことは無いはずだ。
それなのに、今、自分の目の前で起こっていることは何なのだ?
混乱するギルフォードをよそに、今まさに、魔王城の裏にある丘に、女神が降臨したのだった。
※ ※※※ ※ ※※※ ※ ※※※
本当に、マンドラゴラは『ナス科』です。
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