聖女だったけど魔王にジョブチェンジしました。魔獣たちとほっこり生活を満喫します。

棚から現ナマ

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Ⅰ 魔王爆誕

5. 捜索

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                     ≪ シリアス&残酷シーン有です。ご注意ください ≫





「団長、そろそろ引き返さないとヤバいです」
副団長のガーイナが襲ってきた青狼を切り裂きながら、団長のワッツへと叫ぶ。

「そろそろ引き返すか……」
ガーイナの言葉にワッツは自分の足元を見る。
何匹もの青狼の死骸が転がっている。
それどころか、ワッツたちがやって来た道のりには、獣や魔獣の死骸が点々と落ちている。

ワッツたちターダイアル国第1騎士団の精鋭たちに、国王より密命が下された。
『聖女リーリアの救出』
この国に隣接する広大な“魔の森”に追放された聖女を助け出すのだ。

聖女が魔の森へ追放されてから、すでに数日が経っている。
救助に森へと入っている第1騎士団の者たちも、捜査を依頼している国王さえも、聖女が生存しているとは考えてはいない。
魔の森はそれほどまでに凶暴で強い獣や魔獣たちが住まう場所なのだ。

聖女が追放された時、聖女を魔の森へと運んだ御者は、聖女を魔の森の中へと追いやったと証言した。
馬車で乗り付け、そこからは歩いて魔の森の中へと入って行ったのだと。
獣除けの香が効かなくなるギリギリの所まで行きつくと、その奥へ行くようにと追い立てたらしい。
御者は言わないが、王太子リカルドからの命令を受けていたようだ。
聖女を魔獣がでる魔の森の奥へと置き去りにするように。
生き残ることがないように。

だが、死んだという証拠も無い。
そのための捜索だ。
血で汚れた衣服でも、壊れた装飾品の1つでも見つかれば、それを証拠として、聖女リーリアの死亡を発表できる。
魔の森へと入った聖女の死を発表できるのだ。
もし、聖女リーリアが生き残っていたならば……
聖女リーリアが他国へと助けを求めることがあれば、ターダイアル国は聖女を殺そうとしたとして、他の国々からそしりを受けることになってしまうのだ。


「そろそろ帰還するぞっ」
ワッツの声に団員たちが頷き返す。

この魔の森は半径約60キロメートルと推測されている。
中心へ行くほど獣や魔獣たちのレベルが上がっていく、そのため森の奥へと進むことは困難を極める。
国で比類ない程の強さを誇る第1騎士団。その中でも精鋭だといわれる者たちでさえ、『2層』といわれる場所へと進むことはできない。

これ以上奥へと進むのは難しい。
それでなくても、だんだんと獣よりも魔獣の出現率が上がってきている。
魔獣はどんなにレベルが低いものでも、獣とは段違いに強くて凶暴だ。


聖女リーリアが魔の森へと追いやられたと知った国王と宰相は、急いで第1騎士団へと捜索を依頼した。騎士団団長を始め、精鋭8名は、依頼を受けてからすぐさま捜索へと向かった。だが、聖女リーリアの痕跡を探し出すことはできなかった。
おかしい。
御者の証言した場所から念入りに捜査しているのに、服どころか、装飾品の1つも見つけ出すことが出来ない。
まるで、自力でどこかへと行ってしまったかのように。
この魔獣が出現する森の中で、聖女リーリアは生きているのだろうか。


なにも聖女リーリアの痕跡を見つけることができないままだが、ワッツは帰還を決めた。
自分を含め8人全員の無事を確認し、帰還の途につくことにする。部下の命を守ることも団長の役目だからだ。

「ん。おいっ、ザイルっ。どこに行くんだ」
皆で今来た道を戻ろうとしているのに、団員の一人、ザイルが、フラフラとワッツ達とは正反対の方向へと進んでいる。
まるで夢遊病者のような動きだ。
ザイルはそのまま屈みこむと足元の草を引き抜こうとしている。

明らかに動きのおかしいザイルの足元を見て、ワッツは目を見開く。
そこには土から上半身を出したマンドラゴラがこちらを見ていたのだ。
ニヤニヤと、馬鹿にしたような表情をしている。

ザイルは操られているのか?
バカな。
いくら魔物とはいえ、マンドラゴラは低位のはずだ。
攻撃力など無く、ただ土から引き抜かれる時に呪いの悲鳴を上げるだけ。
ただ、それだけの魔物なのだ。
錬金術の材料になるため、冒険者たちに採集の依頼があるのは知っている。見つけるのが困難なだけで、採集自体は楽な仕事だ。
呪いの悲鳴は厄介だが、マンドラゴラを引き抜く際には、綱を付けた犬に引かせればいい。
土に埋まるっているだけ。それがマンドラゴラだ。
そのはずだ……
人を惑わし、わざと土から引き抜かせようなどとするわけはない。

