聖女だったけど魔王にジョブチェンジしました。魔獣たちとほっこり生活を満喫します。

棚から現ナマ

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Ⅱ 魔王の日常

⑤.人間の子ども

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ぐったりとした男の子をシアに頼んで魔王城の中へと運んでもらう。
魔王リーリアは一人暮らしのため、魔王城の中にはベッドは1台しかない。
朝起きて、パジャマを脱ぎ捨てたままだったリーリアは、慌ててパジャマをどけて、そこに男の子を寝かせる。

一瞬意識を取り戻していた男の子だったが、また目を閉じてしまっている。
リーリア特性のエリクサーで、傷は治っているが、効果が“極小”だったせいか、傷跡は残っている。
身体中に擦り傷や切り傷のあとがあり、服も所々破れているし、靴も脱げて無くなっている。
全身ボロボロという表現がピッタリな状態だ。
一体どれ程の時間を森の中で彷徨っていたのだろうか。

いくらシアの触手が伸縮自在だとはいっても、この魔王城からそんなに遠くまでは伸ばすことはできない。
魔王城は、この“魔の森”のほぼ中心にある。そこからシアの触手が届く範囲ということは、この男の子は、“魔の森”の奥深くまで入り込んでいたことになる。
子ども一人で森の中で迷子になることは考えられない。この森の中には魔獣はもちろんのこと、人を襲う獣も数多く生息しているのだから。

親に捨てられたのだろうか?
捨てたとしても、なぜ“魔の森”なのだろうか。
“魔の森”に入って、生きて帰ることは難しい。捨てるのではなく、殺そうとしたのか……
リーリアは自分の考えにゾッとしてしまう。

リーリアは頭を振って恐ろしい考えを追い出す。
まだ目を覚まさない男の子へと視線を向ける。男の子は凄く汚れている。
「少しは綺麗にしてあげましょう」
リーリアは汲んできた水でタオルを絞る。元が聖女見習いだったリーリアは病人の看病に慣れている。

男の子のボロボロの服を脱がせる。
服から出ている手や足は擦り傷や切り傷がけっこう目立つが、服の下には、怪我はなく、リーリアはホッとする。
上半身を裸にし、タオルで拭いていく。
首から胸を拭いて、背中を拭こうと男の子の向きを変える。

「!!!」
男の子の背中。
右の肩甲骨の上にはあった。
リーリアは、驚きすぎて息をするのを忘れてしまう。

「こんな小さな子どもに。なんて残酷な」
余りにも非道な行いに、怒りがフツフツと湧いてくる。
リーリアは男の子の背をそっと撫でる。
男の子の肩甲骨の上にあるのは、呪われた印。『生贄いけにえ烙印らくいん
リーリアが飲ませたエリクサーでは治ることはない。
焼き印で刻まれているこの印は、呪いとともに施されている。呪いが解けない限り、この印が消えることはないのだ。

呪いの解除や消滅を聖女は行うことができる。
しかし、呪いの種類や強さによって、解除できないものも多い。
この生贄の烙印もその1つだ。
術者がどのような呪いをかけたかが判らないと、いくら本神殿から認定された聖女だろうと解除できるものではないのだ。

何に対しての生贄なのか。この少年は誰に生贄にされたのか。
何にしても、やっていいことでは無い。
未だ目覚めない少年に、少しでも安らかな眠りをと癒しの魔術を施すリーリアだった。


タイミングよく三河屋の陽太が御用聞きにやってきたので、ソファーベッドを購入する。
あんなに小さなリヤカーに、家具まで乗せていたのには驚きだ。
狭い魔王城の寝室にソファーベッドを設置しようと思うのだが、簡易ベッドとはいえ重い。リーリア一人で動かせるものではない。
ソファーベッドを寝室に移動してくれるようシアに頼むが、“さかな”の追加要求がきて、交渉は難航した。白熱した交渉の末、さかなプラス1匹で手を打つこととなった。
おかげで魔王城の貯蔵庫(床下収納)にあるさかなの在庫は尽きてしまう。またもギーフの街まで買い出しに行かなければならない。

フト、前回ギーフの街に行った時のことを思い出す。
ガーイナと一緒に食事をしたり、ショッピングを楽しんだ。初めての体験で、すごく楽しかった。
そっと自分の頭に手をやり、ガーイナからプレゼントされた髪留めにさわる。
人からプレゼントなんか貰ったことは無かった。嬉しくて髪留めはリーリアの宝物になっているのだ。
婚約者までいたリーリアだったが、男性と二人で食事をしたり、ショッピングをしたことなんかなかった。
ガーイナと手を繋いだことを思い出し、あれではまるでデートのようだったと思い、真っ赤になったリーリアは慌てて頭を振る。

1つ咳払いをすると、眠ったままの少年へと視線を向ける。
ベッドとソファーベッドの2つを並べると魔王城の寝室はギチギチだ。人ひとり、やっと通れるぐらいの隙間しか、残らない。
ソファーベッドに腰をかけ、少年の額に置いたタオルを替えようと手を伸ばす。
リーリアの手が触れたのを感じたのか、少年がゆっくりと目を開く。
少年の瞳は黒。

この世界には居るはずの無い、黒い瞳を少年は持っていたのだった。

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