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Ⅱ 魔王の日常
⑥.生贄
しおりを挟む目が覚めた人間の子どもは、ギルフォードという名前だった。
そして、魔王リーリリアへ供された“生贄”だった。
ガックリと膝をつくリーリア。
“魔の森”に面したワイトアイザ帝国の辺境の村であるロッタ村は、魔獣の被害に遭わないよう、3、40年に1度、魔王へ生贄を差し出しているらしい。
新米魔王は知らなかった。生贄どころかロッタ村があること自体知らなかったのだ。
リーリアは悩んでしまう。
生贄なんか要求していないし、必要ない。しかし、知らなかったとはいえ生贄を受け取ってしまったのだ。
受け取った以上、ロッタ村に便宜を図らなければいけないのだろうが、どうすればいいのかが分らない。
だってリーリアがやっている魔王の仕事は魔王城に住むことで、それ以外の魔王の仕事をしらない。便宜の図り方が分らない。魔獣を操ったりできないのだから。
しかし、悩んでいてもしかながない。幼い子どもを生贄に差し出すようなロッタ村にギルフォードを戻すわけにもいかず、魔王城で一旦預かりということにした。
魔王としては、生贄をどのように扱えばいいのか判らないが、取りあえず看病しておこう。
「うわぁっ」
ギルフォードの声に竈でパン粥を作っていたリーリアは、慌てて寝室へと向かう。
目が覚めたギルフォードが、ベッドの上で身体をまるめて、怖がっている。
「「きゅぅぅ」」
マンドラゴラ夫婦がギルフォードの前でクルクルと回っている。
リーリアがパン粥を作るため、ギルフォードの見守りをマンドラゴラ夫婦に頼んでいたのだ。
マンドラゴラ夫婦はまだ若い夫婦で、子どもを持ったことはない。子どものあやし方など知らないのだ。ドラ子とゴラ男なりに精一杯、子どもをあやしているのだろう。
頭の葉っぱがワサワサと揺れ、赤ちゃん用のメリーのようで、微笑ましい。
今迄、目覚めたり眠ってしまったりを繰り返し、はっきりと覚醒していない状態で、リーリアの質問にポツポツと答えていたギルフォードだったが、名前を答えたり、何故“魔の森”にいたのかを口にはしていたが、要領は得ていなかった。
やっと目が覚めたようだ。
「体調はどう? ご飯食べられそう?」
柔らかいリーリアの声に、毛布を被って震えていたギルフォードは、チロリと視線を送って来るが、目の前で揺れ動いている魔物が恐ろしいのか、丸まったままだ。
「あ、大丈夫、大丈夫。ドラ子ちゃんとゴラ男君はマンドラゴラっていう魔物なのよ。あ、魔物っていっても、ぜんぜん怖くなんかないの。今迄ギルフォード君のことを見守ってくれていたんだから。身体にちょっと泥は付いているけど、とってもいい魔物なのよ」
リーリアの説明に、そんなに簡単に魔物を信じる訳もなく、ギルフォードは毛布団子のままだ。それでもチラチラとこちらを伺っている。
「あ、ちょっと待っててね」
リーリアは竈にかけたままのパン粥を取りに行く。
大急ぎでパン粥を手に戻ってきたのだが、マンドラゴラ夫婦が伸びたり縮んだりとギルフォードをあやしており、少し解けかけていた毛布団子は、またも丸くなってしまっている。ギルフォードは魔物を怖がって、半泣き状態だ。
「はい。お腹すいているでしょう」
パン粥を皿によそいギルフォードの顔だろう場所近くへと差し出す。
パン粥の甘い匂いに、魔物は怖いだろうが、それよりも食欲の方が強いのか、毛布団子が徐々に解けていく。
ドラ子とゴラ男も小さな皿にパン粥をよそってもらい、器用にスプーンを使ってパン粥を食べている。
「ほらほらお行儀悪いわよ。ドラ子ちゃんとゴラ男君は、テーブルで食べなきゃダメでしょう」
「「きゅっ」」
リーリアの言葉にマンドラゴラ夫婦はお皿を手に居間兼食堂へと向かっていった。
リーリアは思う。
マンドラゴラ夫婦は好き嫌いが無い。何でも良く食べる。
リーリアが作った料理を喜んで全て完食するのだ。身体が小さいから、食べる量は少ないのだが……
植物として、それってどうなの。
土の養分を吸収とか、光合成とかで栄養を摂るものじゃないの?
