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Ⅱ 魔王の日常
⑧.霊亀(れいき)
しおりを挟む「キィヤァァァー」
絹を裂くような女性の悲鳴が辺りに響き渡る。
第63代魔王であるリーリアの朝は早い。
無理やりの朝5時起床だ。
そんなに早くに起きる必要は無いのだが、目覚ましが煩いのだ。
嫌々ベッドから起き上がり、寝ぼけたまま窓の鎧戸を開け、外へと視線を向ける。
自分が今起きた寝室の窓から、4畳半程の広さの畑が見える。そこに、ぴょこぴょこと動くものが見てとれる。
早朝すぎて、まだ外は薄暗いが何とか見ることはできる。
「今日はドラ子ちゃんの番だったのかぁ」
ドラ子がゴラ男の手を借りて、土から這い出している姿が見える。
ドラ子とゴラ男はマンドラゴラという植物の魔物の夫婦だ。
いつもは土の中におり、土から無理やり引っこ抜かれると、呪いの悲鳴を上げる。
ただ、無理やりではなく、自分たちの意志で出てくる時も悲鳴を上げる。呪いのかかってはいない、ただの悲鳴を上げるのだ。
それが毎朝5時。
彼らとしては、気を使っているのか、1匹ずつの交代制を取っているようではあるのだが、煩いことに変わりはない。
ちなみにコカトリスの鶏子と鶏太夫妻は、朝鳴きはしない。
リーリアは鶏と思っているが、そういう習性は無いらしい。
まあ、鶏小屋から勝手に出て、外で狩猟を行っている時点で、鶏とは言い難いのかもしれないが。
土から出てきたマンドラゴラたちは、身体に付いている土を自分たちで払い、魔王城へと入って来る。
「おはよう。ドラ子ちゃん、ゴラ男くん」
「「きゅっ」」
悲鳴を上げることはできるマンドラゴラたちだが、喋ることは出来ない。
それでも律義に返事を返してくれる。
リーリアは寝ぐせの付いた頭のまま、マンドラゴラたちに象の顔形のじょうろを渡す。
水を出す筒部が象の鼻になっているやつだ。
中にはたっぷりの水が入っているが、じょうろが小さいため、マンドラゴラたちでも持つことができる。
ドラ子とゴラ男は1つずつじょうろを貰うと、嬉しそうに自分たちの畑へと戻っていく。
勤勉な彼らは、自分たちで畑の管理をしている。
“もどき”は勿論、その他にも、様々な野菜を栽培している。
今から雑草取りをして、その後で水撒きをするのだろう。
魔王城の裏には井戸があり、マンドラゴラたちはリーリアの手を借りずに、自分たちで水を汲もうとした時もあった。
だが、身長が頭の葉っぱをいれても1メートルに満たない彼らが井戸で水汲みをすると、井戸の中に落ちてしまうかもしれない。
リーリアは自分が井戸で水を汲み、じょうろに水を入れてやることにしたのだ。
だって、土から出てきたばかりの彼らが井戸に落ちると、井戸の中に土が入ってしまうではないか。
井戸水は飲料用なのだ。
「きゅーきゅっ」
「きゅっききゅっ」
さっき、喜んで出ていったマンドラゴラ達が何か騒いでいる。
何かあったのかと朝食の準備をしていたリーリアは、急いでマンドラゴラ達の畑へと向かう。
マンドラゴラ達の畑には、西瓜が落ちていた。
なぜマンドラゴラ畑に西瓜?
不思議に思うリーリアだったが、よく見ると、西瓜は動いている。
「「ぎゅっ」」
西瓜に向かって、マンドラゴラ夫婦が臨戦態勢に入る。
頭の葉っぱがフワリと膨らんでくる。
「あっ、待って待って。
この西瓜… じゃないや、ほら亀助くんっ!