ワッツの逡巡を知ってか、先に動いたのは副隊長のガーイナだった。
「みんな逃げろっ!耳を塞げっ!!」
団員たちは、両耳を塞ぎ走り出す。

「キィヤァァァーー」
辺りに女性の悲鳴が響き渡る。

訓練された団員達だ、ガーイナの命令に、身体が反射的に従う。
マンドラゴラの悲鳴が聞こえる前に、ある程度は距離を取っていたはずだ。
それなのに。

「があぁっ」
「ぐがぁっ」
喉を掻き毟り、頭を打ち降り、一人、一人と団員たちがその場に倒れていく。
倒れた者は…… もう駄目だ。白目を剥き、息絶えている。

「どういうことだ」
ワッツの左の手首に付けていた呪い除けの魔道具が粉々に砕け散る。
呪い除けの魔道具は高価なため、団長のワッツと副団長のガーイナしか装備はしていなかった。
だが高価なため、その性能は優れていたはずだ。
マンドラゴラの呪い程度で壊れるなど考えられない。
それも粉々に砕け散るなど……

何とか走り続け、危険からは遠ざかったと、その場に全員でへたり込む。
自分を入れて残りは4人。半分になってしまった。
なんということだ、マンドラゴラ程度の魔物のために、4人もの団員を失ってしまうなんて。
ワッツは信じられない。

「団長、大丈夫ですか?」
ガーイナが声をかけてくる。
「あれはマンドラゴラだったのでしょうか?
上半身を土から出しているなんて聞いたことが無い。それに、こちらを見ていました」
「ああ、まるでマンドラゴラを抜くために操られたようなザイルの動きも考えられない」

ワッツとガーイナが話していると、今まで近くで荒い息をして座り込んでいた団員のダンがフラリと立ち上がった。
「殺してやる…殺す、殺す、殺す」
表情は何かに憤っているのか、激しく歪んでいる。手に持った剣をゆっくりと構えていく。

「どうしたんだっ」
「ダン、何をしているっ」
ワッツとガーイナが慌てて立ち上がると、剣を持ち直す。
ダンが誰に向かって敵意を向けているのか判らないのだ。

「殺すっ。絶対に殺してやる」
ダンは、叫びながら闇雲に剣を振り回している。
ダンが剣を振り回すたびに、周りの木の枝や草が飛び散っていく。

「がはぁっ」
ダンの動きが止まった。それと共にダンの腹部から刀身が飛び出してきた。
背中から突き刺されたのだ。
ダンは血を吐きながら倒れこみ、小さな痙攣を続けている。

「あははは。そうだ、殺さなきゃ。早く殺さなきゃ」
ダンの背中から剣を抜き取り、ワッツへと向ける。
団員ニックだ。

マンドラゴラの呪いの悲鳴を聞いたものは、死ぬか狂う。
呪い除けの魔道具を着けていなかったダンとニックは、その場で死ぬことは無かった。
だが、狂ってしまっていたのだ。

「ニック…」
まさか低位のマンドラゴラの悲鳴がこれ程の威力を持つなど、考えられない。
呪いの悲鳴で死ぬか狂うというが、死ぬのは身体が弱っていたり、年老いた者ぐらいだし、狂うとはいうが、数日気鬱になるのがせいぜいなのだ。

あり得ない。
目の前の事態にワッツは混乱していた。
自分の可愛がってきた団員に剣を向けられるなど、信じられないのだ。

「あははは。早く、早く殺さなきゃ」
ニックはヒタとワッツを目掛けて剣を振り下ろす。

「ぎゃあぁぁっ」
悲鳴を上げたのはワッツではなかった。
ワッツに剣が届く前に、ニックは血を流しながら倒れる。
背後には、ニックの背中を袈裟切りにしたガーイナが立っていた。


この日、ターダイアル国第1騎士団は6名もの精鋭を失ったのだった。



☆☆

「あら、ドラ子ちゃん、どこかに行っていたの?
いつもとは違う土が付いているわよ」
リーリアがドラ子のお尻(?)の辺りに付いている泥を払う。

「きゅっ」
リーリアの手がくすぐったいのかドラ子は身を捩る。

「ほらぁ逃げちゃダメっ。魔王城は泥の持ち込みは禁止って、言っているでしょう。
こらーっ、寝室の方に行っちゃっ駄目だったらっ。
もうっ、浅漬けにするわよっ!!」

「きゅきゅっ」
怒る魔王の手をスルリとすり抜け、ドラ子は楽しそうに逃げ回るのだった。


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