いや、土の中には毎日埋まってはいるようだが、食事はリーリアと毎食一緒に摂っている。
リーリアも一人で食べるより、マンドラゴラ夫婦と食卓を囲む方が、よっぽど美味しい。
だが、いいの?
摂理とかいいの?
リーリアは頭を捻ってしまう。
つらつらとそんなことを考えていたリーリアだったが、持っていた皿が動くのに気づいた。そちらに目を向けると、団子が解けたギルフォードが皿に入ったパン粥の匂いを嗅いでいた。
マンドラゴラ夫婦がいなくなり、食欲に負けたのだろう。
「あったかいうちに食べましょうか。ゆっくり食べてね。沢山あるから大丈夫よ」
リーリアはニコリと笑うと、ギルフォードへとスプーンを握らせるのだった。
「お、俺は人間なんか信じないんだからなっ! どうせお前も、俺のことを殴ったり、蹴ったりするんだろう」
まるで怖がる猫のように、威嚇するギルフォード。
リーリアから危害を加えられそうになったらすぐに逃げられるようになのか、決してリーリアから視線は外さない。パン粥の皿を抱えるようにして、ただ口の中に流し込んでいる。
ああそうか。
リーリアは納得する。
ギルフォードが魔王城へ辿り着けたのは、ギルフォードが全ての人間を嫌っているからだ。
ギルフォードは、人間に対して絶望している。こんなに小さいのに、何があったのだろう。
体中にあった傷は、魔の森に入る前に付けられたものなのかもしれない。
そして、ギルフォードの背中にある『生贄の烙印』。この印は、高温で熱せられた鉄製の金具を無理やり押し付けて作り出す。もちろん麻酔など一切無しにだ。余りの痛みに、気を失うのはいい方で、ショックで死んでしまう者もいる。それ程の痛みに襲われるのだ。
こんな幼い子どもに……
リーリアは自分の両手をギュウと握りしめる。そうしないと胸の中に渦巻く物が出てきてしまいそうだから。
ギルフォードは“魔の森”に選ばれたのだ。もう魔獣に襲われることはないだろう。
魔王城で暮らしていくことができる。
「安心していいわよ。ここに人間なんかいないから」
「嘘をつけっ。お前がいるじゃないか」
「あら、私は魔王よ」
バシッ!
リーリアはパン粥の鍋の中に入れていたお玉を持つと、窓から伸びてきた触手を叩き落とす。
「シアちゃん。行儀が悪いでしょう」
叩き落とされた触手はウネウネと少しの間動いていたが、観念したのか、そうっとリーリアの前で止まる。
「食べたいなら食べたいって、ちゃんと言えばシアちゃんにもあげるわよ。お行儀の悪い植物にはあげないわ」
触手は反省していますといわんばかりにリーリアの前で、ペコペコとお辞儀のような動きをしている。
「分かったぁ? それじゃあ、はい」
リーリアは深皿にパン粥を入れると触手に持たせてやる。
触手はパン粥が零れないように慎重に皿を持ったまま、窓から出て行く。
「食べ終わったら、ちゃんと流しに入れといてね」
リーリアは触手に声をかけている。
ギルフォードは一連の出来事を目を丸くして見ていた。
目の前の女性は、少女にしか見えない。それなのに、人参の魔物や触手の魔物に話しかけたり、食べ物を与えたり、あまつさえ、お仕置きまでしているのだ。
本当に人間ではないのだろうか。
本当に魔王なのだろうか。
「魔王……?」
「そうよ。私は魔王リーリア。そしてここは魔王城よ。今日からここで私と一緒に暮らしていきましょう」
魔王リーリアはニッコリと微笑む。まるで慈悲深い聖女のように。
魔王城に新しい住人が誕生したのだった。
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