この子、亀助くんだよっ。攻撃はやめてあげて。亀助くんは、まだ赤ちゃんだから、畑に入っちゃ駄目だって、判ってなかったんだよ。ねっ」
リーリアは怒れるマンドラゴラ夫婦をなんとか取り成す。
畑の中にいたのは亀の亀助。
亀助は、マンドラゴラになり損ねた“もどき”を一心不乱に食べている。
マンドラゴラ達にすれば、“もどき”は雑草扱いのため、食べていることに関しては、どうでもいいらしい。ただ、畑の中への不法侵入が許せないのだ。
それに亀助が畑に入ったせいで、せっかく綺麗に整地されていた土が乱れてしまっている。
リーリアは亀助をそっと抱き上げる。
西瓜と間違っただけあって、亀助の甲羅は濃い緑色で、黒に近い緑の縦線が数本入っている。
イヤイヤと短い手足を動かす亀助は、ずっしりと重い。
さて、抱っこしている赤ちゃん亀の亀助をどうしようかと、困ってしまう。
腕の中でジタバタと暴れる亀助は、霊亀といわれる魔獣の赤ちゃんだ。
人間どもから瑞獣(縁起の良い獣)などと言われているらしいが、魔の森にいるのだから、魔獣に決まっている。
あくまで魔獣なのだ。魔王リーリアが言うのだから間違いない。
重い亀助をなんとか抱っこしていると、リーリア達の方へ小山が動いて近づいてくる。
魔王城の裏にある、鶏子さんたちの鶏小屋と同じ位の大きさだ
徐々に近づいてくる小山は、黒に近い色のガッシリとした甲羅を持つ亀だということが判る。
亀助の母親である霊亀の亀子だ。
巨大な亀はリーリアの近くまでくると、ゆっくりと首を動かしリーリアへと視線を向ける。
神聖な気が辺りに満ちてくる。
「えっとぉ、亀助がご迷惑をかけたみたいでぇ、ごめんなさい」
地を這うような声が辺りへと響き渡る。
亀助たち霊亀は齢千年を経て、やっと成獣となる。
リーリアの目の前にいる、亀助の母、亀子は千歳になったばかり。
リーリアが抱っこしている亀助は、生後30年にも満たない赤ちゃんなのだ。
亀子は千歳になる前に卵を産んだヤンママだ。そのうえデキ婚だった。
だからなのか、亀子はまだまだ大人になり切れていない所がある。
自信が無く、何事もネガティブに捉えがちなのだ。
亀子のヤンママはヤングなママではなく、病んでるママだ。
亀助が孵化してから30年。亀子は、ずーっと育児ノイローゼ中なのだった。
「亀子さん、お久しぶり。亀助くん大きくなったねぇ」
リーリアは亀助を亀子の足元へと降ろしてやる。
亀助はフンとリーリアを一瞥すると、母親の足元へノシノシと歩いていく。
亀助はやんちゃな男の子だ。
刈り上げた頭髪の後ろに一房だけ長い髪を残して、それを三つ編みにしている系だ。
もう少ししたら、盗んだバイクで走り出すのだろう。
「「きゅーっきゅっ」」
マンドラゴラ夫婦が文句を亀子へとまくし立てている。
自分たちの畑を荒らされたのだ、怒りは収まらない。
「亀助がご迷惑かけたみたいでぇ、ごめんなさい。
ちょっと目を離したすきに亀助がいなくなっちゃって……
言い訳だよねぇ。判っているの、アタシが悪いんだって。アタシが、アタシがぁ至らないばっかりにぃ」
ヨヨと亀子が涙にくれる。
亀子のつぶらな瞳から溢れた涙が顎を伝い、滴となって落ちていく。
滴はそのまま地面へと……
「「きゅっきゅっっ」」
落ちずに、亀子の顔の下で待ち受けていた、マンドラゴラ夫婦の掲げ上げている、ぞうさんじょうろの中へと入っていく。
マンドラゴラ夫婦は大喜びだ。
霊亀はとこしえを生きる魔獣だ。
その身が千年を越える頃より、神通力が増してくる。千歳を超えた亀子が流す涙には神通力が籠っているのだ。
亀子の涙は『生物の成長を促す』妙薬なのだ。
畑をこよなく愛するマンドラゴラたちにすれば、垂涎のお宝といえる。
マンドラゴラ夫婦は満足したのか、ぞうさんじょうろを大事そうに胸に抱き、畑へと戻ってしまった。
「亀子さん大丈夫だよ。ドラ子ちゃん達も満足したみたい、良かったね」
リーリアは亀子の足元をポンポンと叩く。
「リーリアには、いつも迷惑かけて、ごめんなさい」
「そんなことないよ。亀子さん達に会えて嬉しいしよ」
「本当?」
「もちろん本当だよ」
リーリアの言葉に亀子はやっと笑顔を見せる。
まあ、亀の表情の変化は、リーリアには判らないのだが。
「じゃあ、お礼に預言をするわ。まだまだアタシには、そんな先の未来予知はできないけど、少しは自信があるのよ」
亀子は目をゆっくりと閉じていく。
霊亀の身体や体液など、全ては貴重な妙薬となる。だがそれは副産物でしかない。霊亀の本来の力は、未来予知だ。
100パーセント違えることのない神の力だ。魔獣だけれども。
亀子の周りに清廉な気が満ちてくる。亀子自身淡く輝いているように見える。
暫くの後、亀子の目がゆっくりと開かれる。
「リーリアよ、汝は消し炭のような朝食を摂ることになるであろう」
今までとは違う重々しい口調で予言を告げる亀子。
そして、亀助を背中に乗せ、亀子はリーリアの元からゆっくりと去って行った。
「そういえば、朝食の準備中だった。
竈に目玉焼きのフライパンをかけたまま……」
マンドラゴラ夫婦の声に驚いて朝食の準備のまま、家の外に飛び出してきたのだ。
竈には防火結界をかけてあるから火事になることはないが、目玉焼きは今頃、亀子が言う通り、消し炭だろう。
がっくりと膝をつく魔王リーリアなのだった。
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